第47話 「結成! ツキト団・後編」

「アンタの動機は分かった。だが、それだけで手を組むわけにはいかない」


 俺はこの、人を食ったような女から、どうすれば素顔を引き出せるか頭をフル回転させた。

 人を見るのが得意な俺でも、まだシューシュカがいい奴か悪いやつかは判断しかねている。


「気になる点が三つある。その全てに誠意を持って答えてくれ。俺の納得がいく答えだったらアンタと組もう」


「わぁーい! これはもうほとんど仲間になったも同然ね!」


 まったく同然じゃないがスルーして続ける。


「まず、率直に言ってアンタが信頼できない。ついさっきアンタは門番の仲間をアッサリ裏切ってみせた。それだけじゃなく、ティワカンヤ王に対する態度もコロコロ変わる。信頼できない相手をどうして仲間に出来る?」


「一番簡単なのが来たわね。裏切るのは当たり前よ。だって利益が無いもの。

 あの門番たち、さんざん私を囃し立ててたでしょ? アイツらランゴも下位なのに、自分たちの実力は私より上だと思ってるの。そのくせ厄介な相手が来ても、一度も戦ったことがない。みーんな私が相手してる。

 つまり私はハナからアイツらを仲間だと思ってなかった。ただご主人様のような方が来るまで一人で門番は出来ないから、仕方なく媚を売ってただけ」


「王に対しては?」


「そりゃー国王軍にいる限りは従うし崇めたてますわよ。逆に対抗勢力のナヨカトル様は毛嫌いしますし。私はね、ご主人様。物事を常に私にとって無益か有益か、で考えてますの。だから軍を離れりゃー陛下の扱いも雑になるし、新たなご主人様には尻尾を振りますわよ」


 シューシュカは芝居掛かった口調で姫カットの黒髪を手で払い、ふふん、と笑った。

 嘘はついてなさそうだ。

 というか、これも嘘だとしたら何を信じればいいか分からなくなる。

 とりあえずは本心だと思って進めよう。


 つまり──徹底的な合理主義か。

 ビジネスライクというか。


 こういう奴は自分に利益がある限り裏切ることはないから、感情で動く相手より付き合いやすいという事実はある。

 もっとも、その分離れるのも早いだろうが。


 まあいずれにしろ、誠意を持って事実を言ってくれたであろうと判断した。

 次の質問だ。


「じゃあその次。アンタはさんざん貧乏を理由にしていたが、魔法衣っていうのは高価なものだろう。貧民が手にするのは不可能だし、誰かから奪ったにしてはアンタのためにあつらえたように合っている。それはどう説明する?」


 シューシュカは、ぴく、と片眉を上げた。


 その一瞬の反応を、俺は見逃さなかった。


「……ご主人様ってば食えないですわねぇ……。うふふ、いいですわ。答えましょう。

 これは知り合い・・・・からの贈り物です。身分が違う知人がいたって不思議じゃないでしょう? その人が私のために仕立ててくれたんですよ〜」


「なるほどな。買ったんでも奪ったんでもなく、貰った。それなら筋が通る。いいだろう、じゃあ最後の質問だ。

 ──その魔法衣が気に入った。俺にくれないか? もしくれるというなら、アンタは今から俺たちの仲間だ!」


「──!」


 シューシュカは一瞬身を強張らせた。


 が、すぐに笑顔に戻り、そしてにこやかに言った。


「……──も、もちろん! こんなもの、国を手に入れることに比べたらどーってことないわよ! 大事の前の小事ってやつね! でもご主人様じゃ着られないけどいいんですかぁ?」


「ああ、構わないさ。売り飛ばすからね。それをこの国での活動資金にするよ」


 ここ一番のスマイルを見せる。


「まあ、それは良いアイデアですね! さすがはご主人様!」


 シューシュカも最高の笑顔。


「だろう? もしも従わなかったら、順位令を盾にしてでも奪うところだったよ! こんなアッサリ大金が入る状況なんて、そうそう無いだろうからね! はっはっは!」


「おほほほほ!」


「にゅーん?」


 ニュトが首を傾げて俺たちを見る。

 今、彼女の目には俺がどう映っているんだろうか。


「──さて、次は俺たちの事情を話したいところだが、それより少し休みたいな。宿くらいはあるんだろ?」


「……ええ、王都の住民は攻撃的な方が多いですが、一応国の体裁はとっていますよ! すぐそこの安宿がおすすめですぅ!」


 俺とニュトはシューシュカに案内されるまま、そばの宿へと入って行った。



***



 夜。


 夕飯を食べて、俺たちはベッドに寝転がった。

 三人同室なのは金銭的な理由じゃなく、誰かに襲われた時に対応しやすいようにだ。


 先ほどシューシュカがトイレに行くと言って部屋を出て行ったため、今はニュトと二人である。


 俺はすでに眠ってしまったニュトを抱っこして、部屋のすみに横たえた。

 床には絨毯が敷いてあったが、シューシュカの毛布を敷布にして、ニュトの毛布を彼女の体にかけた。


 部屋の中は暗い。


 そして俺は──その時・・・を待った。



 五分くらい経っただろうか。


 廊下から足音が聞こえてきた。


 足音は俺たちの部屋の前で止まる。


 コンコン、とノックの音が響いた。


「……──ご主人様、もう眠られましたか?」


 シューシュカの声である。


 彼女はもう一回同じ質問をして、それからそうっと部屋に入ってきた。


 彼女の手には──ナイフ・・・が握られていた。


 ……ギイ。


 ……ギイ。


 床板が鳴る。


 シューシュカは俺のベッドの前まで来ると、ナイフを振り上げ──思い切り突き刺した。


 ──ズンッ。


「──っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 彼女が盛り上がった毛布を、ゆっくりとまくる。


 同時に、俺は手燭てしょくの火をつけた。


「──やあ、シューシュカ。ずいぶんと物騒な起こし方だな」


「……あ……あなた──!? いえ、ご主人様っ……な、なんで……そんなところに……」


 俺はニュトとは反対の部屋のすみに立っていた。


 うろたえるシューシュカに対し、俺は口元に指を当てて「しーっ」、とジェスチャーする。


「……ニュトはもう寝てる。起こさないでやってくれ」


「あっ、この、これは……おほほ、ちょっとした手違いで……」


 シューシュカは今突き立てたナイフを引き抜いて、パッと背中に隠した。

 その刃に血は付いていない。

 当然だ。

 俺は外から人が入った時、すぐ目に付くように扉から一番近いベッドを選んだ。

 そして枕やらクッションやら適当なものを俺の毛布の下に詰めて、そこで寝ているように見せかけていたのだ。


 明かりの付いた廊下から部屋に入った時、俺のベッド以外はよく見えないだろう。


 見えたとしても、ニュト以外は見つからなかったはずだ。


 音を消し、姿を消した透明人間を暗闇の中で見つけることは不可能だからな。


 ランゴが俺の体と同化したわけじゃなく、ただこの体に紐付けられた効果だということは、当然ランゴも「シェード・オフ」出来るということだ。


 シューシュカはもちろん、ベッドの上にある大きな塊こそが俺の体だと思ったはずだ。


 つまり彼女は──俺を狙ってナイフを刺した、ということになる。


 だが俺は、内心でホッと息をついた。


「……シューシュカ、もういい」


「も、もういいって……」


「ああ、改めて俺からもお願いする」


 俺は手燭を持ったのとは違う手を差し出した。


「『ツキト団』の副団長に、君を任命したい──シューシュカ」



***


 俺とシューシュカはベッドの上に座っていた。


 手燭を机に置いたから、柔らかなオレンジ色がぼんやりと部屋を照らしている。


「……どうして気付いたの?」


「アンタが俺を襲うことを、か?」


 シューシュカは、こく、と頷いた。


「完全に気付いたわけじゃない。来るか来ないか、どっちか分からなかった。しかしアンタは来て、俺を襲い、そして俺は……一連の行動を見て、本当に手を組むことに決めたんだ」


「だから、それはどうして……自分を襲った相手でしょ?」


「アンタにちゃんと人の心があるって分かったからさ」


「……はあ?」


 俺はゆっくりと息をつく。


「アンタのつらの皮はずいぶんと厚いようだ。俺のこの仮面にも負けないくらい素顔が見えない。合理主義も商売相手なら結構だが、仲間となるとそれだけじゃ足りない。やはり、ちゃんと血の通った人間じゃなければ」


「……」


「所属する組織にも仕える相手にも執着が薄そうなアンタだが、その魔法衣には執着があった。執着っていうのは、その人が一番こだわるもの、人となりに深く関わるものだ。それがちゃんとあったから、俺は安心したんだよ」


 シューシュカは溜め息をついてゆるく首を振った。


「……説明になってないわね。そりゃ私にもこだわりくらいあるわ。でも平気で人を傷つけようとする女を信用する? 私には、あなたこそ素顔が見えないけど」


「アンタは別に悪人じゃなかったようだからね」


「……なんでそんなことが分かるの?」


「さっき、なるべく足元の方を狙おうとしたろ? ひと思いに殺すつもりならど真ん中を──体を狙った方がいい。

 アンタは俺を新たな拠り所として選んではみたが、大事な魔法衣に手を出そうとしていると考えた。でも殺すのは可哀想だから、足でも怪我させて、とにかく王都から追い出すことにしたんだろう」


 ずばり指摘すると、シューシュカは思わず口ごもったようだった。

 その反応が肯定を示していた。


「──それに俺を籠絡ろうらくするならもっと手っ取り早いやり方があるにも関わらず、アンタは決してその手を選ぼうとはしなかった」


「……なにそれ。どんな手よ」


「とぼけたって無駄さ。

 決まってるだろう、ニュトだよ。

 門のところで最初に不意打ちしてきたときもそうだし、今もそうだ。決してニュトを襲おうとしなかった。どう考えても俺にとっていい人質になるにも関わらず、だ。

 アンタはお調子者と人を食った顔を使い分けているが、その芯は善良な人だよ」


「……」


 シューシュカは黙ってしまった。


 まあ本当のことを言うと、善良は盛りすぎたな、と思ってる。

 善人とか悪人とか判断できるほど、まだ彼女とは話していないからだ。

 けれど、良心があるならそっちをくすぐった方が効くだろう。


「……参ったわね。もっと扱いやすいと思ったのに、面倒なのを選んじゃったみたい」


 シューシュカはポツリ、とそんなことを言った。


「……ま、良い人だなんて言われるほどの人柄じゃないけど、あなたが変わり者で良かったわ」


 彼女はじっと俺を見た。


「……本当に信用したの? 今度は私の方が信じられなくなってきたんだけど」


「もちろん。とりあえずはね」


 近いうちに透明人間の状態で素行調査するから覚悟しろよ、ふっふっふ。


「アンタが俺たちを裏切るような真似をするまでは仲間さ。『ツキト団』……まあ──この名前はちょっと引っ掛かるが、ニュトが気に入っちゃったからな……」


「ふうん……。ご主人様ってば、変わり者っていうよりお人好しですのね」


「口調を統一しろよ」


「うふふ、分かりました! もちろんシューシュカはご主人様の忠実なるしもべですので、これからも敬意を払ってお話いたしますわよ! 副団長ですからね、副団長!」


「声がでかいっつの! ニュトが起きるわ」


 すみませーん、と悪びれずにペロリと舌を出し、シューシュカは媚びるように笑った。


 こうして、成り行きとはいえ──マジで、「ツキト団」なる謎の組織が結成されてしまったのだった。

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