第31話 「ロストグラフ革命・4」

 もしも自分が透明人間になったらどうする?


 何をしたい?


 そう尋ねられたら、百人百様の答えが返ってくるだろう。


 姿を隠して悪いやつを懲らしめたい?


 知り合いをこっそり驚かしたい?


 お金を盗むとか、ストーカーするとか、犯罪行為に及ぶやつもいれば、家族を見守りたい、誰にも知られず人助けをしたい、なんてヒーロー願望のあるやつもあるだろう。


 だが、いざ透明人間になると分かる。


 これは自分が自由を得る力じゃなく、他人を自由にする力・・・・・・・・・なんだと。


 戦争の歴史において、日本では忍者や密偵なんかが、外国では諜報員が活躍してきた。


 透明人間とは、超能力を持った隠密なのだ。


 誰にも見られず、誰にも雇われず、人の裏の裏の顔にまで迫れる自由な存在。

 そして裏の顔を知るということは、彼らの本心を、隠し事を、または求めるものを知り、さらにその要求に応えられるということである。


 社会は人が作るものだ。

 人の要求を知って、所在を知って、その全てに動線を引いてやれば、自分が望む結末へと導ける。


 決して頭が良いわけじゃない、カリスマがあるわけじゃない俺だって、一人ひとりの事情を丁寧に調べて、コツコツと作戦を練っていったら、国を革命するまで近付けたんだ。


 剣の達人にはなれない。

 魔法が使えたりもしない。

 頭だって十人並みのままだ。

 それでも一国を変えられる。


 透明人間の力とは、凡人でもヒーローになれるチャンスをくれる──そんな力だ。


 だから俺は、そんなチャンスを手放さない。


 ヒーローになる。

 たった一人のため、ニュトのためだけのヒーローに。




 ──ガシャン、と鎧がいっせいに動く音がした。



「……どういうことだ、これは」


 美しい顔を歪めて、アレクトロが両目をギョロつかせた。


「……貴様ら、何をしている。妻や子を失うのが怖くないのか! 今すぐやめろ!」


 十二人の親衛隊が、一様にその剣をアレクトロへと・・・・・・・向けていた。

 誰もが押し黙ったまま、奴の命令を聞こうとしない。


「……ふ、ふふ。ここへ来て謀反むほんというわけか? いいだろう、ならば教えてやろう。捕らえた貴様らの妻子は、ただ殺されるんじゃない。数々の拷問を受けてから、死に至るのだ。その悲惨な光景を見せてやろうか?

 ──考え直すのなら今のうちだ。剣をそむけるのが最も遅かった者の家族から殺すぞ! さあ剣をどけろ、愚図ぐずどもが!」


 アレクトロが白髪を振り乱してわめく。

 それでも兵士たちは体勢を変えようとしなかった。



「……お前の支配には大きな穴があったんだよ、アレクトロ」


「……ああ?」


 血走らせた両目を俺に向け、息を喘がせる。先ほどまでの冷静な素振りとは正反対だ。


「ロストグラフという巨大な国を支配下に治めるには、どうしたって人手がいる。お前は恐怖という鎖で人々を縛り付けたが、それは恐怖の元が無くなれば崩れるという危うさをも孕んでいたんだ。ボドの親衛隊──いや、ロストグラフの兵である彼らはもう、お前なんて怖くないぞ。家で待つ家族・・・・・・から勇気をもらってきただろうからな」


「なに……? 貴様、何を言って……」


 アレクトロの顔に狼狽が走った。


「シュルツの奥さんはスラムのほったて小屋、ナスティのお子さんたちは廃屋の地下、ガントの幼い妹は古びた教会の屋根裏──だったか? 酷い環境で一年間以上も可哀想なことをするな」


「ど――どうしてそれをっ……――!?」


「人を閉じ込めるのにもまた人の手がいる。野盗崩れや物乞いに金を与えて見張らせていたみたいだが、その金は誰が払う? まただ。

 その人へは誰が連絡する? だよ。

 結局何をするにも人の力がいるんだ。そして最終的にはお前に繋がる。お前を見張っていれば、人質の居場所を見つけ出すのは難しいことじゃなかった」


 アレクトロがよろり、と踏み出す。


「私を……見張る? 不可能だ……」


「もちろん、一人でも救い損ねれば意味が無い。その一人がお前の命令を聞いて、同士討ちを始めるなんて絶対に避けたかったからな」

 食堂での対決で、仲間を裏切った兵士ランドを思い出す。また彼がボド自身に殺されたことも。


「……全員を助け出すのは大変だったよ。──初めに言っていた『機骸キガイ』ってのは、ボドの体……器とでも呼ぶべき鎧のようなもののことだな? ボドの弱点を知られても、アレクトロ自身にまで被害が及ぶことはないと考えたのは自信家のお前らしいよ。

 不死身の体を燃やされ、頼みの親衛隊を失い、そして立ちはだかるのは六王兵の特攻隊長たちだ。

 俺も断言しよう。――お前は終わりだ」


「……馬鹿な……」


 彼は髪を掻きむしり、俺を睨みつける。


「ここで終わりだと……? そんなわけがあるか……ここから……ここからなのに!」


「諦めて投降しろ、アレクトロ。そうすれば処刑を少し延ばしてやる。王や姫に話が出来るぞ。お前には聞きたいこともある」


 しかしアレクトロは歯を食いしばり、なおも俺を睨む。

 よろり、とまた一歩、前に出る。


「──……ふ……ふふ……ふはは……」


 奴の薄い唇から、笑い声が漏れた。


「こんなところで……──終わるはずがないだろうがぁ!」


 瞬間、アレクトロは地面を蹴り、前方へ飛び出した。あっという間に親衛隊らの包囲網を抜け、俺たちの前へ躍り出る。

 慌てて親衛隊たちが駆け寄ろうとしたが、アレクトロは一声をもって恫喝した。


「近寄ればツキトを殺す!」


 彼我ひがの距離、約三メートル。


 充分に離れているように思えたが、おそろしく速い今の初速を見るに、奴の間合いの内だろう。

 バスターク、ブリガンディはもちろん、兵士らも全員が動きを止めた。


「ふ……ふくく……やはり止まったか。優秀なるロストグラフ国民でもない小柄な男に、ずいぶんと大勢がほだされたものだ」


「アレクトロ……やっぱりお前はロストグラフが好きだったんだな」


「当たり前だ。孤児だったいち傭兵長なんぞを六王兵まで取り立ててくれた国だ。真面目に生きれば報いてくれる。それがこの国だった」


 だが、とアレクトロは唾を吐くように続ける。


「六王兵になってからは、どうだ。ルファードやヘイルデンばかりが国を回し、王に認められ、新人のバスタークやブリガンディは怒涛の勢いで下から突き上げてくる。

 私は以前より真面目に働いた。せめて民の人気を得て、王に認められるのだと。

 だが人々は私を『生真面目な努力家』としか見ず、絶対的な才能の前にあがくつまらない男だと評価する。

 ああそうだ、絶対にそう評価しているはず。『白眉』という二つ名など、容貌以外に誉めるところが無いと言っているようなものだ。

 私は変わる必要があった。そしてこの国も変える必要があったのだ」


「顔も良くて、努力家で……きっと元のお前は誰からも憧れられる存在だったんだろうな。今のお前に言っても届かないだろうが──『ボド』なんていう余計な力・・・・を手に入れたから、ねじれにねじれたのか」


「……ふん、私は感謝しているよ。自分が本当に望んでいたものを知ることが出来た。そして私はやり直す。もう一度始めからな」


 アレクトロは剣を構えた。

 そのやいばは、いまだ燃え盛るボドの炎に照らされ、禍々しい光をもって眼前の甲冑に向けられた。


「……やり直せると思っているのか?」


「ツキト、貴様こそ分かっていないな。出入口にバスタークかブリガンディを置かなかったのは失敗だぞ。

 私は確実にここから抜け出せる。

 そして翌朝、貴様らの悪行を訴えるとしよう。

 王や姫ならばともかく、この場にいるのは六王兵が二人、どこの馬の骨とも知れない異国の戦士が一人、そしてボドの側についていた兵士が十数人だけだ。

 真面目が取り柄の私が国民へ真摯に訴えたら、彼らはどちらの言い分を信じるかな?」


「……さあな」


「私にも分からんさ。分かるのは、私を信じる者も確実にいるということだ。そうなれば国民は疑心暗鬼に陥り、王家への不安も募る。

 王は近い内に、私が盛った毒で死ぬ。そこへ私が少し手を加えれば、すぐにまた悪夢の再来だ」


 甲冑の内から怒りのオーラが溢れ出る。

 だが俺は右腕の手甲に触れ、落ち着かせる。


「……心底外道だよ、お前は」


「くくく、だが外道の顔を知る者はお前たちだけだ」


 俺たちだけ、か。


「ずいぶんと大きな声で喋ったもんだ」


「今は夜だ。聞いている者などいない」


「──本当にそうかな?」


「……なに?」


「バスターク、ブリガンディ。見せてやれ」


 そう言うと、二人は一歩後ずさった。


「……何をする気だ。下手な真似をすればツキトを殺すぞ」

「安心しろ。お前には近づかないよ」


 そしてバスタークとブリガンディが何か・・を掴むと──


 ──勢いよく、それを取り払った。



 炎の光のみが支配していた室内へ、柔らかな光が降り注ぐ。



「──なっ……──! こ、これは……──!?」



「──目を覚ませ。とっくに朝なんだよ・・・・・・・・・、アレクトロ将軍」

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