第48話 「シューシュカ様の慧眼に狂いは無いらしい」

 朝起きると、ニュトがいなかった。


「うおおおおおおっ!?」


 どこを探してもいない。

 部屋中見回してもいない。

 シューシュカもいなかったが、それはこの際どうでもいい。

 とにかくニュトがいない。

 いない。

 いないのだ。


「ニュトおおおおおおっ!」


 探す。

 探す。

 ベッドの下。

 カーテンの裏。

 机の上。

 引き出しの中。


 ──ああ、そうか。トイレだトイレ。


 はははっ、俺は何をうろたえてるんだ。

 常識的に考えてそれしかないだろう。


 しかし引き出しの中に置いてあったメモを見つけて、俺はぶっ飛んだ。


『ご主人様へ。あなたの大切なご令嬢は預かりました。無事に返して欲しければ頭に枕を乗せて口に水を含み、片足で立ちながらピョンピョン跳んで宿の食堂へ来るよーに。あなたの可愛いシューシュカより』


 ……あのヤロウ……ニュトには手を出さないって結論づけた矢先から嘘つきやがった!

 あんなイカれハイテンション女王様もどきを信じた俺がバカだったぜ!

 やってやろうじゃねぇか、クソが!

 頭に枕を乗せて、

 口に水を含んで、

 片足でピョンピョンだな!

 俺をなめるなよシューシュカあぁ!



「あら、ご主人様おはようございますぅ〜!」


「ちゅきとー、おはよお! ……なにしてゆの?」


「……モゴモゴモゴ(なんでもない)」


 ニュトはフツーにシューシュカと料理を作っていた。

 ごく平和に。

 なんのトラブルもなく。


 俺はちょいちょい、と指でシューシュカを呼んだ。


「はいはい、なんですかぁご主人様〜! ぷくく……仮面の下でぷっくりと膨れているのが見えるようですわ! まるでタコのようにね! あははは!」


 仮面の口から、タコよろしく、シューシュカの顔にブーッと水を吹きかけてやった。


「なっ、ななななにすんのよ汚いわねっ!」


「うるせー、朝からビビらせやがって! げほっ! 寿命が二年縮んだじゃねーか、どうしてくれるんだ!」


「あーら、それなら毎日やってあげますわよ! そしたら一週間後にはポックリですわね!」


「めちゃくちゃな計算だな!?」


 ぐぬぬ……と睨み合っていると、ニュトが俺たち二人をポンポンと叩いた。


「ごはんさめちゃうー」


***


「……マジでフツーに宿屋なんだな……」


 ニュトとシューシュカが作ってくれたシチューと宿の主人が出してくれたパンをモグモグとやりながら話す。


「そりゃ一応国の体裁は為していますからね。料理屋も、武器屋や防具屋もありますし」


「店の主人よりランゴの高いやつが『ただで武器を寄越せ』とか言ったらどうすんだ?」


「そりゃ、言ったやつよりさらにランゴが上の人から後々報復されるだけですよ。

 ……ふーむ、ご主人様ってば改めてジャルバダールの現状をご理解してないのですね。そういえば結局何の目的で国に来たのかも聞いてませんでした」


「今日のところは互いの情報交換と、今後について話し合うか」


「『ツキト団』定例会議の第一弾ってわけですね!」


 いちいち声がでかいんだよなぁ……。



「まず俺たちの身の上から話すか。

 俺とニュトがロストグラフから来たのはお前に見抜かれたとおり。そんで、ジャルバダール以北の国に詳しくないのも当たりだ。

 ただ、俺もニュトも元々は辺境の地に住んでいて、ロストグラフで暮らしていたのもそんなに長いわけじゃない」


「そういえばロストグラフはこの二年間、国が閉鎖されていたんですよね。だから短くても二年以上ロストグラフに住んでいた」


「うーん、まあそんなとこだな」


「ご主人様ってばいちいち歯切れが悪いですねぇ……」


 と言っても異世界から来ましたーっつって信じるのかという話である。


 それ以前に、まだ完全にシューシュカを信頼したわけじゃないからな。

 そりゃ仲間になったからには秘密も共有したいが、コイツまだなーんか隠してそうなんだよなぁ……。

 だからそっちが隠している間はこっちも全部は喋らないのだ。


 俺としてはコイツに悪くない印象を持っているが、向こうもそうとは限らないし。何かのきっかけで縁が切られるかもしれない。

 ニュトと行動するからには慎重にならなくちゃな。


「──とにかく、俺たちはロストグラフにいる間、ある人にお世話になってた。んで、ジャルバダールにはその人の頼みで人捜しに来たんだ」


 大事なところは伏せたが、まあ嘘はついてないだろう。


「……ある人って誰ですか?」


「それはナイショ」


「ぶー、ご主人様は私の魅力にメロメロにされてどうしても同盟を結びたいって言ったくせに、往生際が悪いですねぇ」


「息を吐くように嘘をつくな。信用ならないのはそういうところだぞ」

 ニュトが変な勘違いしたらどうしてくれる。


「んまあ、ヨシとしましょう。人捜しっていうのは本当のようですし。で、捜してるのは誰なんですか?」


 俺はロストグラフの特使である、ブラーとレモネットについて説明した。

 彼らを捜すためというのが一番の急務であることも。


「ふむふむ、なーるほど。わたくしめ、その二人なら知っておりますよ」


「本当か?」


「だてに門番やっていませんでしたとも。というか、その二人がジャルバダールに来たからロストグラフの解放が知られたんです」


「今どこにいるか分かるか? まさかお前、二人にも卑怯な不意打ちを食らわせて奴隷商人にでも売りつけたんじゃねーだろうな。そうなったら国際問題だぞ」


「いやいや、してませんって。狂犬じゃないんですから、やだなーもー。そもそも私が狩るのは弱そうな相手だけですし」


 つまり俺は見くびられていたわけだが、いたしかたなし。ブラーとレモネットが戦闘の達人であることは、バスタークやブリガンディからも聞いているしな。


「えーと、その二人はたしか東門から入ったんですよ。私の担当は南門。最初がブラーさんで、次に来たのがレモネットさんでした。マハラン屋にでも聞いたんでしょう、ランゴも絶対順位令も知っていたそうですよ」


 たしかにレキネンもそう言っていた。

 本当なら二人もロストグラフへ引き返すべきところだったかもしれないが……まあ俺も人のことは言えないからな。


「それで、今はどこに?」


「ブラーさんは知らないです。私が知らないってことは、多分どこの組織にも所属してないんでしょう。たまーにいるんですよ、そういう一匹狼。まあ大体がすぐに単独行動の限界を知って、どこかに所属することになりますが」


 この広い王都でたった一人を捜すのは大変そうだなぁ。


「で、レモネットの方は?」


 と訊くと、なぜかシューシュカは言いづらそうに口をモゴモゴさせた。


「……なんだよ、早く教えろよ」


「うーん……それなんですがねぇ、レモネットさんはヤバいやつのとこにいるはずですよ」


「ヤバいやつ?」


 シューシュカは俺をまっすぐに見て、覚悟したような顔で言った。


「──『大喰おおぐらいのゾゾル』。ジャルバダールに絶対順位令が敷かれる前から腕っぷしにモノを言わせてきた、大悪党です。ランゴはなんと驚異の『30』。これは犯罪者の中ではトップの数字ですね」


 30位。

 一万人(俺の見立てによれば)もいるファイターの中で……30位か。

 金や名声が意味を成さない今のジャルバダールだからこそ、その数字が際立つ。

 単純に上から数えて30番目に強いヤツってことだからな。


「……無事なのか?」


「さぁ、そこまでは。上手くゾゾルに取り入ってれば手下にしてもらえてるんじゃないっすかね」


 確認しないと分からないってことか。

 とりあえず俺にできることは無事を祈るしかないだろう。

 最初の目標は決まったな。


「それにしても……上位者は国王の幕下ばっかに固まっていると思ったが、そうでもないのか」


「まあそれもある意味間違ってないんですが、ご主人様の勘違いポイントはそこですね。すこ〜し横道にそれますが、いいタイミングなので現在のジャルバダールの構造をご説明いたしましょ〜」


 そう言うとシューシュカは指をピンと立てて話し始めた。


「まず絶対順位令が出来て、しっちゃかめっちゃかあって、最終的にどういう形になったかというと……さっきブラーさんのとこでも触れたように、大体が組織に所属するようになったのです。

 力こそが全て、戦意を持つ者以外は脱落者となる……そんな社会において生き残った連中が誰かの傘下に入るなんて不思議だとお思いですか?

 ところがどっこい、彼らはちゃーんと戦意を保ってます。相手はそう、別の組織の下っ端ですよ。これって世界の縮図ですよねぇ〜……そう思いません?

 いつかトップに立つであろう一人を選び、その下につく。後で自分が美味い汁を吸うためのギャンブルってわけです」


 世はまさに戦国時代ってわけか。


「なるほど……つまりここの店主も王都に住んでる一般人も、誰しもがどこかの組織に所属して、自分も組織の力になりつつ、他の連中から守ってもらってる、と」


「そうそう、物分かりが早くて助かりますぅー」


「さらに、つまり」


「はい」


 俺はひとつの結論にたどり着いた。


「この国で一番になるってことは、この国で一番でかい組織のトップに立つってことになるのか──」


「その通りでござい!」


 うおー……めんどくせぇ……。


「それってさ……腕に自信のある連中をいちいち倒して、その組織を吸収していかなけりゃダメだってことだろ? 王都に住むほぼ全員がどこかの組織に所属してるんだから」


「そうなりますねぇ。最終的に国を乗っ取るつもりなら、ティワカンヤ王と戦わなくちゃいけませんが、そもそも王だって国王軍より小さな組織の構成員といちいち戦ってはくれませんから」


「……ハードだなぁ」


 くい、とシューシュカが首を傾げて尋ねた。


「ご主人様はロストグラフのなまりが薄いばかりか、たまーに変な言葉を使いますね。ハードとは一体どんな意味ですか?」


「難しいって意味だよ……」


「ふむふむ、なーる……やっぱりご主人様は、ただの人探しで来たわけではなさそうですねぇ」


 ギクリ。


 ……え? 今の会話のどこでそんなふうに思ったんだ?

 油断してたから分からなかったぞ。


「いやいや、不思議な顔してますけど、ご主人様。『難しい』なんて言葉、それをやろうとでも思ってなきゃ出ないですよ。『大変そうだなぁ』とか、『ご苦労さんだねぇ』って反応でしかるべきなのに、完全に自分の身に置き換えてるじゃないですかぁ。

 ……にゅふふ、やはりシューシュカ様の慧眼けいがんに狂いは無かったようですよぅ」


 うーん、コイツ人の本心を言い当てて悦に浸るクセがあるな。ムカつくぜ……。


「人探しはウソじゃない。ブラーとレモネット以外にも探している人がいるってだけだ。そんで、その人に会うにはある程度ランゴを上げなきゃならんのさ」


「ほうほう……てことは相手もそれなりの地位にいる方ってことですね。まあまあよいですよ。私もご主人様に嫌われたくはないですから、これ以上の詮索はとりあえずやめときます。ただ、いずれ教えてほしいですねぇ……でないと仲間という感じがしませんもの」


 ニマッと笑うシューシュカの本心を、俺の方はまだ掴めない。

 コイツ本当に仲間になりたいと思ってるのか……?


 会話に混ざれないニュトが、足をプラプラさせながらお行儀よくご飯を食べている。


 俺が探しているもう一人は──魔女。


 言えるわけないだろう、こんな大事なことは、まだ。

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