第46話 「結成! ツキト団・前編」

 街中をニュトとてくてく歩く。


 後ろから足音が付いて来る。


 角を曲がる。


 足音も角を曲がる。


 はあ〜っ、と深く溜め息をついて、俺は仕方なく振り返った。


「……あの、何で付いてくんの?」


「やだご主人様ってば! 私シューシュカはご主人様の忠実なるしもべ、三歩後を歩くのは当然じゃないですかぁ〜」


 色々と間違っている気がする。


 ジャルバダールの門番、シューシュカである。

 先ほどの戦いのあと、他の門番たちがうろたえているうちにさっさとその場を去った俺とニュトだったが、「ご主人様、待って〜」とこの女だけがくっついて来たのだ。

 彼女のランゴは俺と入れ替わり、「100001」になっている。


「……ていうか大丈夫なのか? 自分でやっといて何だけど、思い切り肋骨にぶち当てたはずなんだが……」


「大丈夫ですぅ〜、ほら」


 見てみると、タンクトップの下に薄い銀色のシャツのようなものを着込んでいた。


「『魔法衣まほうい』ですよん。自慢じゃないですが、アンプルシア産の上物ですぅ。たぶん、衝撃が半分くらいに軽減されます〜」


「魔法衣……」


「あれっ? その顔、ひょっとして知らないですかぁ〜?」


「い、いや、知っている。詳しくはないだけだ」


 ロストグラフ出立前に魔法の勉強も多少はしてきた。

 ただ一番詳しそうなファンダリンが忙しそうだったからほぼ独学だし、一大魔法国家であるアンプルシアが魔法の詳細を他国に流出しないようにしているから、にわか知識なのだ。


 しかしそういう弱みはなるべく見せないように話す。


「……たしか魔法三大要素のひとつだろう? 『強化魔法』、『自然魔法』、『古代魔法』。そのうち強化魔法を使って、普通の布に防護の力を宿したものだ」


「そうそう! あははっ、ご主人様ってば、まるで勉強したてのようになぞって説明するんですねぇ〜!」


 いちいちひとこと余計だ。

 あと声がでかい。


 魔法衣は優れものだが欠点もある。

 まず高価。日本円のイメージで百万くらいする。

 それから人によって合う、合わないがあり、合わない場合はむしろ防御力がダウンする。

 また基本的には消耗品で、効力が一年も続いたりするものは滅多に無いため、二年間鎖国していたロストグラフではほとんど見かけなかった。


「それでも充分痛かったと思うが……」


「ご主人様からの愛の鞭だと思って受け止めましたん」


 鞭はお前の武器だろ。


「あのさ、門を離れていいのか? 国王兵の仕事だろ? 仲間たちも置いてきちゃってさぁ」


「いえいえ、今の私は『ツキト団』の兵士ですから!」


 ……。


「は? 今なんて言った?」


「私は愛するご主人様が団長を務めるジャルバダール最強の兵団、『ツキト団』の副団長ですから!」


 ソレいつ結成されて、いつ俺が団長になっていつお前が副団長になったの?


「ちゅきとだん! ニュトは? ニュトは?」


 なぜかニュトが乗ってきた。

 「ツキト団」というネーミングが気に入ったらしい。


「お嬢ちゃんはご主人様のお嬢様だったかしら?」


「俺はアンタとそんなに歳変わらねーよ……」


「あらそうなんですね。仮面付けてるから分からなくて。では妹さん?」


「ニュトはちゅきとのおよめしゃん!」


「えっ……」


 シューシュカがドン引きした顔で俺を見た。

 こいつにドン引かれるとか心外にもほどがある。


「違うから安心してくれ」


「分かりました……。わ、私はご主人様の趣味にどうこういうような野暮な手下じゃありませんから……」


 苦笑いをやめろ。


「奥様ということであれば、団長夫人ですね。私よりもくらいが上! これからは言葉遣いにも気をつけます」


「? ニュト、ふつうでいいお?」


 シューシュカは「はわわ……」と目を潤ませて口に手を当てた。

 くさい芝居をやめろ。

「なんと寛大な……じゃあ普通に喋るわね、ニュトちゃん!」


 全然話が進まないので、どっと疲れてきた。


「……あのさぁ、アンタついさっき国王陛下の忠実なるしもべとか言ってたじゃん。なんでイキナリ俺のしもべになって、仲間も置いてきて、ツキト団とか作っちゃってんの?」


「あ、やだご主人様ってば……質問責めにして私を困らせようなんて……い・じ・わ・る」


 いい加減イライラしてシューシュカの胸ぐらを掴んだ。


「あっ、冗談です冗談! やだやだ、乱暴しないで!」


「さっさと説明しろ」


 手を放してやると、シューシュカはようやく説明を始めた。


「いたた……え〜っとですねぇ、私そもそも門番の仕事に就いたのは、つい先月のことでして」


「先月っていうと……雪月ゆきづきか?」


「あ、それロストグラフの暦ですね。ジャルバダールは一年を十二か月に分けているので少し違います。今は『四月プレ』、先月は『三月マジエ』と言います」


 ああ、そうだったそうだった。そんな風に憶えた気がする。元いた世界とあんまり変わらないんだ。


 シューシュカは俺の顔を見て、クスクスっと笑った。


「……なんだ」


「いえ、ご主人様ってば結構分かりやすいんですね」


「は? どういう意味だ?」


「だってソレ、自分がロストグラフ出身って言ってるようなものですよぉ〜。しかも魔法のことは詳しくないご様子。つまりロストグラフ以南の出身で、あまり国外へ出られたことないんですね」


 ぬぬ。

 この女、一見アホのように思わせて、実のところ結構抜け目ないよな……


 彼女のペースに乗せられてるかもしれん。

 ちょっと襟を正した方が良さそうだ。


「……たしかに俺はロストグラフ出身だ。つい先日、国が解放されてジャルバダールへ出てきた」


「はい、ロストグラフ解放は知っています。あの国はずっと閉じられていたから、他国の情勢も入って来なかった……つまりランゴも絶対順位令のこともここに来るまでの道中で聞き知った。てことは、門番たちに言い放ったジャルバダール訪問の目的もハッタリですね?」


 鋭いな。


「……待てシューシュカ、どこかで落ち着いて話したい」


 この女と会話するのは頭を使いそうだ。

 周りを気にしながらの立ち話じゃ難しそうだった。


「うふふ、それならいい場所がありますぅ〜」


 そういうと彼女は、すぐそばの家の中に勝手に入っていった。

 俺とニュトを手招く。


「絶対順位令から逃れるため、一時的に家を放棄した者が多いんですよ。空き家ばかりなので、どうぞどうぞ遠慮せず。もしも罠を心配してるなら、他の家に移っても構いませんよ〜」


「……いや、いい」


 俺とニュトもシューシュカに続き、中へ入った。


***


 ジャルバダール王都の一般家屋。


 日干しレンガ造りの壁に天井。

 ざっと見たところ、食器や織物なんかは王都を出る際に持って行ったようだ。

 家具はそれなりに残っており、ちょうどテーブルがひとつと、椅子が三脚あった。どれもカラフルな色が塗られている。

 そこへ座る。

 座るなりニュトが足をパタパタさせ始めて、とても可愛い。


 コホン。


「……さて、それでアンタが俺たちに付いてきた理由だが……」


「あっ、その前に約束してくれますかぁ〜? 私の話を聞いたら、今度はご主人様たちの事情を教えてくれるって。私、入国審査の仕事を放ったらかして来ちゃったから、ここでご主人様に見捨てられたら行く当てが無いんですよぉ〜」


 そんな押し掛け女房みたいなことされても……。


「……悪いが約束はしかねる。アンタのペースに乗せられてきたが、そもそも互いを知らないという意味で対等だし、順位令にのっとれば俺の方が立場が上なんだから約束を守る義務は無い。

 ……だが、アンタの態度に誠意が感じられたら、俺たちだって現地の仲間は欲しい。こっちのことも話すよ」


「ふーむ……ご主人様って慎重なんですね。もっとウッカリさんだと思ってたのに」


 なんでちょっと残念な顔をするんだ。


「分かりました! それで構いません! ではさっそく──」


「待った待った、あとお前ちょっと声がでかいぞ。少し音量を下げてくれ」


「はぁ〜い……」


 極端に小さくなりやがった。

 調節がきかないスピーカーかよ。



「え〜……──まず目的からですね。ハッキリ言えば、私は成り上がりたい・・・・・・・のです」


「……成り上がる?」


「はい。私、大変ビンボーでした。お母さんもお父さんも早くに亡くして、とても苦労しました。

 ……でもですね、ジャルバダールはロストグラフよりも階級の差が激しくて、貧民は貧民のまま終わることが多いのです。戦士になって活躍すればいい暮らしも出来ますが、そもそも女じゃ戦士になるのが難しいんですよね。いくら強くても女ってだけで応募資格から弾かれるし、舐められるし」


 たしかにそう学んだな。

 まあロストグラフも身分の格差が改善されてきたのは、政権がグランデル王に替わってからの話だそうだが。


「──ところが、二年前のことですよ。ティワカンヤ陛下が機王大戦から凱旋してひと月後、ジャルバダール全土に絶対順位令を敷いたわけです。まあ私もむちゃくちゃな王命だとは思いましたが、これはチャンスだとも思ったのですよ。

 強ければのし上がれる──早い話が、どんどん戦いで勝っていけば偉くなれるわけじゃないですか! 最終的には国が丸ごと自分のものになるかもしれないんですよ!

 自分の持ち物なんて一枚の服くらいしか無かった私にとって、そんな大きいものを所有出来てしまうなんていうのは、もはや浪漫なのですよ!」


「つまり──成り上がるために、俺に近付いたと? それなら国王軍にいた方が良かったんじゃないのか? この国一番の最大勢力なんだろうし」


 しかしシューシュカは、また、ち、ち、ち、と指先を振る。


「ところがそうでもないんですよねぇ〜。私もそれなりに鍛えてましてね、国王軍に入ること自体は難しくなかったんですが、問題はそこから先です。

 最大勢力ってことは、強い人も一番多いってことなんですよ。ランゴを上げようにも、そういう奴には真っ向勝負じゃ勝てないし、不意打ちで倒すと今度は周りから危険視される。

 ティワカンヤ陛下だって危険な奴を手元に置いておく気は無いでしょうからね。ハッキリ言って行き詰まってしまったわけですよぉ」


「なら別の勢力に鞍替えすれば良かったじゃないか」


「国王軍に入るまでも転々としてるのですよ。しかしですね、結局のところ大きい組織のボスっていうのは野心家です。誰もがジャルバダール乗っ取りを狙ってる。

 私の所属した組織がまかり間違ってティワカンヤ王を倒したとしても、国をもらうのは私じゃなく、そこのボスですよ。これじゃあ結局意味がありません」


「ふむ……」


「これは組織の大小関係無しですね。一匹狼という選択もありますが、まあ一人でランゴを上げていくのは無理でしょう。ですから──」


「──門番をやっていたと」


 指摘すると、シューシュカはニヤッと笑った。


「その通りです。他国の者なら、ジャルバダール目当てじゃない人が来ると思ったんです。だから旅の人で、かつ実力のある人を待っていた。その人と組めば、最終的には私が国を得られるんじゃないかと思った次第です。門番を志願してからたったひと月で現れたのは幸運ですよぉ」


「俺の目的もジャルバダールだったらどうするつもりだったんだ」


「本当に国目当てなり武者修行目当てだったりしたら、普通はもっと挑戦的だし攻撃的ですね。少なくともランゴ上位者に不意打ちされる可能性を必ず考慮しています」


 悔しいが、たしかに俺はその読みが甘かったからな。

 あのときすでにこちらの実力を見定めてたってわけか。


「──なるほど、アンタの話はよく分かった」


「おおっ! さすがはご主人様、かしこーい! じゃあじゃあシューシュカちゃんと組んで──」


「いや、まだだ。だってそうだろう。理解と納得は別物だ。もっとお互いを知る必要がある」


「えーっ……ご主人様ってば焦らし上手〜」


 ニッと笑うシューシュカに、俺も笑い返した。

 ニュトは俺たちの顔を交互に見ている。


 和やかな話し合いじゃない。

 腹の探り合いの様相を呈してきた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る