第50話 「いざ潜入! ならず者たちのダンジョン」

「いいか? ニュトに何かしてみろ、いくら仲間だろうと俺はどうなるか分からないぞ」


「あーもう、分かってますってぇ。昨晩からもう百回は聞きました。そんなに私が信用ならないんですかぁ? ゾゾルのところに行くならさっさと行っちゃってくださいよ〜」


「それと貴重品、もし無くなってたり、ちょっとでも金が減ってたりしたら、次から部屋の外で寝てもらうからな!」


「分かりましたってぇ〜」


「ちゅきと、だいじょおぶだよ」


「……本当に大丈夫か?」


「だいじょおぶ! ニュト、シューお姉ちゃんのことスキ!」


「やだニュトちゃん、ありがとー! アタシもニュトちゃん大好きよ!」


「えっ……ちょっと待ってニュト、俺とどっちが好きなの……?」


「はよ行け親バカ!」


 ポーンとシューシュカに尻を蹴っ飛ばされ、宿を追い出された。

 なんだよ、俺だけけ者か?



 ──早朝。


 今日から俺たち「ツキト団」は、本格的に活動を始める。

 今はたったの三人だが、ゆくゆくはこの国イチバンの組織となり、アホな法を強いるティワカンヤ王に喝を入れ、そして魔女に接触するのだ。


 まずはその第一歩。

 同郷の特使仲間であるレモネットを仲間に引き入れるべく、犯罪者の王「大喰らいのゾゾル」のヤサ・・へ向かう。


 ちなみにこのゾゾル、思った以上に凶悪な見た目らしい。

 ヒゲはボーボー、全身に刺青があり、でっぷりと太った巨漢だという。


 そして、可愛い女の子に目が無い。


 噂を聞くほどにヤバそうなヤツだ。

 こうなるとレモネットの安否も気になるところだ。


 だが、百聞は一見にしかず。

 ロートルの刑事よろしく、透明人間も情報は足で稼ぐのだ。


 ニュトをシューシュカに預けるのはハッキリ言って不安なのだが、アイツは賢いし、少なくともアイツ自身以外の脅威にニュトがさらされることはないだろう。人さらいとか。


 そういう意味で、やっと俺以外にニュトの面倒を見てくれる人が出来たのは喜ばしいことでもあった。


 もしもシューシュカが本当にニュトを奴隷商人に売り飛ばしでもしたら、それはシューシュカを信用した俺自身の落ち度でもある。

 何がなんでもニュトを取り返し、彼女を苦しめた連中全員を地獄に落としてやる。

 その後に自分自身への罰を与えてやる。


 冗談じゃない、本気だ。

 それだけの覚悟を決めないと、俺は進めないのだ。



 さて、大喰らいのゾゾルのアジトは王都の南東側にある。

 南東にはジャルバダールの貧民街があり、そこと普通の街との境にアジトを構えているらしい。


 理屈は簡単だ。


 貧民は犯罪者に身をやつす者が多いから、ゾゾルはそこで手勢を仕入れ、普通の街へと彼らを送り込む。

 盗み、恐喝、危険物の売買などをさせて、再び貧民街でかくまう。

 これらの流れをスムーズにするため、アジトを街の境に設けているのだろう。


 シューシュカが紹介してくれた宿は、国を真っ二つに分ける目抜き通りのすぐ東側にある。シューシュカに用意してもらった地図を見る限り、ゾゾルのアジトへは二時間もかからない距離だ。


 今日はひとまず視察のつもりだが、状況次第では潜伏活動に移ろうと思う。


 頭に「2194」のランゴを乗せて、もう一度服に隙間が無いかを確認すると、しっかりと月の仮面をつけて歩き出した──。



***



 ゾゾルのアジトには昼前に着いた。


 案外分かりやすいな。

 いかにも悪そうな連中が入り口で怪しい話をしているし、そいつらがまた槍やらなたやらを持っているし。


 というか、まず建物そのものが怪しい。

 日干しレンガで造られているが、建て増しを繰り返したのか、ブロックをめちゃくちゃに積んだようなガタガタな形をしている。

 窓には全て派手な色のタペストリーが掛けられて中が見えないし、奥行きはどれくらいか測りかねる。


 まさに犯罪者のちょっとしたダンジョンという感じだ。


 透明人間の真価を発揮するときだな。


 俺は建物から離れた物陰に隠れ、しばらく息を潜めて誰にも見られていないことを確認すると、ランゴごと体を消す。

 そして再びゾゾルのアジトへ戻った。


 ステップ1。

 まずは中へ忍び込む。これは簡単。


 俺は「シェード・オフ」と「サウンド・カーム」、加えて「アロマ・スナッフ」をかけ、姿、音、匂いの全てを消して入り口に近づいた。


 目の前でいかつい兄ちゃんや、顔に傷のついたおっちゃんたちが笑っている。

 やれ、今日の獲物はアイツだの、こないだの忍び先は危なかっただの、おすすめの酒はあれだのヤイヤイ話している。


 ……思ったより怖くはないな。

 日本にいたときは、こんな連中に出くわしたときは目を合わせないように急ぎ足で通り過ぎたもんだが。

 こちらに気付いていないからかもしれないし、ボドとやり合った経験からかもしれない。


 あと、単純にこの連中の雰囲気がいい。

 ギスギスしていないというか、その日暮らしの生活を楽しんでいる感じがする。


 ステップ2。情報収集。


 入り口でたむろしている下っ端たちの雑談を、暑い中で延々と聞いているのは情報収集の効率が悪い。

 見れば、高い連中でもランゴは四ケタ台だ。

 それよりも中に忍び込み、もっと高いランゴの人間を狙った方が大事な話が多く聞けるだろう。


 透明と言っても実体は存在するので、とにかく人との接触だけは避けなければならない。

 俺はゴミゴミしたアジトの中を注意深く進んだ。


 建物の中はさらにダンジョンめいている。

 とにかくあちこちにドアがあり、謎の部屋があり、階段がある。

 煌びやかな家具があり、色鮮やかなタペストリーがあり、武器が転がっており、ゴミも散らかっている。

 そしてその中を悪党どもがウロウロしているのだ。


 ふーむ。


 これはひょっとすると、あれか?

 ゾゾルの元へ行かせないように、あえてゴチャゴチャさせているのか?

 だとすると、より道が複雑な方へ進むのが正解というわけだ。


 よし。ステップ3、情報収集と並行してダンジョン攻略。

 人間心理を使った巧みな内部構造を、俺が攻略してやろうじゃないか。


***


 ──と、息を巻いてゾゾルのアジトをうろつき、はや一時間は経っただろうか。


 俺は実に三度目となる、入り口への逆戻りを体験していた。

 色々な場所へ進んでも、なぜかここへ出てしまうのだ。


 やはりこれはわざと奥へ行けないようにしてあるのだろう。

 闇雲に歩けば入り口へ戻される。かといって全てのルートを覚えられるほど出来た頭を持ってはいない。


 さてどうするか……。



 悩んでいると、そのとき。


 目の前を歩いて行った誰かが、ふと視界から消えた気がした。


(あれ? 気のせいか……?)


 気になって、今誰かが消えた場所まで歩いて行く。

 部屋と部屋の間にある物置スペースだ。

 ゴミだか宝だか分からないようなアレコレがごちゃっと置いてあり、ちょっとでも触ったらガラガラと崩れてしまいそうなほど山盛りである。

 特に何かスイッチとか、そういう仕掛けがあるようにも思えない。


 ……次に来る誰かを待ってみるか。


 二十分くらいすると、また廊下の向こうから人が現れた。

 ずいぶんと小柄で、フードを被った得体の知れない人物だ。


 だが、大事なのはそいつのランゴが「115」だったことだ。

 上位ランカーならば、組織の中でも上に立つ人物である可能性が高い。


 俺は物置スペースのすぐ横に立ち、謎の人物がどうするかを見ていた。


 そいつはここまでやってくると──


 ──なんと、驚くことにガラクタの山に足をかけ・・・・、そのまま足場を崩すことなく、ヒュッと天井へジャンプしたのだ。


 俺は慌ててそいつの跳んだ先を見た。


 一瞬──ほんの一瞬だが、天井の一部がめくれていた気がする。


 つまり、そこに抜け穴があるということか。


(まるで忍者屋敷だな……)


 だが、そういえば映画とかでもギャングのボスが金庫の形をした抜け穴から脱出したりするのだった。

 犯罪者も色々考えるものだ。


 今度はもう一度ガラクタの山を見てみる。


 薄暗くて見えづらいのだが、よーく目を凝らしてみると、これまた驚くべき仕掛けがあった。


 そのガラクタの山は、一見ガラクタに見えるように造られた・・・・、頑丈な足場だったのだ。


 まさかこんなカラクリがあったとは……。

 たしかにこれなら、普通は上へ上がれるなんて思わないだろう。


 面白いアイデアだから、ロストグラフに帰ったときバスタークやブリガンディに教えてやるか。

 きっと六王兵の隠し通路がグレードアップするはずだ。


 俺は人目が無いことを確認してから、そっと足場に登り、天井を見た。

 腰に差した剣の先でそっと撫でると、一部の場所から手ごたえが無くなる。

 つまりそこは日干しレンガの天井ではなく、抜け穴になっており、布で隠してあるだけなのだろう。

 さらに剣を押し付けて布を持ち上げると、やっと穴のヘリが見えた。


 俺は剣を腰に戻し、ジャンプして穴の端に捕まる。

 筋トレで鍛えた腕力をもって、そーっと懸垂をしながら穴から頭を出すと、やはりそこから先が二階だった。


 誰もいないな。


 スピードが大事だ。

 ここから先の一連の流れは、我ながら素早く行うことが出来た。


 まず、ぐっと体を持ち上げて穴を隠す布に触れる。

 その瞬間、布をシェード・オフする。

 これは布が跳ね上がって目立つのを避けるためだ。

 勢いを保ちながら穴の向こうへ体を乗り上げ、二階の床に転がる。

 もう一度誰もいないことを確認し、そっと布を戻す。

 もちろん、これらの行動は全てサウンド・カームで音を消した上で行った。

 こうして無事、誰にも気づかれずに隠された二階へ上がることが出来たのだった。


 ふー。


 俺、スパイとか向いているんじゃないか?


 というか、今まさにスパイ活動中か。



 二階は一気に薄暗くなり、人気ひとけが無い。

 これは怪しい匂いがプンプンするぜ。


 俺はゾゾルのアジト二階攻略へと足を踏み出した──。

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