第55話 「悪党たちのランウェイ・後編」
わあああああっ──と、歓声が聞こえてくる。
大トリを務める自分たちのボスの登場を、今か今かと待ちわびているのだ。
ファッションショーなんていう、荒くれ者たちからはまったく
それが逆に新鮮で刺激的だったのだろう。少なくともゾゾルの部下であるイシカン、キヌエド、そしてフロルとアスクラの四人は大成功でステージから戻り、本人たちも新しい感覚に興奮冷めやらぬ状態で客席にいた。
イシカンやキヌエドは紳士的な白いワンピースにヘッドスカーフを巻いた、アラビアの民族衣装みたいな格好。
フロルとアスクラは美しい織物をたくさん羽織ったお姫様っぽいスタイルだ。
普段はケンカや強盗、暗殺が日常の皆さんだ。ギャップ萌えもはかどるというものである。
そして──いよいよゾゾル。
ツキト団の愉快な仲間たちは舞台裏で彼を勇気づけていた。
「ゾゾルさん、がんばえ!」
ニュトが俺の後ろから応援する。
「事故にでも遭ったと思って行ってくるといいわ!」
シューシュカは声がでかい。
「まあ……なんだ。アタシもそうだけど、なんとなくツキトの勢いに流されちまった身として同情するぜ」
レモネットはゾゾルの背中をポンポン、と叩く。
そして俺は──
「最高に可愛いとこ、見せてこい!」
思い切り無責任に送り出した。
「うっす」
ゾゾルは覚悟を決め、ついにランウェイへ繰り出した──。
ずん。
ずん。
足音を鳴らしてゾゾルが現れる。
俺たち四人は舞台裏からステージの様子を見守っていた。
まず顕著なのは、客席の皆さんの表情だった。
まるで四コマ漫画みたいに……
はしゃぎ顔、笑顔、苦笑い、疑問の顔……と変わっていく。
続いてボスの登場に沸いていた声がしぼみはじめ、ざわめきに変わり、ついには変な笑い声に変わった。
きっとジョークだと思ったのだろう。
ゾゾルはどうしていいか分からない、といったふうにキョロキョロしていたが、さすがの胆力といったところか──ランウェイの端まで歩き、そして……ずん、ずん、と戻ってきた。
「……おう、お疲れさん」
「……」
俺の労いにも返事をせず、楽屋へ戻ってきたゾゾルは、力なく座り込んだ。
「悪くねぇ」。そんな風に言ったさっきの顔が、今はしょぼくれた子供のようだった。
ぱち、ぱち、ぱち……
客席からはパラパラと小さな拍手が聞こえてきた。
だが、やがてその拍手は不満の声に変わり──
ついに誰か一人が「出てこい興行師!」と叫んでからは、一気にブーイングの嵐になった。
「コラーっ! 興行師! テメェお頭に何させてんだ!」
「隠れてないで舞台に出てこいや!」
「事と次第によっちゃ許さねぇぞ、オラァ!」
この三日間、一緒にステージを作ってきた仲間たち。
それなりにチーム感を感じたものだった。
だがやはり、それはゾゾルの命令があって成り立っていたのだ。
今や自分たちの大事なボスを辱めた悪党として、皆が俺を非難していた。
「ちゅきと……」
ニュトが心配そうな目で俺を見上げる。
こうなることも、予想していなかったわけじゃない。
責任は俺にある。
頭を下げることで騒ぎが収まるなら出て行くか……と、そう思ってはいた。
あの大柄なゾゾルの、小さく丸めた背中を見るまでは。
「……とりあえず、行ってくる」
「ちゅきと……」
「ニュトは待ってろ。シューシュカも、レモネットもだ。アイツらが暴徒と化したら危険だからな」
俺は透明人間。
相手が大勢であるほど逃げやすいから良いのだ。
そして俺も、ランウェイに繰り出した。
大喝采どころか──
ステージを歩く。
客席ではゾゾルの部下たちが怒りの形相を浮かべ、俺を睨み上げていた。
イシカンたちやフロルたち……ショーに満足していた四人や他の何人かは戸惑いの表情をしていたが、それはごく一部だった。
俺は頭を下げた。
「皆さん──すみません。ご期待に沿えるショーではなかったようで、これは興行師としての失敗です。この通り、深く謝罪いたします」
本心ではあった。
「ですが──」
俺は頭を上げた。
浮かんでいたのは、さっきのゾゾルの背中だ。
「このショーに出たモデルの皆さんは、間違いなく本気で臨んだもの。ショーを成功させられなかったのは私の責任ですが、モデルの思いまで無下にしないでいただきたい!」
ドワッ、と──観客たちから非難の声が轟いた。
「ふざけんじゃねー! お頭にあんな気持ち悪い格好させて、何をスカしてやがる!」
「俺たちのお頭が、あんな馬鹿げた格好するはずねぇだろうが!」
「何かお頭の弱みを握ってランゴを奪ったんだろ! それでお頭も仕方なく従ってんだ!」
前列にいた連中がステージに上がってきた。
コイツらのゾゾルを思う気持ちは本物だ。
だが──
「ねぇそうでしょう、お頭! そうって言ってくださいよ! あんなカッコ悪いマネしないでくださいって!」
──誰かがそう言いやがった。
今、何て言った?
「誰だ、今叫んだやつ。出てこい」
俺は低い声で言い放った。
「誰だよ──
客席がどよめく。
そりゃ無理も無い。
ならず者の親分にドレスを着せ、こんなショーを
無理やりだとも思ったし、無茶をしたとも思ってる。
だが──ムカついていた。
「たしかに俺が悪かった。正直俺だってゾゾルの格好は賛否両論あって仕方ないと思う。笑うヤツだっているだろう」
「テメェ、なに開き直ってやがる!」
「ふざけんなコラァ!」
「俺がどう思おうと勝手だろうが。ついでにお前らがどう思ったって好きにすればいい。だがな──」
俺は思うままムカムカを吐き出した。
「──『そう言ってください』っていうのは何だよ! ふざけてんのか! 自分の理想を他人に押し付けるんじゃねぇ!」
そう怒鳴り散らすと──
部下たちは言葉に詰まった様子で黙りこくった。
勢いよくステージに上がった連中も動きを止める。
「お前たちの中で、絶対誰にも知られたくない秘密が
俺はぐるりと客席を見回した。
「当然いないだろ。じゃあそれを大勢の前でさらせるヤツは?」
またしても客席は静かだった。
「……いないよな、普通。だが、ゾゾルはそれをアンタたち部下の前でやったんだ。可愛いかどうかで言えば、可愛くねぇよ。でもな──ゾゾルは最高にカッコよかっただろうが!」
客席は、水を打ったように静かだった。
はぁ……はぁ……と息を喘がせる。
たまに興奮すると我慢できないときがあるのは、俺の悪いクセだ。
参ったな。
失敗するかもとは思っていたが、ここまで
ショック療法にしても、インパクトが強すぎたのかもしれない。
それでも俺はゾゾルの力になりたいと、そう思ったのだ。
ところが──不意に客席から、一人手を上げて立った。
「……あの。アタシ……正直ちょっと言いづらかったんだけど……」
ゴージャスなブロンドに、今はそれに見合った豪華な服を着ている。
フロルだった。
「その……さっきのボス……。本当はアタシ、なんだかちょっと可愛いなって、思っちゃってました……」
──なに?
マジで?
「……目、大丈夫か?」
おっと、うっかり口が滑った。
「いやその、女の子みたいな可愛さじゃなくて、なんていうの? クマさんみたいな可愛さっていうか……。アタシ、ボスってカッコいいけど怖いって印象しかなかったから……ああいう一面もあるんだって、ちょっと驚いて」
客席がザワザワしはじめる。
クマさん、この世界にもいるのか。ゴリラに次いで二度目の衝撃。
「……あの……実は俺も……可愛いっていうか、なんかお頭も結構お茶目なんだな、みたいに思ったよ」
次にそんな風に言ったのはイシカンだった。
二人の発言を皮切りに、少しずつ風向きが変わっていく。
「まあびっくりしたけど……お頭も俺たちを信じて打ち明けてくれたんだよな……」
「服は可愛かったと思う」
「見た目はともかく、その勇気はさすがお頭って感じだよな」
ちらほらとそんな声も聞こえてくる。
「だ、だがよ──そんなのお頭がすげぇってだけで、興行師のヤローはやっぱり見世物にしようとしただけじゃねぇか!」
そう言ったのは、さっき「そう言ってくださいよ、お頭」と叫んだ声と同じだった。
「なあ、違うかみんな!」
男が呼びかけると、様々な反応が返ってくる。
「そりゃたしかにそうかもな……」
「でも、お頭も好きでやったんじゃないの?」
「少なくとも普段は体験出来ないことだったわね」
「だけどみんなで騒ぐだけで金も取らない興行だろ? そんなことして興行師に何の利益があるんだ。やっぱりアイツは怪しいぜ」
さーて、混沌としはじめてきたぞ……。
さすがにこれを上手くまとめるのは難しそうだ。
こうなったら三十六計逃げるに如かずか?
と、そのとき──
「……おめぇら、もうやめろ」
ずしん、と足音を鳴らし、舞台袖から現れたのはゾゾルだった。
「そいつは……ツキトは俺の背中を押してくれただけだ。無茶苦茶なところはあるがよ、悪いヤツじゃねぇ」
「ゾゾル……」
さすがに彼が話し始めると、部下たちはシンと静まり返った。
「みんな、驚かして悪かった。これが本当の俺様よ。フリルとかリボンとか……可愛いもんが好きな変わり者だ。本当はずっと隠してるつもりだった……。
でも、それまで俺様は小っちぇえ女の子に服を着せたりして気持ちをごまかしてた。我ながら気持ち悪いことをやってたと思うぜ。それに比べりゃあよ、自分が笑い者になるくらい全然マシじゃねぇかって思ったのよ」
その告白に、また部下たちはざわめき出す。
「じゃあお頭って……」
「ああ、小さい女の子が好きっていうより、可愛いもの自体が好きだったってことか?」
「その辺、触れたらまずい、みたいな暗黙の了解があったもんな……」
ゾゾルが再び声を上げる。
「──今までずっと秘密にしてて悪かった! ロリコン野郎がボスなんだって情けない思いもあっただろう! 可愛いもの好きなのとどっちがお前らに受け入れられるかは分からねぇ! だが俺様は──結構スッキリしてんだ! それもこれも、この男のおかげだよ」
そう言ってゾゾルは、俺の肩に手を置いた。
「やることは無茶苦茶だが、この大喰らいのゾゾル様にフリルを着させて部下の前に引っ張り出すなんざ、この国の誰だって思いつかねぇ。あのティワカンヤでもだ! 常識外れってのは、時として固定観念をぶち抜く風になる。お前らにゃ気分悪い思いさせちまったが、俺はツキトを認めるぜ!」
ゾゾルは高らかにそう言った。
やがて、パチ……パチ……と誰かが手を打ち始め──
パチパチパチパチ──と、それは盛大な拍手に変わった。
「──ボスぅ!」
急に客席からフロルが飛び出してきて、ゾゾルに抱きついた。
おおっ!? と俺はびっくりして横に飛びのく。
「な、なんだフロル、いきなりくっついてきやがって!」
「だって……だってアタシ、ボスは小さい子が好きで、アタシみたいなのは興味無いんだって思ってたから……。少しでもチャンスがあるなら、ガンガン攻めていこうって決めたんです! ボスはやっぱりかっこいいです!」
うわ、いきなりこっちでも告白が始まった。
「お、お頭ぁ!」
そう言って今度はイシカンが立ち上がる。
なんだなんだ、と思って見てると、彼は隣に座るスキンヘッドのキヌエドを指差した。
「俺……俺……じ、実はキヌエドと付き合ってるっす!」
──なぬ?
「お、お頭が俺たちに勇気を振り絞って全部さらけ出してくれたんです! お、俺はこれからもお頭について行くっす! だから打ち明けました! 一蓮托生っすから!」
ぷるぷる震える彼の体を、キヌエドがそっと抱きしめた。
この世界じゃずいぶんと勇気のいるカミングアウトだったに違いない。
皆がポカーンとしている中、俺は真っ先に拍手を送ってやった。
「いいじゃないか、幸せにな!」
するとそれに感化され、皆も拍手をし始める。
イシカンは思わず涙ぐんでいた。
場の空気もあるだろう。拍手しなきゃいけないのか、みたいな。
明日になればよそよそしくなるヤツだっているだろう。
だが、間違いなく今の気持ちを全員が共有し、胸がすく思いだったに違いない。
ちらりと舞台袖を見ると、ニュトやシューシュカ、レモネットまで笑いながら拍手をしていた。
「……ツキト、さん」
不意に客席から一人、立ち上がった。
拍手がやみ、彼の方へ視線が集まる。
声で分かった。
さっきまで周りを囃し立て、俺を非難していた男だ。
「まだ何かあるのか?」
「いや……俺だってゾゾル様の部下だ。さっきは頭に血が上ってお頭に失礼なこと言っちまったが……お頭が文句無いって言ってんなら、それで構わないさ。だが、やっぱりアンタだけは気になる。だってそんなことをしてアンタに何のメリットがある? 何のためにお頭の背中を押そうと思ったんだよ」
ふむ、と俺はひとつ息をついた。
ゾゾルや他の皆も、たしかにそれは気になるといった様子で改めて俺を見た。
「俺はゾゾルの力になりたいと思った。まずアンタたちは世間一般でいう犯罪者だ。ならず者とか荒くれ者なんて呼ばれている」
客席はジッと俺を見ている。
「──だが、俺にとっちゃそんなことはどうでもいい。例えばここにいるフロルが暗殺とかしていたみたいだが……」
「えっ、ちょっと待って、何でそんなこと知ってんの!?」
名前を出された彼女がびっくりして俺を見る。
「……そんなことを知るくらい、いくらでも方法があるさ。他にも強盗だってしているだろう。
まあとにかく、アンタたちのターゲットらしいクズどもが死のうが金を失おうが、俺は知ったことじゃないんだ。そもそもこの国が正常じゃないのに、犯罪もクソも無い。それより俺は、この『ゾゾル団』が魅力的に思えた」
ずい、と一歩前に踏み出る。
「ゾゾルの背中を押そうと思ったのは、もちろんヤキモキして衝動的に──という一面もあるが、一番の目的はアンタたちと手を組みたいとおもったからさ。俺には目的がある。詳しくはまた話すが、そのためには力が必要なんだ」
ザワザワ──と、再び客席はざわめく。
自分たちを認められたようで嬉しいような、騙されたようでもどかしいような、どうすればいいか不安なような、十人十色の顔だ。
こんなときは、もちろんトップがまとめるのだ。
ゾゾルに顔を向けると、彼はクックッと肩を震わせて笑いをこらえていた。
やがて我慢できなくなったのか、ワッハッハと笑い始めた。
「ハハハハハッ! まったく──なんて変わり者ですかい!」
「いや、今のお前ほど変わってるヤツはいないと思うぞ」
「いやいや、アンタの方が上です。お前ら、嘘をついていて悪かった──俺はな、本当はこの男に負けたのよ! だからランゴは正しいんだ!」
ゾゾルは大きく両手を広げた。
当然また客席のざわめきは大きくなる。
「だからよ、本当なら俺様に命じて何でも出来たし、いくらでも俺様の力を自由に出来た。ついでに言えばツキトは興行師じゃねぇ。このショーが終わってから打ち明けるつもりだったが──ロストグラフの特使なんだ。普通は俺様たちみたいなならず者を忌避する立場の人間だろ?」
次々と明らかになる真相に、部下たちもどう反応していいか分からないような顔だ。
この話の行き着く先を見守っている風である。
「それが、まさか俺様たちと手を組みたい、か。もう一度言うが、俺様よりよっぽど変わり者ですよ」
「色々とムチャをしたあげく、全員を混乱させて調子がいいかもしれないが、どうだろうか」
「……決まってますとも──」
ゾゾルは高らかに宣言する──
「いいかお前ら! 今日から俺様たちはこの『ツキト団』と手を結ぶ! 安心しろ! 不利益を被るようなことには俺様が絶対にしねぇ!」
客席から大きな拍手が巻き起こった。
さっき俺に疑問をぶつけた男も、納得した顔で拍手している。
ゾゾルが手を出してきたので、俺はその手を握った。
30番のランゴ、百人の団員、そしてゾゾルという戦力──俺はついに、ジャルバダールの勢力争いへと名乗りを上げたのだ。
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