第34話 「ロストグラフ出立・前編」

 「革命」から、しばらくが経った。


 グランデル王やシスティーユ姫、六王兵であるブリガンディ、ファンダリン、バスタークも国の再統制にてんやわんやである。


 王は解放宣言までに王族、軍をまとめ上げて配属し直すのに三日を費やし、それから寝る間も惜しんで、各地を統治する貴族らに本件を説明するため二日を掛けた。

 残り二日で今後の国政の方向性と宣言の舞台を整え、ぎりぎりの状態で国民の前に立った。


 解放宣言が告げられてからも王の仕事はやむことがなく、諸外国への通達や、ボドに改造された城の復旧、またルファード、ヘイルデンを始め、死んで行った兵士やボドの犠牲になった民の葬儀の準備なども、並行して進めなければならなかった。

 だからそれらを手早くこなしていく王は、やはり並大抵の人物ではないのだ。


 ただし大きな課題も残った。

 アレクトロこそが裏で糸を引く黒幕だった──これは先の対決で大勢が目撃したため予想以上に事実として受け入れられたのだが、ショッキングな事件に変わりは無かった。

 問題は「六王兵」という立場だ。

 六王兵はロストグラフの支柱であり、王族貴族と国民の間を繋ぐ橋渡し役でもある。

 これまで彼らの多様な出自を、実力にモノを言わせて認めさせてきたわけだが、今回アレクトロが国を裏切ったことで、王族貴族からも不満が出つつあるという。

 そのアレクトロ討伐に大きく貢献したのもまた六王兵であるわけだが、兵士の中にはボドの「親衛隊」だった者もいたために、軍部は際どい立場に立つはめになった。


 とはいえ、俺はあまり心配していない。

 残された三人の六王兵が、不満の声など覆せるような実力の持ち主であることを、信じているからだ。


 彼らももちろん、今は王の手足となって働きづめである。特に軍部は「親衛隊」の影響でボドの旗下きかにいた兵士らと、その他の兵士の間で大きな溝が出来てしまっているため、束ねるのが大変だという。


 これに尽力しているのが、なんとバスタークなのだ。

 今までも充分頼もしい戦士ではあったのだが、今回の一件以降、他人への思いやり、また熟考するという二つを少しずつ学び、部下からもいっそう慕われるようになったらしい。


 憧れのルファード大将軍を追い越す日も、そう遠くはないだろう。


 ブリガンディも、バスタークと並ぶ柱として活躍している。国が解放されたことで起こるあちこちのいざこざを解決するため暴れ回っているそうだ。


 考えてみれば、彼女以上にマイペースを保ち、姫の保護から決戦の大舞台まで完璧に立ち回った者などいなかったかもしれない。

 ボドの圧政に不承不承ふしょうぶしょう従っていたのは間違いないが、俺がいなくとも、いつかブリガンディが解決していたのではないか──そんな気さえしてしまう。


 今だって一番パワフルに、忙しい素振りも見せず、むしろ活き活きと駆け回っているのだ。

 正直、彼女は底知れない。


 またシュルツら、かつてのボドの「親衛隊」も三級兵からやり直しとは言え、実力も人望もあるのに変わりは無いようだ。ボドの手足となって動いた批判は当然あるものの、理由を慮ってくれる兵士の方が多い。

 ゆくゆくは彼らが六王兵を支えてくれるのだと思えば、安心も出来るのだ。


 変わったと言えば、ファンダリンもだ。

 ずっと部屋にこもりっきりだったのに、最近はたまに外へ出るようになった。

 六王兵としての自覚が出たとか、そういうのではなく、本に書かれている以上に面白いことが現実にはあると知ったからだと言っていた。


 決戦の翌日、ヤツに色々な実験をされた俺だったが、それが外出のきっかけになってくれたのなら身を挺して頑張った甲斐もあったというものだ。


 そしてもう一人。

 今回の一件で大きく変わった人物がいる。

 それは本人が、というよりも、本人を取り巻く環境が変わった、という方が正しい。


 システィーユ王女である。

 もともと彼女は死んだことにされていたので、今回の復活と、それに伴うアレクトロとの激闘が人気を爆発させた。

 国を救うため復活した王女。

 「獅子王」の一人娘。

 兜を脱いで見せた金色の髪の鮮烈な印象──


 もちろん王女の死が偽装であったことは国民にも知らされたのだが、救世主を心待ちにしていた民がシスティーユを救国の神的しんてきな存在へと押し上げるには十分なほど、彼女は象徴的だった。


 どこぞでは、すでに「獅子若姫ししわかひめ」なる二つ名が付けられていると噂に聞く。

 個人的にはライオンよりも、鷹とかハヤブサとか……そういう鳥系のイメージなんだが、アレクトロと対峙した時の気魄きはくを思えば、言い得て妙かもしれない。


 かつての炊事婦仲間のおばちゃんたちも、王女と知り合いだったことを自慢げに話している。


 もっとも、当の本人はそういう目立ち方が好ましくないようで、例えば子供たちから歓声を受けた後なども疲れた顔をしているし、直属の近衛兵らには二つ名で呼ぶのを禁句とさせている。

 また奸臣かんしんであったとはいえ、長年の家来だったアレクトロの死に思うところはあるようで、王やバスタークら以上に物憂げな表情を見せるときもある。


 そして、俺に会うと睨んでくる。


 まあ、それもしょうがないだろう。何せ「ツキト・ハギノ」の存在は伏せるようにとお願いしたのは俺なのだ。


 そのため、システィーユが六王兵を率いてアレクトロを誅殺ちゅうさつした、というのが国民の共通認識である。

 作戦の立案者はグランデル王、ということになっている。


 もちろん王や姫も当初はこの要望を拒んだのだが、俺が無理を言って通させてもらった。

 どこの誰とも知れない、透明人間なる怪しい人物が国を救ったというより、王と王女が奸臣かんしんに制裁を下した、という方がロストグラフのこれからにとって良いに決まっている。

 そもそもシスティーユとは二人一役だったのだから、丸っきりの嘘でもない。


 それに、透明人間の存在はあまり広く知られていない方が良い。その方が動きやすい。なので自分のためでもあるのだ。


 システィーユもそれを分かっていて、けれど納得いかないことを隠せるような性格でもないため、自然、俺を睨むような態度になる。


 彼女とは、アレクトロとの決戦前に二人一役の練習をみっちり行った。

 基本的には甲冑を来た彼女の後ろで俺が喋り、自然に聞こえているかをブリガンディなどに判断してもらう、というものだったが、思えばこの時も練習が終わった後は俺を睨んでいた気がする。


 まあ、結婚前の少女が、透明で、かつ匂わないとは言え男と寄り添いながら動くのだから、彼女の心情もさもありなんと言ったところだろう。


 そんなわけでシスティーユとはいまいちギクシャクしているのだが、彼女の人気は大いに結構だし、睨み顔が見られるのもあとわずかとなれば、なんだか寂しいようにも思えるのだった。



 ──と、ロストグラフの中枢を担う面々は東奔西走とうほんせいそうしている中で。

 俺自身はといえばやることはたった二つだけなので、彼らに比べればのんびりと過ごすことが出来ていた。


 ひとつは、旅立ちの準備である。


 行き先はもう決めた。


 ──「砂漠の国ジャルバダール」。

 パボニカ大陸の東に位置する王政国家。


 ロストグラフとは何年も前に長い戦争をしていたが、現在は友好国となっている。

 ジャルバダールはロストグラフ同様、「機王大戦」において国一番の戦士を出陣させた、パボニカ五大国家の一角である。

 となれば、もしもジャルバダールにも「魔女」がいた場合、これもロストグラフ同様、魔女を狙う「英雄」を迎え入れている可能性がある。

 魔女と英雄のことを知る足掛かりになるかもしれない。


 グランデル王の休戦を受け入れたのが、七代目の現国王「ティワカンヤ」。

 そのためグランデル王に親書をしたためてもらい、特使という名目をもらって訪ねることになったのだ。

 この俺からの申し出は、グランデル王としてもありがたかったらしい。


 ロストグラフが解放されて、外国への通達はまず真っ先にジャルバダールへ伝令が飛んだのだが、早馬を走らせたにも関わらず、十日が過ぎても帰ってこないのだという。

 その後も伝令を送ったが、ミイラ取りがミイラになってしまっているそうだ。


 何かある。

 直感でそう思った。

 ロストグラフが鎖国されてからの二年間、変わってしまったのはこの国だけではないかもしれない。

 そのため視察も兼ねて、足を運ぶことになった。俺にとっても王にとっても都合が良いというわけだ。


 旅の行程だが、馬を使わずに行くと、ジャルバダールへは十日ほど掛かる。


 まずはロストグラフから北東へ、「草原街道そうげんかいどう」を進む。この辺り一帯に広がるユナシア大平原を横切る石畳の道だ。


 ユナシア大平原の端っこは、ロストグラフとジャルバダールの国領を分ける、「りゅう背骨山脈せぼねさんみゃく」の麓に繋がる。ここまでで歩いて五日。


 草原街道の終わりは、山脈の一角を成すフコロやま山裾やますそ、フコロどうの入り口に突き当たる。洞窟の手前には「フコロ村」がある。


 フコロどうの中を一日半ほど歩き、洞窟を抜けるとそこからは広大な「ジャビ砂漠」が広がる。

 砂漠は「マハラン」なる動物を借り、それに乗って行くらしい。


 ラクダのような動物だろうか。


 各所に点在するオアシスを経由して三日掛け、そうしてやっとジャルバダールの城下へと辿り着くのだ。


 ちなみに、特使という名目を頂いたが、ジャルバダールで何があろうと無かろうと、当面ロストグラフへ戻る予定は無い。

 先に伝令が二人行っているはずなので、俺が現地で得た情報も彼らに託すつもりなのだ。

 下手にロストグラフへ戻ったら、ニュトから離れられなくなりそうだしな。

 子供の成長には親離れも必要だ。


 とまあ、こういう旅の始まりを予定しているので、準備は色々と考えなければならない。

 特使という立場から、王より充分な路銀は渡された(一度は断ったものの、「特使だから当然だ」と押し通された。さすが交渉術に長けた王である)。


 問題は荷物だ。旅程りょていは短くないし、ジャルバダール以降も旅を続けるとなると厳選しなければならない。

 また、俺の「世界に線引きする力オルヒナ」を十二分に発揮させるなら、それに見合った装備が必要だ。

 かと言ってそちらにばかり傾倒してしまうと、旅装りょそうがおろそかになる。ジャビ砂漠の昼は暑く、夜は寒いという。それも考慮に入れなければいけない。


 その他、道具や着替えなども念頭に置いて、結局、荷物の用意にはかなりの日数を要した。


 衣食住の、

 金属製の甲冑を持って旅をするのは厳しいので、革の服、革のブーツなどの軽装にした。革は固く丈夫な素材のため、旅装にも優れる。

 また、いざという時には腕や脚のパーツが取れたり、すぐに脱げる仕様になっている。これは俺の戦い方を見越して、ファンダリンとブリガンディが忙しい中で考えてくれたギミックだ。


 砂漠では帽子が必需品なので、兜の代わりに被る。日差しを防ぐため、ツバの付いたハットだ。

 その上から更にフード付きのマントを着る。マントは毛布代わりにもなる。


 顔には仮面を付ける。これも俺のスタンダードな装備になった。カツラを付けないため、頭をすっぽり包む覆面に仮面が付いた、少し風変わりなものにした。

 仮面は木彫りで、白地に青色で大きく三日月が描かれ、目、鼻、口の部分だけ穴が空いている。

 月のがらは「ツキト」の名前にも合っているので、大変気に入っている。


 武器は長剣が使い慣れないため、二本ワンセットのダガーにした。

 普段は腰の後ろに差してある。

 互い違いに並べてあるので、逆手にはなるが抜き取りやすく、素早い対応が出来るのが強みだ。

 俺は未だ中二病に罹患りかん中だから、武器にも名前を付けたいくらいだったが、「武器は消耗品っす」とバスタークに言い切られてしまったので、しぶしぶ取りやめた。

 愛刀とかそういうの、憧れてたんだけどなぁ。


 生活用品。

 衣食住のしょく

 軽いので、木製の食器。

 とにかく水が生命線なので、革袋をたくさん。

 動物を捕らえるためのロープ。

 調理するための油、鍋。


 衣食住のじゅう

 木と革で出来たテント。

 ランプ。

 火は木の枝を集めればいい。


 そのほか、薬、針と糸、ジャルバダールまでの地図などをひとつにパッキングした。

 これらの品は、貰い物や用立ててもらったものもあるが、半分以上は自分で市場を見て揃えたものである。

 正直、俺は日本にいたとき、外出は嫌いだったし、キャンプや野宿なんて絶対ごめんだと思っていた。


 でも、この旅立ちの準備はすごくワクワクした。

 なんでだろうな?


 やってやる。


 どこまでも行ってやる。


 何だって来いだ。


 ──と、変なやる気がムクムクと出て来て、リュックに詰める道具ひとつにも愛着が湧くのだった。



 そんな風に俺は、旅立ちの準備をウキウキしながら進めていた。



 だが、反対にもう一つの「やるべきこと」については、

 心が沈み、

 寂しく、

 出来れば進めたくないなぁと思っていた。

 それじゃ駄目だろ、と自分の尻を叩いて頑張ってはいたが。


 しょうがないこととは言え、それもあって準備の方に熱が入ってしまったのかもしれない。


 ──ニュトのことである。

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