第45話 「門番のシューシュカ・後編」

「ランゴってどうやって付けるんですか?」


 俺はどうせこれから説明されるであろうことをあえて訊ね、門番のシューシュカの誘いをスマートにかわした。


「オー、客人! その様子だと、現在この国では他国の者でもジャルバダール国民にならなければならない法はご存知のようね。話が早いわ。けれど私の誘いに照れているところを見ると、なかなかウブなご様子! 顔を隠しているのは恥ずかしがりだから? いいでしょう、教えてあげます!」


 よく喋るなあ。

 そして上から目線がすごい。


「付けるのは簡単なのよ。これを見て」


 と、シューシュカが出したのはオレンジ色の丸い玉だった。

 なんとなく、ボドの目やアレクトロの首飾りに付いていた例の宝石に似ている。


 そして彼女は、意外な単語を口にした。


「この端末タンマツにあなたが触れるだけで契約は成立。たちまち頭上にランゴが表示されるわ」


「……タンマツ?」


 「端末タンマツ」といえば、ボドが使っていた、あの赤い石だ。剣と魔法の世界には相応しくない、未知なる「魂」転移装置。


 しかし考えてみれば「機王」だって機械の体と機械の手下を持つのだった。

 どうにもこの辺の文明におけるちぐはぐが気になるな。

 ロストグラフとジャルバダールの文明は同じくらいに思えるから、機王や英雄に関連するものが特別なんだろうか。


 ──それはともかく、ボドが自分の弱点だと、眼窩にはめ込んだり、ペンダントにして肌身離さず持っていたりと後生大事にしていた「端末タンマツ」を、門番のような一介の兵士に預けている……?


 ジャルバダールの「英雄」ティワカンヤ王は、やはりボドとは異なる方法で国を支配しているのかもしれない。



「というわけで、早速ポチー」


「は? うわ、ちょっとアンタ!」


 気付けばシューシュカが俺の手を取って、勝手に「端末」に触れさせていた。


 ドクン! とか、


 ゴゴゴゴ……とか、


 まあそんな異様な感覚を得るでもなく、普通に儀式は終わって、どうやら頭に数字が出たらしい。


 ニュトが「はわー」みたいな「ほえー」みたいな声を上げて、俺の頭の上を見ている。


 手鏡を出して確認した。

 「100001」。

 当然、最下位のランゴではあるわけだが、俺にとっては数字が見えていることこそが重要だった。

 それはすなわち、俺の体の一部じゃない・・・・・・・・・・ということ。

 透明人間である俺は、自分の体を出現させることだけは出来ない。

 だからこのランゴとやらがこの肉体と一体化したのではなく、あくまで紐づけられただけということが知られたのだ。


 自分の体じゃなければ、むしろ俺のメリットになる。


「これで今日からあなたもジャルバダール国民よ!」


「はあ、そうですか」


「次はお嬢ちゃんの番ね!」


 ニュトはささっ、と俺の背中に隠れた。

 どちらかと言えば物怖じしないタイプの子だが、さすがにこのやかましい女は苦手なのだろう。


 とはいえ、ランゴを付けなければジャルバダール王都には入れない。

 それを理解している彼女はそろそろと出てきて、シューシュカをちろり、見上げた。


「んまー、可愛らしい子ね! ほらほらさっさとランゴしましょうねー! 痛くしないから!」


 いちいち発言が独特な人だ。


 シューシュカはニュトの腕を取り、「端末」を押し当てた。

 すぐにニュトの頭上に数字が現れる。

 「100001」。

 自分はともかく、彼女にまでこの奇妙な儀式を強制しなければならないのは遺憾いかんではあったが、ここはこらえるべきだろう。


「はーい出来上がり! これでもう好きなだけ王都に入ってもいいわよ!」


 まずはロストグラフの使者であるブラーとレモネットの捜索から始める予定だったが、この女に訊くのはちょっと遠慮したい。

 イヤな予感しかしない。トラブルを招く女の匂いだ。なんとなく分かる。


 なので俺は、さっさと関所を抜けて宿でも探すことにした。



「ちょっと待ちなさい!」


 しかし──そのとき、威圧的な声が背中を追っかけてきた。

 振り向くと、シューシュカが腕を組みニヤニヤと笑っている。


 「なんですか?」と返事をすると、シューシュカはさらに口の端を吊り上げた。


「あのさ、私ってば靴が汚れちゃってんのよね。ほら見て、砂漠なもんだから砂だらけでほーんとイヤになっちゃう」


「はあ。それはお気の毒に」


「あらん? ランゴは知っていても『絶対順位令ぜったいじゅんいれい』はご存知じゃない? なら親切心から教えてあげるけれど、その頭の上の数字には特別な意味があってね。順位が下の人は何があっても上の人の言うことを聞かなきゃならないの。あなたは『100001』よね。で、私は?」


「2194」


「ほらね、もう言いたいことは分かるでしょう? ちなみにこの法令に背いた者には、恐るべき魔女の制裁が下るのよ。『熱砂ねっさの槍』という鮮やかなオレンジ色に熱された槍の串刺し……──ああこわーい! さあ、ちょうど都合よくここに布切れがあるわ。サービスで貸してあげる」


 うふん、とシューシュカはウィンクをした。


 美少女と言ってもいいレベルの容姿だろう。服装が全く似合ってないことを除けば。

 しかしそれを考慮しても、一切ときめかないウィンクだった。


「……なるほど、“初心者狩り”ってわけね」


「ん? なあに?」


 イヤな予感に限って当たるんだよな。

 見ればシューシュカの後ろにいる兵士たちも、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべて様子を眺めている。


 これが弱肉強食の国家か。

 弱い者を蔑み、見下し、戦えない者は僻地で飼い殺すジャルバダールという国の現状。


「何でもない。……ところでその絶対順位令とやらは、何があっても有効なのか? 誰かが制限を掛けたりはしていないか?」


「やだ、そんなものあるわけないじゃない。だって命令を下したのは、ジャルバダールで最も強く最も偉大なお方──ティワカンヤ王ですもの」


 シューシュカはすっとぼける。


 俺は仮面のこちら側でほくそ笑んだ。


「──ああ、アンタは今まさに絶対順位令に背いたな。『戦意を持たぬ者に強要してはならない。またこの命令を知らぬ者には可能な限り伝えなければならない』……ティワカンヤ王の実弟であり、『2』のランゴを持つナヨカトルがこう命じているはずだ」


「うぐっ……」


 シューシュカは持ち上げた口角をいっそう引きつらせた。


 良かった。

 レキネンが嘘をついた、勘違いをしていた、あるいはここへ来るまでの間にナヨカトルの命令が様々な事情で効力を失っていた──などの可能性も念のため考えていたが、シューシュカの反応を見るに、間違いなく命令は有効だ。


「……ふ、ふん。私は靴を拭けなんて言ってないわ。靴が汚れて困っていると言っただけ。誰も強要していない」


 往生際の悪い女だ。


「だとしても、『この命令を知らぬ者には可能な限り伝えなければならない』という部分に反している。アンタは知っていながら嘘をついたんだからな。どうやら槍に裁かれるべきはアンタの方だな」


「キー! クソ生意気な男だわ。その仮面を引っぺがしてつらを拝んでやりたいったら!」


 キーって。

 剥がしても見えないぞ。透明だから。


「……ま、うっかり忘れていたってことにしといてあげるよ。それじゃ、もう俺たちに関わらないでくれ」


 俺はニュトの手を引き、背中を向けた。


 余裕を見せてはいたが、相手はシューシュカだけじゃない。十人近くを相手取っては正直勝てるか分からなかった。

 俺一人ならやりようもあるが、今はニュトがいる。


 いずれにしろ完璧に論破されて諦めただろうと思ったその時──


「ちゅきと!」


 ニュトの声に弾かれ、振り向きざまに剣を抜く。


 ──ピシッ、と軽快な音を伴って、太い紐のようなものが宙に跳ね返った。


 鞭、だった。


「あらら、ざんね〜ん。お嬢ちゃんてば察しがいいのねぇ」


「……どういうことだ?」


「どうもこうも、王命をきちんと理解してないのはあなたの方だって話よ」

 シューシュカは、ち、ち、ち、と指先を振った。

「あのねぇ、『命令を聞かせる』なんていうのは、順位令による変革のいち側面でしかないの。この制度の根本は、ただただ強者こそが正義ってことよ。ナヨカトルとかいう正義馬鹿の命令を盾にする下位者はどうするか? 簡単よ。ぶっ殺しちゃえばいい」


「……」


「『このひと2194位なのに、2位の言うことを聞きませんでしたー』って? ナヨカトルの命令を無敵の防具みたいに思っているヤツたまにいるけど、従わせようとする奴に従わないですむ──効力はそれだけよ。誰かを従わせる気もない戦闘狂には何の役にも立たないの」


 ……なるほど。

 これは俺の考えが甘かったな。

 強要されない、は、イコール手を出されない、じゃない。

 相手がそれなりにまともな場合だけ通じる保険みたいなもんだ。


「で、私がイカれてるかイカれてないか──それはもちろん前者。というか今も王都に残ってる連中なんて、全員どこか狂ってるわ。だからね旅人さん、あなたもう私のお遊びに付き合うしかないの」


 ……。


 ……ふーっ、と深く息を吐いた。


「ニュト、少し離れて」


「……ん」


 俺は鞄の上に乗せていた、ずっと見えていなかった・・・・・ものを手に取った。

 もちろんシューシュカたちには何をしているか分からないよう、さり気なく。


「シューシュカだったな。どうしても俺にじゃれたいってことは分かったが、そっちがやる気なら俺も容赦しない。遊びで取り返しが付かないことになっても知らないぞ」


 何せ俺とは会ったばかりだ。

 互いの実力も知らないうちからケンカを売るってことはリスクがあるだろう。

 しかしシューシュカは余裕の表情を見せた。


「私も伊達に国王軍に所属してないわ。こんな美少女が戦えるわけないって高を括ってない? 悪いけど、今の一撃であなたの実力は大体見極めたわ。剣を振るのに慣れてない。剣に振るわれてる。そこそこ練習はしてるみたいだけど、特訓を始めたのはここ半年ってとこかしら」


 見事に言い当てられて、思わずうろたえる。

 なるほど、若い女の身にも関わらず、強い者こそが絶対の国で生き抜いているのは紛れも無い実力者だってことか。


 いちいち自己評価が高いのは気になるが。


 だが俺もそれなりに修羅場をくぐってきた男である。俺だけのスキルとハッタリで、この場を切り抜けてみせる。


「……なら試してみるんだな。俺が弱いかどうか。女を傷付けるのには抵抗あるが、仕方ない」


 仰々しくマントを翻した。

 じり、とシューシュカが距離を詰める。


 奴の武器は鞭。

 まずはこちらの間合いに入ることが大事だ。

 おそらく勝負は一瞬でつくだろう。


 シューシュカの鞭がしなった。

 俺は片手に持った剣で受け止めるが、彼女はそれを見越していたようにすぐ二撃目を放つ。


 鞭の先端は音速に迫る。手袋しかしていない手を打たれたら、骨が折れる可能性もある。

 もはや剣では防ぎきれない──そう判断して、前方へと走り出した。


 シューシュカは俺の接近に対応し、鞭をひねると今度は横から叩きつけようとした。

 弾き返せるほどの時間は無い。

 俺は剣を縦に構え、鞭を受け止めた。

 ぎゅんぎゅんと鞭が柄に巻き付き、そのまま無理やり剣を分捕ぶんどって行った。


 剣が放物線を描いて宙を舞う。

 こちらの獲物を取って、シューシュカはほぼ勝利を確信しただろう。


「ほほほ! 口ほどにもないわね!」


 俺は剣を握っていたのとは逆の手を大きく振りかぶった。シューシュカは一瞬身構えるが、その手には何も握られていないように見えるだろう。


 シューシュカの鞭は剣を巻き取ったぶん、次の攻撃が遅れた。

 その隙が狙い目だった。


 俺は振りかぶった左手を大きくしならせ──シェード・オフしたままのフンドウ・フレイルの先端をシューシュカの脇腹に叩きつけた。


「ぎゃんっ!?」


 彼女は予想だにしなかった方向からの攻撃を受け、勢いよくすっ飛んだ。

 ゴロゴロと砂の上を転がって──倒れたまま動かなくなった。


 ……気絶したかな。


 死んではいないだろう、たぶん。

 一応肋骨あばらぼねの上を狙ったから、直接臓器が潰れたりはしていないはずだ。


 折れた骨が刺さったりしたら分からないが……手加減できる相手じゃなかった。


「おいおいシューシュカぁ、マジかよ!?」


「おっんじまったんじゃねーだろうなぁ?」


「今、アイツ何をしやがった!?」


「分からねぇ……俺にゃ何も見えなかった……」


 つい今まで余裕の表情で成り行きを見ていた連中が、慌ててざわつき出した。


 誰も立ち上がって憤慨ふんがいする者はいない。

 シューシュカの仇を討とうとはしない。

 次は我が身かと恐れるだけ。

 こちらの手の内が分からず、戸惑うだけ。


 まあ、そうだろうな。

 そんな気はしていた。


 戦う気はあっても、所詮は初心者ばかりを狙ってきた連中だ。軍の中で切磋琢磨せっさたくまする気も無い。

 ジャルバダールの弱肉強食社会においては、その甘い汁だけすすって、順位争いからは脱落した者の集まりだと見ていいだろう。


 俺は奴らが動揺している隙を逃さず、ハッタリをかますことにした。


「──さあ次はどいつの番だ!? 言い忘れていたが、俺は他国からわざわざジャルバダールの現状を聞いてやってきた者だ! この意味が分かるな!?」


 絶対順位令が敷かれたジャルバダールにわざわざ来る──そんな物好きの動機なんてひとつしかない。


「ツキト・オーカー! 強者と戦うことが俺の悦びよ! お前ら雑魚では相手にならんが、掛かってくるなら相手をしよう! 次に地面を転がりたい奴はどいつだ!」


 あえて偽名を使ったのは、使者であるツキト・ハギノとの印象を使い分けるためだ。

 先日オアシスで出くわした国王兵がすでに帰ってきていて、「ツキト・ハギノというロストグラフからの使者が来る」なんて報告をしていたら、ハッタリがバレちゃうからな。

 ビシスに呼ばれた名前をそのまま使わせてもらうことにした。


 さて、ここまではなんとか順調だった。


 しかし──まさに予想外な事態は、この後に起きたのだ。


 ピシン、ピシン! ──と、鞭を打ち付ける音が響き渡った。


 まさかシューシュカ──あの女、まだ立ち上がれたっていうのか?


 振り向くと、まさしくシューシュカはすでに立ち上がっていた。

 なんてタフなんだ。


 だが驚くべきは彼女の次のセリフだった。



「そうよ! このお方を誰と心得るの!? ツキト・オーカー様──我が偉大なるご主人様よ! 強者と戦うことこそがご主人様の悦び! あなたたち雑魚では相手にならないわ! さあ私の次に地面を転がりたい奴はどいつなのっ!?」


 シューシュカはさっきまで一緒に群れていた門番の仲間に向かって、堂々と裏切り宣言をかました。


 ……。


 ……。


 ……この女、マジで何なの?

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