第52話 「大喰らいのゾゾル・前編」

 秘密の部屋の奥で、犯罪者たちのボスはどっかりとソファーに座っていた。

 そのソファーも金色でギラギラ光り、部屋の中にあるあらゆるものが原色バリバリの鮮やかさで、売ったらそりゃもう金になりそうな財宝が雑多に置かれている。


 ──大喰らいのゾゾル。


 でかい。

 二メートルは超えている。バスターク以上の身長だ。

 ボドみたいな規格外の生物を見てきた俺からしても、思わずビビるサイズだ。

 太ってはいるが筋肉もついていそうで、素肌に直接、海賊が着ていそうな派手なローブを羽織っている。

 両腕にタトゥーがある。何のモチーフかは分からないが、いかにも悪神めいた神様が一柱ひとはしらずつだ。

 顔は想像通りに厳めしく、太い眉の間には深いシワが刻まれている。

 ギョロリとした目、口元を隠す口ヒゲ、ボサボサした頭。

 まさに、悪党の親玉にふさわしい容貌だった。


 そして、ある意味それ以上に迫力がある、頭上の「30」。

 どこを見ても四ケタ台か、せいぜい三ケタ台しか見てこなかった俺に、初めて見る二ケタの数字はなかなか強烈だった。

 二万人もいる王都の戦士たちの中で、実質的に30番目に強いのだ。


「……よく来たな。左の部屋に入れ」


 ゾゾルは赤毛ちゃんにそう告げると、俺たちから見て左側にある扉を指差した。


 あっちに好みの少女を集めているのだろうか。


 俺は赤毛ちゃんの後について更に奥の部屋へ入ろうとした。


 ところが──そのときである。


 意外にも真後ろから……つまり俺が今しがた入ってきたばかりの扉から、声が聞こえた。


「なあ、ゾゾル──そろそろ解放してくれねーか?」


 慌てて姿と音を消し、壁際へ飛びのく。

 まったく気配に気づかなかった。


 見ると、そこにいたのは、俺に二階への通路を発見させてくれたフードの少女だった。

 頭上のランゴは「115」。

 ゾゾルを除けば、このアジトで見た中でも最も高いランゴの持ち主だ。


 ただの少女じゃない。

 ということは、ひょっとして……──


「……フム、ずいぶんと待たせちまったようだな。フフフ……こらえきれなくなったか?」


「ああ、アタシは気が短くてね。もう煮ても焼いても好きにしていいから、さっさと解放してほしいんだよ」


「……いいだろう、『レモネット』。ちょうどお前を呼びに行かせようとしてたところだ。左の部屋に入るがいい」


 やはり──レモネット!

 顔はよく見えないが、この少女がそうだったのか……!


 考えてみれば、グランデル王がブラー救助のために一人で他国へ行かせるような人物だ。レモネットがそれなりの実力者であるのは俺も知っているし、さっき彼女のランゴを見てしっかり顔を確認しておけば、わざわざゾゾルのところまで来る必要もなかったのだ。


 なんか損した気分だぜ……。


 レモネットはバサッとフードを脱ぎ、素顔をさらした。


 肩までの金髪……は少し伸びていたが、ブリガンディより年上にも関わらず十代前半にしか見えない童顔、そしてアメリカのキッズみたいなそばかす──

 ──たしかに聞いたとおりの風貌だった。


「その前に、ゾゾル。約束、ちゃんと覚えてるんだろうな? ひと晩アンタのオモチャになったら、教えてくれるって言ってた約束だよ」


 なに?

 オモチャ?


 それってトランプとかパズルみたいなのを指すんじゃないよね……?


「フフフ、もちろんだ。だが、オモチャなどと言われちゃ心外だ。──アート・・・だよ。レモネット、お前には俺様のアートになってほしいんだ」


「ち……外道が……」


「グハハ、悪党にそいつは褒め言葉だな! 今から約束を反故ほごにしてもいいんだぜ。だがそうしたら、“イルシーク”の情報は永遠に手に入らねぇぞ」


 イルシーク──たしか国王軍の大幹部であり、ランゴ「4」を持つ人物──だったか。

 レモネットはそいつの情報を手に入れるために、自らゾゾルの元へ来たってわけか?


 まあその辺のことは、ひとまず後回しにしよう。

 大事なのは、今の状況だ。


 このやり取りで、二人の関係がよく分かった。


 つまりレモネットはゾゾルに庇護されたんじゃなく、イルシークのことを知るため、その身を差し出した。


 そしてまさに今夜、ゾゾルはさっきの赤毛ちゃんたちと一緒にレモネットも加えて、お楽しみのハーレムパーティーを開こうとしているってわけだ。


 まったく、本当に──俺の感動を返してほしいもんだぜ。

 いくら部下を護ろうが、スラムの人間に仕事を与えようが、人を脅して体をいいようにするなんて、まさに外道の極みだ。


 たしかにゾゾルは強いんだろう。

 表に出回らない情報にも詳しいかもしれない。


 だが、約束なんて守らせる必要は無い。

 ゾゾルをここでぶっ倒せば──絶対順位令に従い、誰であろうと上位者の言うことを聞かなければならなくなるのだから。


 俺は腹を決めた。

 ゾゾルを倒し、レモネットを助ける。

 そしてレモネットが欲しがっているイルシークの情報も聞き出してやる。


 さあ──透明人間の力を見せてやるぞ。



「グフフ……それじゃあレモネット、さっさと左の部屋に入って、俺様好みの衣装に着替えてもらおうかい」


「……ああ、分かってるさ」


「いいか、言っておくが変な考えなんて起こすんじゃねぇぞ。俺が本気になりゃあ、ランゴ115の女なんぞ数秒で──」


 ──ガンッ!


「グハッ!?」


「えっ、なにっ!?」


 ──ゴン、ガツン!


「グアッ! や、やめ──だ、誰だッ! 一体何が──」


 ──バキンッ!


「──ぐうっ……!」


 ドサリ──と、ソファに背中を預け、ゾゾルは気を失った。


「な……なんだ……? おいアンタ、どうしたんだ?」


 レモネットがおそるおそるゾゾルに近づこうとする。

 俺は彼女の背後に移動すると、ゆっくりと姿を現した。


「……多分気を失っているよ。初めまして。ロストグラフの特使、ツキト・ハギノだ」


「!?」


 レモネットは、バッとこちらを振り向いた。


 最初に自己紹介したのは、もちろん怪しまれないようにするためだ。


「あなたの身に危険が迫っていると考え、対処させてもらった」


「あ……アンタが……一人でゾゾルを? そこから一体どうやって……──いや、それ以前に、いつの間にこの部屋に入った? 特使? ロストグラフの?」


 疑問符をたくさん頭に並べているようだ。

 無理も無い。


「一つひとつ答えたいところだが、その前に俺のランゴを見てくれないか。いくつだ?」


「さ……30……」


 よし。

 そしてゾゾルのランゴは「2194」。

 間違いなくゾゾルを倒したようだな。


 こんなにも大きな数字を手に入れることが出来た。これから色々と行動するのに、俄然動きやすくなる。

 順位令のシステム的に、大物狙いが一番効率が良いんだ。


「──もちろん、こんな仮面をつけた怪しい人物がいきなりロストグラフの特使だと言っても、あなたは信じないだろう。なので証明代わりに、グランデル王の書状を見せておく」


 俺はレモネットに王の手紙を差し出し、確かめさせた。


「……たしかに王の筆跡と王家の印……。紹介文にある風貌もアンタに合致する。それじゃあ……」


「あなたとブラーを助けるため、俺はロストグラフから派遣された。……まあ本来の目的はティワカンヤ王にロストグラフ解放を伝えることだが」


「そうか……やはりアタシたちは任務未達と判断されたんだな……。チッ、情けねぇ」


 助けが来たことに喜ぶより、王の期待に応えられなかったことを喜ぶ……か。

 まさに忠君と呼ぶにふさわしい臣下だ。


「あなたはティワカンヤ王の片腕、イルシークの情報を手に入れようとゾゾルに近づいたようだが……ヤツがあまりにも汚い手を取るから、俺も我慢出来ずに飛び出してしまった。申し訳なかった」


「いや、いいさ。アタシも本気でゾゾルの言いなりになろうとしたわけじゃない。アイツの油断を誘ってぶっ倒すつもりだったからな。手間が省けたよ。ありがとう」


 レモネットはガリガリ、と頭を掻いた。

 なんとなく仕草が少年っぽい。


 というかやっぱり抵抗する気ではいたんだな。

 ちょっと先走ってしまっただろうか。


「だが……どうやってゾゾルを倒したんだ? コイツのランゴ30の数字は、長いこと変わらなかったんだ。だからアタシだってずっと隙を窺ってたのに、一瞬だったぞ……」


「俺のことを詳しく話すのは後にしよう。まずはゾゾルを拘束したい」


 というより、特にツラツラと説明することなんて無いのだ。

 俺はただゾゾルを殴っただけなんだから。


 透明人間の戦いは短時間でケリがつく。

 ケリがつかなかったときは、俺が負けるときだ。

 なぜなら透明人間の優位性は、ただ相手に認識されていないという一点に尽きるから。


 人は誰かと戦うとき、無意識に体に力を込めている。

 例えガードしていない場所でも、筋肉を強張らせたり、攻撃の軌道を自然と避けたりして、急所にクリーンヒットされることはほとんど無い。

 ボクシングとかで、ついさっきまで平気そうだったボクサーがいきなりKOになったりするのは、それまでたくさんパンチを受けているようで、実はクリーンヒットをもらっていなかったためだったりする。


 だから、とにかく素早く、的確に、相手の急所を攻める。

 それが透明人間の戦い方だ。


 卑怯な不意打ち戦法といってしまえばそれまでだが、ルールを守るのはスポーツだけだから構わないのだ。

 ロストグラフの三馬鹿たちで散々イメージトレーニングしたし、訓練もした。

 急所狙いは得意技である。


 つまるところ、俺はゾゾルのアゴ、後頭部、こめかみ──の三か所を、フンドウ・フレイルの先端部で力いっぱい殴ったに過ぎない。

 手加減は出来ない。

 相手が死んだり後遺症が残ったりしたら寝覚めが悪いが、それは仕方ない。

 ここはそういう世界なのだ。

 バスタークもブリガンディも、みんな人を殺した経験がある。

 知り合いは大体殺人者だ。

 彼らと話していれば、俺もだんだんそんな死生観に染まってしまう。


 もちろん、好き好んでやりたくはないし、アレクトロ以外を手にかけたことは無いわけだが。



「……──さて、こんなとこか」


 俺とレモネットは、部屋の中に都合よくあった縄を使い、ゾゾルの手足を縛った。


「えーと、『ツキト』だったな。これからどうするんだ? アタシ、正直なところジャルバダールの現状に詳しいわけじゃねーんだ。ティワカンヤ王に会おうとして門前払いにあって、それでも殴り込みに行ったらイルシークって野郎に返り討ちにあったってだけだから」


 この人、ちょっと口が悪いな。

 特使なのに。


「……ん、なんだ? 黙っちまって。アンタ仮面被ってるから表情が見えなくてやりづらいな」


 しかも結構言いにくいことをはっきり言うタイプのようだ。


「ええと……まずはゾゾルを起こそうと思う。絶対順位令の力を行使して、あなたが欲しがっているイルシークの情報を手に入れるつもりだ」


 俺も強敵の情報は知りたいし。


「誰かが入ってきたらどうするんだよ」


「大丈夫だと思うよ。ここはゾゾルのお楽しみ部屋だ。部下だって邪魔したりはしないだろう」


 権力者は得てしてそういうものだ。

 アレクトロ──というかボドだって、自分だけの拷問部屋を持っていた。


 モヒカンとスキンヘッドもこの部屋に入れないことをボヤいていたし。


「たしかにな。そんじゃさっさと、あのデカブツを叩き起こして──」


「──……誰がデカブツだって?」


 ──そのとき。

 驚くべきことが起きた。


「グフフ……楽しそうにおハナシしてるみてぇで妬けるじゃねぇか……。そっちの仮面ヤロウはお前の仲間か、レモネット? ずいぶんと馬鹿にしてくれたな……」


 ゾゾルが目を開け──余裕の笑みを浮かべたのだ。


「さぁて、試合続行と行こうかい。俺を倒したことに敬意を表し、二対一で戦ってやるよ……」


 バツン、と音がして、ヤツを縛っていた縄が解ける。

 どうやって解いたんだ?

 やはり戦士の国、ジャルバダールで30番をあずかっていただけのことはある。


「……こうなればしょうがないか」


 俺とレモネットは目配せをする。


 俺たちとゾゾルとの、第二ラウンドのゴングが鳴った──。

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