第51話 「秘密は筒抜け。そう、透明人間ならね」

 ゾゾルのアジト二階。

 明らかに一階とは雰囲気が違った。


 まず全体的に暗い。

 これは、日干しレンガの壁に空いた窓が全てカラフルなタペストリーで塞がれているためだろう。

 風が吹くとたまにチラチラと外の光が入るのだが、基本的には薄暗い。

 そして廊下にはランプが点々と灯っており、それがまた光の当たらない影の部分を濃くするから、全体の印象をトーンダウンさせている。


 ふわりと何かのアロマが漂ってくる。

 甘ったるいその匂いが怪しげな雰囲気をより演出する。


 間違いなくここから先がアジトの本当の姿だ。



 前からフードを被った二人組が現れ、慌てて廊下の端によけた。

 ランゴは「290」と「289」。

 幹部といって間違いないだろう。

 聞き耳を立てる。


「おかしらもつれねぇよなぁ……」


「まーた始まったよ、お前のウジウジ」


「うるせぇなぁ。だってよ、自信が無くなるじゃねぇか。俺たちゃ所詮ただのゴロツキなのかって」


「それならおかしらだって同じ穴のムジナじゃねぇか」


「ボケナスぅ、格が違うんだよ、格が!」


「かかっ、そりゃそうだ」


 いかにも荒くれといった雰囲気の男たちだった。

 ランゴ「290」の「ウジウジ」と言われた方がモヒカン。「289」の方がスキンヘッド。

 筋肉ムキムキで、体もでかい。派手なアクセサリーをジャラジャラとつけ、腰には大きな曲刀をぶら下げている。


 「おかしら」というのはゾゾルのことだろうか。

 思ったより部下に慕われているようだな。


 渡りに船である。

 さっそくこの二人の後をつけてみよう。


 つけるというか、俺からすると完全に同行だ。

 本当は三人組だけど、一人だけ聞き役に回っている、そんな感じ。



「愚痴を言える立場じゃねぇのは分かってるよ。俺たちゃあの人に生かしてもらってんだ」


 ほうほう、生かしてもらってるとはすごい。


「だな。ティワカンヤが狂っちまったときだってよ……」


「ああ、お頭はすぐに手下を全員集めて、アジトにかくまった。そんで自分一人が扉の前に立って言ったんだ」


 するとモヒカンとスキンヘッドは声を合わせた。


「『このアジトは俺の胃袋だ! 入りてぇなら俺に喰われる覚悟で掛かって来い!』」


「くうぅ〜っ! これぞ『大喰らい!』」


「くうぅ〜っ!」


 くうぅ〜っ!


 ……と、思わず俺まで感じ入ってしまった。


 「絶対順位令」が敷かれたとき、ジャルバダールはまさに血で血を洗う地獄だったはずだ。

 それを、手下たちを守るため、攻め込んでくる連中の前にただ一人で立ちはだかったのか。


 なんだよ、めちゃくちゃカッコいいじゃないか。

 シューシュカがゾゾルは無類の女好きだって言うから好感度低かったんだが、意外にいいヤツなのかもしれない。


「……でも、肝心のあの部屋・・・・にゃ入れてくれねぇんだよな……」


「女専用の部屋だろ? そりゃ俺たちが入れるわけねぇや」


 ほうほう、女専用の部屋とな?


「そりゃそうだけど、その話をするだけで怒るじゃねぇか。『英雄色を好む』って言うし、俺だって部屋自体に文句言う気はねぇよ。ただお頭に忠誠を誓ってる俺らにすらなーんにも教えてくれねぇってのが寂しいっつうかよ……」


「かかっ、結局ウジウジじゃねぇか」


「うるせぇなぁ」


「まあまあ、お頭もお気に入り・・・・・が入ったみたいでご機嫌だ。俺たちも役に立つため、そろそろ働きに行こうじゃねぇか。ただでさえ貧乏なスラムの連中から有り金巻き上げてるようなろくでなしから、ちょっとお小遣いを頂く大事な仕事だ。愚痴なら夜に聞いてやるよ」


「分かったよ。たしかにこんな愚痴は酒の肴にするような話だ」


 そしてモヒカンとスキンヘッドの二人組は、俺が来たのとは別の隠し通路を通り、一階へ降りていった。

 廊下の突き当たりがドンデン返しのしかけになっていたのだ。

 やっぱり忍者屋敷みたいだな。


 とりあえず彼らとの同行はここら辺で終えるか。


 「あの部屋」に、「お気に入り」か。


 お気に入りってのが特に気になるな……口振りからすると、最近ゾゾルの下に入ったみたいだし、まさかレモネットじゃないだろうな。

 そうだとすると連れ出すのは骨だぞ。


 ま、とりあえず情報収集継続だな。


 俺は廊下の隅で宿から持ってきたパンを食べながら、また誰かが通り掛からないかを待った。

 部屋に入るためには誰かが出るか入るかする隙を狙わなきゃいけないから、難易度が高い。

 なのでまずは廊下で待機というわけだ。

 出来ればさっきの情報を掘り下げてくれるような人がいいんだが……。


 ちょうどパンを食べ終わったところで、まさしく望み通りの二人組が現れた。


 今度は女の人である。それもかなりの美女たちだ。ただ仕事帰りなのか、疲れた顔をしていて素材が活かせていないようだったが。


 ランゴは「8103」と「7584」。それぞれブロンド美女と肌が浅黒いエキゾチックな美女だ。

 アジトで見たランゴの中でも圧倒的に低いが、彼女たちはゾゾルの庇護を受けているわけだから数字は特に問題じゃないんだろう。


 どちらにしろ女の人ということは、「女専用の部屋」に繋がる可能性がある。

 しかもこれほどの美女たちだ。女好きのゾゾルならば、当然はべらせてお楽しみをするんだろう。


 二人が「例の部屋」に入ってくれれば、レモネットに接触することが出来るかもしれない。

 俺は決してやましい気持ちなんかじゃなく、今度は美女二人組のチームに参加した。



「あ〜あ、今日もグッタリ……」


「あのクソ親父、汚ねぇ手で触りやがって……死ね」


「実際殺したじゃない。お酒に酔わせて……」


「まあそうだけど、せめてもっと高いランゴだったらね……暗殺する旨味ってモンが無いわよ」


 案外物騒なことを喋っている。

 改めて思うが、日本に比べて、この世界の死生観はやっぱりちょっと軽いよな。日常的に人の死があるからだろうか。


「ランゴが高いヤツなら私たちなんて返り討ちよ。ボスはいい仕事をくれるわ」


「たしかにそうね。スラムに武器をバラまいて子供に戦争ごっこさせてたようなヤツ、殺すのに何の気兼ねもないし」


「まあそういう意味では、『絶対順位令』も悪くないかも。暗殺がバレても罪には問われないもの」


「その代わり私たちだっていつ暗殺されてもおかしくないのよ? 私はやっぱり前のジャルバダールの方が良かったわ」


 人それぞれ、思うところがあるようだ。


「それにしてもボスもつれないわよねぇ」


 おお、来た来た。ゾゾルの話だ。

 それにしても、また「つれない」か。


「私なんて、いつでもオッケーなのにさ」


「アンタみたいなのがタイプじゃないんじゃない?」


「はあ〜? なに言ってんのアンタ。私が踊ればひと晩で五人分の稼ぎが出るって言われるほど売れっ子だったのよ」


「順位令が敷かれる前の話ね。今じゃランゴが上なら黙って従わなきゃならないから、お金になりもしない」


「……やっぱり二年前のジャルバダールの方が良かったかも」


「だから言ったでしょ」


 うーむ、どうやらこの美女たちは、ゾゾルのお眼鏡に適わなかったらしい。

 こんなモデルのような美人でも?

 なんて贅沢なヤツなんだ。

 今度は段々と好感度が下がってきたぞ。ぷりぷり。


 と、そこへ聞き捨てならない名前が飛び込んできた。


「ほら、新しく入った子──レモネットちゃんだっけ? ボスの趣味にケチを付ける気は無いんだけど……多分ああいう幼い見た目の子が好きなのよ。特殊なのよ」


「ええ〜、それショック〜。色んな意味で……」


 やはりレモネットはここにいる。


 で、ゾゾルのお気に入りになっている。


 ということは──やはり「あの部屋」にいる可能性が高いってことだ!


 あとはどうやってその部屋を見つけるか、だが、俺はすでにちょっとしたアイデアを浮かべていた。


 美女二人から離れると、ふたたびその辺の隅にしゃがみ込み、狙い・・の人物が通るのを待った。



 ──そして、一時間ほど。


 ようやく望み通りの相手が現れた。


 彼女はちょこちょこと狭い歩幅で歩いている。

 顔は幼く、背は低い。

 フードから出た前髪はくりくりとした赤毛で、頭上に浮かべたランゴは「3301」だった。


 早い話が、ゾゾルはロリコンなんだ。


 幼い少女に性的興奮を覚えるようなド変態。


 つまり、ならず者ばかりの巣窟でそんな風貌の人物が現れれば、イコールそれはゾゾルに招かれた女性ということになる。

 どこにいて、どんな顔かも分からないゾゾル本人を捜すよりよっぽど早い方法だろう。


 まったくなんて野郎だ。

 モヒカンとスキンヘッドの昔話に心打たれた俺の感動を返せ。


エージェントTSUKITO。

 これよりミッションを開始する。

 非常に重要な作戦だ、決してぬかるなよ──!

 俺は赤毛のちびっ子を尾行し始めた。


***


 ゾゾルの隠し部屋に辿りついたのは、あれからまた二十分ほど歩いてからだった。


 別に遠い場所にあるわけじゃないが、とにかくあちこち歩くために時間がかかるのだ。


 二階から隠し扉を通って三階に上がり、さらに四階へ上がったと思ったら今度は一階まで下がった。

 さらに次は地下まで行って、そうか、悪者らしく地下に隠し部屋があるのか──なんて思ったらすぐまた地上へ出て二階へ上がってきた。


 結局秘密の部屋は二階にあったのだ。


 なぜそこが秘密の部屋だと分かるかといえば、もう本当に隠されまくっていたからだとしか言いようがない。

 入るまでに怪しい通路を五回は通った。

 暗号みたいなのも二回入れていた。

 しかも建物の真ん中にあるにもかかわらず窓が無いから、ロウソクの光しか明かりが無い。


 ダンジョンの最奥というにふさわしい、いかにも怪しげな場所だった。



 赤毛ちゃんはトントン、とドアをノックする。

 と──中からダミ声で「入りなさい」と聞こえてくる。

 その声があまりにも猫なで声で、俺はゾクゾクした。


 真性のロリコンはやべぇな、やっぱ。


 こんな幼い見た目の子にまで手を出すなんて許せねぇ。

 そしてレモネットもまたヤツの毒牙に掛かっているとすれば──いくら部下に慕われていようと、俺はヤツを倒すのもやぶさかじゃないぜ。


 そんな意気込みを胸に、赤毛ちゃんが開けたドアを、俺も一緒にくぐり抜けた。


 さあ──いよいよジャルバダールの犯罪王、「大喰らいのゾゾル」の面を拝んでやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る