第41話 「強者の国」

 建物の角に作られた小さな部屋に通されると、俺たちは木造りの椅子に腰を落ち着かせた。

 客が来るのは昨今珍しいようで、レキネンは人懐こい笑顔を見せてくれた。


「それで、その……頭上の『国民順位ランゴ』なる数字ですが」


 早速切り出す。


「ええ、わたくしの国民順位ランゴは100001番。これは最下位で、ジャルバダール国民の半数──十万人ほどがつけられている順位なのです。

 順を追って話しましょう。この現象は謎めいておりますが、経緯もまた複雑なのです」


 「ランゴ」は、ジャルバダールにおいて重要なキーワードらしい。


 それからレキネンは、細かく説明をしてくれた。


「そもそもの始まりは、かの『機王大戦』にさかのぼります……。

 ジャルバダールの王はその名を『ティワカンヤ』様と仰いまして、ジャルバダール王家三兄弟のご長男様でございます。

 次男様はこの国きっての戦士でありました『ピケトレヤ』将軍、三男様は宰相の立場にあります『ナヨカトル』様でございました」


 ティワカンヤ……ピケトレヤ……ナヨカトル……うむむ……やっぱり覚えづらいな。

 一応来る前に、その辺の基礎知識は頭に入れてきたんだが。


「三兄弟の皆様は大変仲が良く、二人の弟はよく長兄を支えておりました。前王が崩御ほうぎょされたのちにティワカンヤ様が即位されてからも、その絆が揺らぐことはなかったのです。

 ……しかし、次男のピケトレヤ将軍の死が全てを変えてしまいました」


 レキネンはチョビ髭をいじりながら、眉間に皺を寄せた。


「機王大戦の折、国の代表として向かわれたピケトレヤ様を加勢するため、ティワカンヤ様は後を追われました。そこで『機王』によってを吸われた実弟を目にしたといいます。

 王は怒り、怒り狂って、潜在的な力を呼び起こしました。尋常ならざる力を得た王は、どこからともなく現れた他の勇者とともに機王に立ち向かい、そしてついには打倒したと聞きます。

 王を含む勇者五人は『英雄』と呼ばれ、その一人ひとりがパボニカ大陸の五大国へと足を向けました……」


 ふむ……。

 つまりジャルバダールから参戦した代表──ロストグラフでの「ルファード大将軍」の役目を負ったのが、現王の実弟である「ピケトレヤ将軍」。そして、強大な力を得て機王を倒した「英雄」は、「ティワカンヤ王」だということか。


 「ボド」という別人になりすましたアレクトロとはまた違う英雄の登場の仕方らしい。

 いつだったかバスタークは「新たな英雄が五人登場した」みたいな口ぶりだったが、他国の事情はロストグラフに入ってこなかったから、その辺りの齟齬はありそうだな。


「他の『英雄』がどんな者であったか、またピケトレヤ将軍の最期が如何なるものであったか……王がそれを口に出したことはありませんでした」


「弟の死を境に、王も変わられてしまったのですか?」

 アレクトロの変貌を思い浮かべながら、そう尋ねる。


 しかしレキネンは首を横に振った。


「……もちろん激しい悲しみはあったでしょうが、王は変わらず民を思い、残る末弟のナヨカトル様と共に、機王大戦の傷痕を治そうと必死でした」


「外見が変わったりは……」

 これもボドの「機骸キガイ」を想像してのことだ。


「……ええ、肉体はひと回り大きく、また前にも増して浅黒くなっておりました。しかしお優しい笑顔は変わっておりませんでした」


 ふむ。ちょっと性急だったか。

 ジャルバダールにはジャルバダールの事情があるのだろう。

 とりあえず聞こう。


「ティワカンヤ王は機王との戦いやピケトレヤ様の死により、ひどく疲弊しておりました。しかし王が以前のままでいられたのは、“王妃様”の存在があったためでしょう」


「……おひさま?」


「お日様じゃない、王妃様だよ。王様の奥さんのことさ」

 ニュトが首を傾げたので、そう教えてやる。


「『ポポリカ』様と仰います。王とは幼馴染み同士で仲が良く、ご結婚されてからも仲睦まじいことで有名でした」


 これもシスティーユから聞いていた話と同じだな。

 ティワカンヤ王とポポリカ王妃の仲はロストグラフまで届いている。


 しかしそこでレキネンは眉をひそめ、下を向いた。


「……王が変わられたのは、凱旋からひと月後のことでした。

 あれほどまでに愛していたポポリカ様を、ある日突然、自らの剣で突き殺してしまったのです。

 さらにはナヨカトル様を宰相の座から下ろし、ジャルバダール全土に恐るべき『王命おうめい』をくだしました」


 ──。


 愛する王妃を殺し……。


「い、一体何が……?」


「分かりません。我ら国民に分かっているのは、ただその『王命』の効力が絶対的で、また実に残酷なものであるということだけ……」


 突然に妻を手にかけ、仲の良かった弟を降任させ、しかも国民が恐れる法律を定めた……。


 またしても、「英雄」が。


 レキネンは静かに言葉を継ぐ。


「……その王命を、『絶対順位令ぜったいじゅんいれい』と言います。この命令が下った瞬間、どういう仕組みか、ジャルバダールの全国民の頭上に数字が浮かび上がりました。

 そして王は言ったのです。『これより先、ジャルバダールは強者の国となる。競い合い、奪い合え。私に勝った者には、この国をやろう』──と」


 絶対順位令。

 強者の国……?


「……それからひと月もの間、ひどい虐殺が始まりました。国の中で、国民同士で争い合うのです。

 せっかくロストグラフとの戦争が終わり、機王大戦が終わったのに、次は内戦です。

 力ある者は力無き者を次々と虐げます。王が『国民順位ランゴ』と名付けた頭上の数字はこの国において絶対です。下位の者は上位の者の命令に逆らうことが許されません」


「……逆らうと、どうなるのでしょうか」


「『魔女の制裁』が下ります」


 ──魔女……!


 俺がニュトの方を見ると、彼女もまた俺の顔を見上げていた。


「そ、それは一体どういう……」


「国王軍により処刑場へと連れて行かれ、『熱砂ねっさの槍』に串刺しにされるのです」


 熱砂の槍……串刺し……。

 それを……魔女が……?


 ハッと気づく。


「そ、それならレキネンさん、こんな風に俺たちに内情を明かしているのがバレたら危険なのでは?」


「……いえ、ご心配には及びません。魔女の制裁が下るのは、あくまで上位番号の者に下位番号の者が逆らったときのみ。例え国の陰口を叩いても、王に罰せられることはありません」


 そうか……。


 少し安心はしたが、やはり怖いな。


「国外へ逃げようとする者も多くありましたが、それは叶いませんでした。なぜなら絶対不動の『国民順位ランゴ』一位──すなわち『1』を冠するのは、他ならぬティワカンヤ王だからです。

 王は全国民に『ジャルバダール国民であること』を命じています。国外へ逃亡しようとする者は等しく処刑され、また他国からジャルバダールへ入国した者にも、仮の国民として『国民順位ランゴ』の付与を強いています。

 そのため『アンプルシア』からの行商も、ここ一年は国を訪れておりません」


 ……なるほど。

 ロストグラフからの特使が帰って来られないのも、そのせいなのか。


「……王を倒そうとした者は?」


「幾人もおりました。しかし腕っ節でティワカンヤ王に敵う者はおりません。かつて武技においてはピケトレヤ将軍の後塵こうじんを拝すと言われておりましたが、機王大戦以降、王の力は目に見えて増しています。今では百人がかりでも敵わないとされるほどに」


 王を倒さねば「絶対順位令」は変わらず、しかし王を倒すことは出来ず、か……。


「そうなると、下位の者が国民順位ランゴを上げることは出来ないということですか。上位の者に『逆らうな』と命じられれば、従うしかないのですから」


「……さて、そこがこの『絶対順位令』のキモ・・なのです。下位の者が上位の者に逆らっても許される場合がひとつだけあります。それは、戦うこと・・・・


 戦う──。


「殴っても、剣や魔法を使っても、あるいは毒を盛っても構わない。『参った』と降伏させるだけでも良い……とにかく敵対し、屈服させる。

 その場合に限り、上位者の命令に背くことが出来ます。

 不満を言ったり、上位者の命令を無視するなどでは駄目です。明確な敵意、戦意をもって、戦うのです。

 そうしてそれが成功したとき、二人の順位は入れ替わります・・・・・・・


 ……なるほど。

 力のある者だけが上位者になれるということか。

 さながら動物の世界のように、「力」こそが全てだと。


「……そうなると、例えば子供や女性、病人や老人はどうなるのでしょう。力のある男に虐げられ続けるのですか」


「今はなんとか護られております。ジャルバダールの南側には反乱軍があり、ナヨカトル様が彼らを率いております。

 ナヨカトル様の『国民順位ランゴ』は「2」。あの方もまた素晴らしい実力の戦士なのです。

 そして三位以下の者に、こう命じています。

 すなわち、『戦意を持たぬ者に強要してはならない。またこの命令を知らぬ者には可能な限り伝えなければならない』──と。

 そして今のところティワカンヤ王は、その命令を見逃しております。わたくしども最下位の者らがこうして生活できているのも、ナヨカトル様のおかげなのです」


「……ということは、今のジャルバダールは、戦意があり、上位に立って下位の者を従えたい戦士と、戦意が無く、普段の生活をしたい者の二つに分かれている……」


「その通りです。ナヨカトル様が王の横暴に立ち向かい『2』の順位を得たのは、絶対順位令が敷かれてから更にひと月後でしたが、それ以降この国はまさしく王の望み通り──『強者の国』へと変貌したのです」


 俺は深く息を吐いた。

 この国にも何かが起きているだろうとは思っていたが、まったく想像以上に最悪の状況だったようだ。


 またしても「英雄」による狂気的な支配。

 そして「魔女」も関わっている。


「……実を言うと、ツキト殿の前に訪れた特使のお二方に、わたくしは同じ進言をしました。すなわち──『今はジャルバダールを訪れるべきではない』、と。

 しかし彼らは、『友好国である隣国には真っ先にお伝えしたいとの陛下たっての願いです』、と出発してしまいました。大変に立派なことですが、結果はこの通り、新たな特使を派遣されることになりました。

 わたくしは敢えてツキト殿にも申し上げます。──今はジャルバダールを訪れるべきではありません」


 レキネンの厚意はよく伝わった。

 初めて訪れた国で最初に会った人が好人物で、本当に良かった。


 日本にいた頃はケンカひとつしなかった俺が、「力が絶対」と聞いて憂鬱な気持ちになったのも嘘じゃない。


 でも。


「……ありがとうございます、レキネンさん。ですが、やっぱり俺はジャルバダールへ向かいます」


「……そうですか。やはりロストグラフの方は、王への忠誠心に厚いようですな」


「はい、でもそれだけじゃありません。ジャルバダールがこのままでいいはずがない。俺は俺の目的のため、その国へ行くのです」


 砂漠の国の窮状には驚いた。

 だが、むしろ「魔女」の存在が明らかになり、さらに英雄と魔女が結びつく事実を知って、旅の意義を噛み締めることも出来た。


 ロストグラフのときみたいに上手く行くとは限らないだろう。

 しかし見過ごすわけにはいかない。


 ニュトは相変わらず俺を見ていた。

 恐れと悲しみの入り混じった顔だ。


 俺は彼女のヒーローになりたいからな。


 レキネンにまっすぐ視線を向けると、ニュトにも聞かせるように言い放った。



「──俺、やれるだけやってみます。国を変えるくらいの覚悟で」

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