第53話 「大喰らいのゾゾル・後編」

 ──ドドドドドドドドッ!


 バトルが再開すると同時に──ゾゾルの体に何本ものナイフが刺さった。


「な……なん……だ……と──?」


 そして今しがた立ち上がったばかりのゾゾルは──アッサリと、本当にあっけなく、あっという間に──もう一度ソファに崩れることになった。

「ぐ……ぐぐう……!」


 俺の素顔が見えていたら、ポカンとしたいかにも間抜けな表情を晒していたことだろう。

「……えっ? は?」


「ふー……全く油断も隙もねーな」


「あの……今、何を……」


「ナイフを投げたんだよ。見りゃ分かるだろ?」


 いやいや、十本くらい刺さってるぞ。

 あれを一気に投げたっていうのか?


「動けないようだけど……」


「人の体には『魔孔まこう』ってのがある。魔素が集中してるところだな。そこを狙って投げた。そうすると体内を巡る魔素のバランスが狂って、しばらく動けなくなるんだ」


 なにそれ初めて聞いた。


 というか、そんな場所を狙って全部命中させたのか?

 十本全部を?


「アタシだって穏便に済ませたかったから縄の拘束で勘弁してたけど、アイツも隠しナイフを持ってたみたいだし、仕方なかったな」


「……隠しナイフ?」


「指の間とかに隠しておけるナイフさ。捕まったときもそれで縄に切れ目を入れて千切りやすくする。──まあ悪党の常套手段だね」


 ……。


「どっちにしろゾゾルがアタシのナイフをかわせなかったのは、アンタに受けたダメージが蓄積してたのと、アタシがナイフ使いだって知らなかったからさ。それらの要素が重なってアタシの攻撃が通った。

 ゾゾルは体力も腕力もアタシなんかと比較にならないだろうけど、アタシみたいにコツコツ隙を狙うような戦い方は知らなかったみたいだな」


「……ひょっとしてあなた、ものすごく強い?」


「ロストグラフの武術大会じゃ十位にも入らなかったけど、まあ他国の戦士も流れてきてるジャルバダールで三十番目に強い程度の相手だったらトントンってとこだよ。ナイフなんて当たらなきゃ意味ないし」


 それでもロストグラフ全土で十数番目ではあるってことだよな。

 よくよく考えてみたら俺が付き合ってきたロストグラフの連中だって、国のトップランカーたちだ。

 改めて三十位とか数字にされると驚くけど、そんなに狼狽える必要はないのかもしれない。


「……ちなみにその時の一位って?」


「色々話してやりたいとこだが、そろそろ雑談は後にしようぜ」


 おっと、そりゃそうだ。


「……アイツ、本当に動けないの?」


「多分ね」


「頼もしいお答えありがとう」


 俺はゾゾルに向かって質疑を始めた。


「えーと、ゾゾル。初めまして。俺の名前はツキトだ」


「うるせぇボケ、ぶっ殺すぞクソ野郎」


「これから俺に話すときは敬語で喋れ」


「はい、すみません」


 ……。


「……ずいぶんすんなり言うことを聞くんだな」


「そりゃそうですよクソ野郎サマ。でなきゃあのトチ狂った王に“魔女の制裁”をぶちかまされるんですからね。体が動けばあなたをぶっ殺させていただくところですが」


 敬語にはなったけど、敵意はそのままだった。


 まあ別にいいや。


「それじゃあアンタがレモネットに教えるはずだった、イルシークの情報を教えてくれ」


「ヤツは同性愛者です。女の色気は効かない」


 うーん。


 ランゴの文化が根付いている。

 本当に上位者に対して従順なんだな。こうもアッサリ喋るとは。


 同性愛をどうこう言うつもりはないけど、意外な情報だなぁ。

 でもそれ、有用か?


「……他には?」


「無いっす」


「使えないな」


「うるせぇっす」


 俺はレモネットに目配せした。

 と言っても、仮面をつけているから顔を向けただけだが。


「……ああ、いいよ。ほとんどアタシの、イルシークに負けた意地みたいなもんだったし。ちょっとがっかりだけど、情報を役立つものにするのはこっちの仕事さ」


「オーケー、それじゃゾゾル。次は俺からの質問だ。今夜レモネットをオモチャにするってのは本気だったのか?」


「……オモチャじゃねぇです。アートです」


 そう、その言葉が引っかかっていた。

 “オトナのお遊び”を芸術だと称するのは、少々無理が無いだろうか?

 悪党の親玉が幼い少女たちを集め、部下も入れない部屋で夜にコッソリお楽しみをする。

 そんなシチュエーションに、俺も間違いなくエッチ的な方向を想像していたんだが、一応ハッキリさせておきたい。


「具体的に教えてくれ」


「おい、ツキト。なんでそこを掘り下げる。お前もロリコン野郎なのか? ……た、助けてくれたからってそういうサービスはしてやんねーぞ……?」


「ああ、俺はおっぱいが好きなんで別に興味ないかな」


 ──ガンッ、と足を踏まれた。


「いてえ!」


「フンッ、無くて悪かったな」


 正直に答えただけなのに酷くない?


「……話せって言うなら話しますが、これを聞いたら絶対にあなたを生かしちゃおかねぇですぜ」


「俺を狙うっていうならお前を殺すよ」


「脅したって無駄です。あなたがどんな立場か知らねぇですが、俺より修羅場をくぐってきたヤツぁいません」


 ゾゾルは身動きひとつ取れないにも関わらず、眼光はさっきよりもさらに鋭い。

 胆力じゃ敵わなそうだ。


「……じゃあ聞き方を変えるよ。レモネットに乱暴しようとしたのか?」


「ちげぇです」


 ゾゾルの返事に、レモネットが驚く。

「えっ、違うのか?」


「ゾゾル、お前は小さな女の子がすきなんだよな? レモネットみたいなちびっ子が」


「いや、別に。俺様もおっぱいが好きなんで、子供みてぇな体はちょっと遠慮したいですね」


 ドスッ、と、ゾゾルの頭をかすめるようにナイフが飛んで壁に刺さった。


「てめぇらコラ、あんまりふざけてっと金タマぶっ刺すぞ」


「すまん」

「すいやせん」


 なぜかゾゾルの声と被ってしまった。


「じゃあ何をしようとしていたんだよ」


「死ぬ覚悟は出来ているんすね?」


「もういいよそれで。どっちにしても俺たちを殺す気マンマンだろ」


 チッ、とゾゾルは舌打ちした。


「……だから絶対順位令なんてふざけた命令、気に入らなかったんだ。……まあ、このアジトに忍び込めて俺様を追い詰めるヤツがいるってんだから、世界が広かったってことで観念するしかねぇか……」


 話すくらいなら死んだ方がマシというような態度だった。


「……俺様は……なんだ、その……。クソッ……──か……」


「……?」


「か……か……──」


「か?」


「かか、カワイイものが好きなんでっ!」


 ──。


 ……。


 …………。


 俺はちらり、とレモネットを見た。

 彼女もまた俺を見た。


 もう一度ゾゾルに視線を戻す。


「可愛いって……え、それがレモネットを脅した理由?」


「別に理解されたいなんて思っていませんや……。生まれながらの性根ってやつでさぁ」


「じゃあ、なんだ。レモネットを鑑賞でもするつもりだったのか?」


「まあ、そんなような、そうじゃねぇような」


 なんだか煮え切らないな。


「ハッキリしないからそっちの部屋見させてもらうぞ」


「見たらぶっ殺しやす」


 無視して、赤毛ちゃんが入っていった部屋のドアを開けた。


「おい、てめぇっ! なに勝手に開けてやがるんですかい──!」


 と──目の前に飛び込んできたのは。


 ……。


 少女漫画の背景かとでも思うような、少女趣味満載のグッズだった。


 フリル、リボン、レース、ぬいぐるみ、お人形さん、キラキラのアクセサリー……。およそジャルバダールでは見ないものばかり。

 頑張って他国から掻き集めたのであろうことはすぐに分かった。

 ハッキリ言って、両腕に悪神のタトゥーを入れたヒゲモジャムキムキ筋肉ダルマの大男からはとても想像がつかない部屋だ。


 その部屋の隅に、ちょこんと小さな女の子が二人、膝を抱えて座っている。

 一人は赤毛ちゃんで、もう一人は金髪のツインテールちゃんのようだ。


 おそらくこちらの部屋での騒動が聞こえていたのだろう。

 どちらもプルプルと怯えながら、俺から目をそらしている。


 ……バタン。


 俺は扉をそっと閉じると、もう一度ゾゾルを見た。

 ヤツは眼力で人を射殺せそうなほど俺を睨みつけていた。


「……で、あれがお前の、人を脅してまで隠したかった秘密か? カワイイものだらけの部屋」


「……」


「あのさ……いや、別に隠さなくても良くないか?」


「……むう?」


「まあ気持ちは分からなくもないが、そこまで必死になるほどかな?」


 そう言うとゾゾルは意外そうな顔で目をパチパチとまばたいた。


「……そりゃあ……そうでしょうよ。俺様みてぇのがあんなもん好きだって言ったら笑い者でさぁ」


「誰が笑い者にするんだ?」


「そりゃあおめぇ……誰もがですよ……」


 そういうものか。

 大げさじゃないかと思わないでもないが──まあたしかに日本でも、「男は男らしくしろ」、「女は女らしくあれ」なんて風潮が古いとされるようになったのは、ここ数十年程度のことらしいしな。

 武士は食わねど高楊枝じゃないが、見栄というかプライドというか、そういうことが社会的に重視されるのは、男女や地域の区分がハッキリとするこの世界においては当然なのかもしれない。


 中にはファンダリンみたいに性別不明な例もあるが。


「……で、あの女の子たちはなんだ? レモネットと同じように無理やり脅して連れてきたのか?」


「いや、ちゃんと親に金払って雇ってんでさぁ。商売なんで当然でしょう」


「親の方はお前にビビって仕方なく娘を差し出してるんじゃないのか? 娘たちが何をされているか分からない恐怖に枕を濡らして……」


「いやいや、暴行されてるかどうかなんて体を見りゃあすぐ分かるはずでさぁ。そりゃあ最初の頃は俺様もあのチビたちに怖がられてましたが、ビビってる子じゃアートにもなんないんで、お菓子をやったりお馬さんになったり色々しやしたよ」


「……苦労したんだな……」


「っす……」


 じゃあ、あのチビちゃんたちが震えていたのはゾゾルに囚われているからじゃなく、単純に部外者の俺に部屋を覗かれたからだったのか。

 申し訳ないことをした。


「でも小さい女の子をアートアートって連呼するのはキモいぞ。そりゃ美女は世界の宝だし宇宙の真理で絶対正義だが、お前みたいなオッサンは遠くから眺めるくらいで我慢しろよ」


「……なんかアンタの言ってることもキモいけど」


 レモネットに突っ込まれてしまった。

 正しいことを言ったはずなのに。

 別に美女って外見のことだけを指しているわけじゃないからね。


「だんだん分かってきたんだが、ゾゾル、お前あの子たちを着せ替え人形代わりにしているんじゃないのか?」


 さっきの部屋にはフリフリのドレスもたくさんあった。

 どれも小さな女の子サイズのものだった。


「可愛いものが好きなのはどうしようもないことだと思うが、少女を着せ替えさせたり、あまつさえ情報の対価として脅したりするから駄目なんだろうが」


「……いや、俺様、悪党ですし……。というか、俺様だってチビたちを巻き込んでまで趣味の発散をしてぇわけじゃねぇんで……。本当に好きなのはフリルとかリボンとかああいうのなんですが、俺がつけるわけにもいかねぇじゃねぇですか。だからチビたちに着せ替えて我慢してるんで……。言っときやすけど、あの子たちが着替えるときはちゃんと外に出てやすからね、俺様……」


 なんだかウジウジしだしたので、俺もイライラしてきた。

 この世界だからこそあえて言ってやるが、全然男らしくないじゃねぇか。


「……お前さあ、本気で好きなのかよ」


「はい?」


「だから、可愛いものが本気で好きなのかって聞いてるんだ」


「そ、そりゃあもちろんで──でなきゃこんな隠し部屋作ったりしねぇでやしょう」


「形ばっかで中身が伴ってないんだよなぁ。自分に似合うだの似合わないだの──着たこともないのに分かるか?」


「ハッ! バカバカしい──そりゃ分かりますさぁ! どう考えたってチグハグで──」


「だから、考えてるだけのくせに何が分かるっていうんだよ。本気で好きならまっすぐ向き合えよ! 自分じゃ着られないから女の子に着てもらう? 鑑賞するわけじゃないけどそれで我慢しているって? 服にも女の子にも失礼だろうが。

 いいか、てめぇがドレスを着るんだよ!」


 思わず大声が出てしまった。

 外に聞こえてしまっただろうか。


「……なあ、お前なに言ってんだ?」


 レモネットは引き気味にツッコんでいたが、ゾゾルはがっくりとうつむき、ぐすっ、と鼻を鳴らした。


「……た……たしかにおめぇの言うとおりだ……俺様は自分の好きなものに正直じゃなかったのかもしれねぇ……」


「ええ……納得してるし……」

 レモネットが相変わらず無粋なツッコミを入れる。


「敬語」


「正直じゃなかったかもしれやせん! 俺様が──間違ってやした!」


「よし、じゃあ腹は決まったんだろうな?」


「……ええっと……つまり?」


 俺はゾゾルをビシッと指差して言い放った。


「“ファッションショー”を開くんだ。お前のドレス姿のお披露目といこうじゃないか!」

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