第29話 「ロストグラフ革命・2」

 アレクトロの部屋の奥にある洋服箪笥を横にずらすと、隠し通路が現れた。

 上に登る階段がある。中は真っ暗だが、アレクトロが小さな松明を一本持って歩き始める。


 これからボドと戦うっていうのに、こういうのを見るとワクワクするのは不思議だ。小学生くらいの時にやったRPGを思い出すな。

 いや、むしろこれから対決だからこそ、変な高揚感があるのかもしれない。


 まあ、ボドの部屋にあった隠し部屋は悪趣味で薄気味悪いだけだったが。


 先頭にブリガンディ、続いてアレクトロ、その後ろに俺、最後尾がバスタークの順で狭い階段を登って行く。

 驚くことに、全員が忍び足の達人だった。

 重い荷物を抱えるバスタークやブリガンディも、矢が入った矢筒やづつを背負うアレクトロも、重装備なのにほとんど足音が鳴らない。

 ロストグラフ五十万の民の頂点に立つ兵士たちは、様々なことに精通しているらしい。


 階段は真っ直ぐボドの私室がある五階に向かうわけではなく、ロストグラフの巨大な居館の中をウネウネと曲がり、行ったり来たりしながら続いて行く。

 ブリガンディに訊いたところによると、ロストグラフの居館は元々が暗殺者対策のために隠し通路を設けた上で造られたものらしく、かつての初代ロストグラフ王の側近のみが知る道だったものが、年月を経て六王兵専用となったらしい。


 以前アレクトロが言っていたように、この国において六王兵という立場は非常に特殊な立場なのだ。軍部のトップというだけでなく、王族と同じ居館に私室を持てるほど貴族としての権力も持つ。

 もちろん国民からの人気も絶大で、一人ひとりに、日本でいうファンクラブ的なものがある上に信者レベルの人も多数存在する。


 だからこそ、それらを加味した上での作戦を立てるしかなかった。


 なぜなら、その六王兵の中に裏切者はいたのだから──。



「ツキト殿」


「──はっ、はい、何ですか」


 列が伸び、各人の距離が空いた隙に、急にアレクトロが囁くように話しかけてきたので慌てて返す。


「以前、手紙で相談したことですが……」


「……ああ、例の。大丈夫です。返事した通りです」


「なら良かった。私はボドを、あなたはバスタークを・・・・・・……お願いします」


 真剣な表情で頷く。


 そのとき一瞬、フルアーマーの全身から怒気のようなオーラが膨れ上がったように感じた。


 アレクトロと顔合わせをした日の直後、彼からブリガンディを通じて俺のもとへ密書が届けられた。


 内容は、「六王兵の中にボドと内通している者がいるかもしれない」というものだった。


 俺はそれに対し、「すでに認識しており、対策済みである。内通者はバスタークで、ボドと共に討ち倒す予定」と返した。


 計画はこうだ。


 先ほど全員で確認した内容は嘘で、実際はバスタークとブリガンディがボドの両脇に移動したあと、アレクトロはボドに、俺はバスタークに火矢を放つ。


 もちろんバスタークはこちらの動向にすっかり油断しているだろうから、初撃をかわすのは難しいだろう。

 不死身という意味でいえば、おそろしい耐久力を誇るバスタークだってボドと似たようなものである。剣や矛より火が有効なはずだ。


 当然火がつけば、彼もボドと共に暴れ回る。数分間とはいえ二人の破壊行為を止めるのは不可能である。

 なのでブリガンディはそのまま油を部屋中にぶちまけ、俺とアレクトロと共に脱出する。


 後は二人が焼け死ぬのを外で待つ──という寸法だ。

 バスタークに重い鎖を担がせているのも、早めに疲弊させるという別の思惑があった。



 ──と、まあ。もちろん、この作戦もニセモノ・・・・である。



 全ては本当に本当の作戦を隠すためのカムフラージュだ。

 何もかも詭弁で、はったりだ。


 回りくどくても、綿密に策を練らなければならなかった。


 なぜならば。


 六王兵の座に着きながら、ロストグラフを我が物にしようと企む獅子身中の虫──


 ──その裏切り者は、今まさに俺に囁き掛けてきた、「白眉のアレクトロ」その人なのだから──。



**



 うっすらと差し込む光が見えて、ブリガンディが扉を少しだけ開ける。

 外を伺って、異常が無いことを確認すると手招いた。


 居館の五階、物置部屋に出る。

 松明が一本だけ、ほのかに室内を照らしている。

 物置の外をさらに警戒して、これも問題ないことを認めると、俺たちは部屋から出た。


 五階の廊下。

 中央に位置するボドの部屋をぐるりと囲む通路だ。廊下は二重になっていて、内側の廊下に俺たちはいる。

 外も内も窓らしい穴は全て鉄板で打ち付けられているため、ポツポツと一定間隔で並ぶ小さな松明の火が無ければ真っ暗闇に包まれるだろう。


 まるでゲームのラスボスの元へ向かうダンジョンみたいだな。


 左へ進み、一度右に折れ、南側の廊下を遠くから伺う。

 ボドの部屋の前にうずくまる二つの影が見て取れた。


「……「親衛隊」かー?」


「……間違いない。少し前に確認したときと同じ格好で眠りこけているな。ファンダリンの薬は完璧に効いているようだ」


「……しかし罠かもしれませんよ。一度私が確認してきましょう」


 アレクトロが疑わしげにそう言って、そろそろと影に近づくと、その姿をあらためた。

 若干の間が空いて、彼がゆっくりと手を上げる。

 俺たちもボドの部屋の前へ歩いて行った。


「本当に寝ています……揺さぶっても起きない」


「しっ。……ボドは耳が良いと聞きます。ここからは無言で」


 俺の言葉に一同は頷いた。


 甲冑という代物は、どう細やかに動いても必ず金属の触れ合う音が生じる。

 それでも最大限注意しながら、手甲に覆われた手が「スケルトン錠」を差し込み……そして、ゆっくりと回した。


 カチャリ。


 手応えアリのようだ。


 さながら忍者かスパイか……慎重に、慎重に扉を開くと、暗闇の中へ俺たちの松明の火がそろそろと侵入した。


 侵入してからの全員の行動は、急に再生スピードが上がったように早かった。


 部屋の中は暗闇だった。

 暗すぎては敵が狙えないので、ブリガンディとバスタークがすぐに部屋の奥へ忍び込み、角の松明に火をつける。

 つけるのと同時に、部屋のど真ん中に居座る大きな影が露わになる。


 英雄ボド。


 奴は身じろぎひとつせずどっかりと椅子に腰かけたまま目を閉じている。


 すでにバスタークから「フンドウ・フレイル」を渡されていたブリガンディが傍に油壺を置くと、それが合図になった。


 フルアーマーの腕が流れるような所作で矢を取り出し、松明の火を火種に点火する。

 兜がアレクトロの方を向いて、コクリ、と頷くと、彼もまた頷き返した。



 ──サッ、と、手を挙げる。


 ブリガンディがボドに油をかける。


 バスタークがフレイルを構える。


 火矢をつがえる。


 アレクトロが弓を引きしぼる。


 これらのことはほんの一瞬の間に行われた。


 だが、次の瞬間。



「──ぐあああああああああぁぁぁぁぁっ!?」



 獣の唸り声のようなおぞましい悲鳴に顔を向けると、胸を掻きむしって苦しむアレクトロの姿があった。


「アレクトロ将軍! 一体どうした!」


 しかしすでに返事は無く、彼は事切れて床に倒れた。

 まるで木偶人形のように。


「アレクトロ将軍!? 兄貴――一体何が起こったんです!?」


 ひどく狼狽ろうばいしてバスタークが声を上げる。

 彼は自分で判断できない。俺が指示しなければならない。

「続行だ!」


 バスタークへ狙いを定めていたやじりがボドへと向く。

 そもそもバスタークを撃つつもりなんて無かったが、ポーズ的にもアレクトロが倒れたのならば、こちらがボドを狙わねばなるまい。


 背後でふわふわと“赤い光”が舞って、瞬く間にボドの顔へと飛んで行った。

「なんだ、今の光は!?」

 ブリガンディが叫ぶと、次の瞬間──ボドが、ずん、と足音を響かせて立ち上がった。


「……ぐはは……また一人死んだか」


 でかい。

 改めて間近で見て、なんて大きさだ。

 顔は上の方にあってよく見えないが、片側の目が相変わらず爛々と赤く、その下でぬらぬらと唾液で光る乱杭歯を不気味に照らし出している。


「アレクトロ将軍が死んだ──!? そ、そんなわけねぇ! そんなわけねぇだろ!」


 バスタークの怒号が響く。

 俺は松明の火に浮かび上がるアレクトロを一瞥いちべつする。


「駄目だ、バスターク! 瞳孔が開き、息をしていない! 将軍は諦めろ!」


 諦めろ、という冷徹にも思える俺の判断にバスタークは一瞬たじろいだようだったが、すぐに言うことを信じてフンドウ・フレイルを構えた。

 火矢はずっとボドの体に向けられたままだ。


「くくく……ようこそ、ツキト・・・。やがてロストグラフの王となる私の部屋へ」

「俺を……知っているのか」

 目を見開き、ボドを睨む。もちろん、奴に俺の顔は見えていないだろうが。


「知っているとも。この国にいる者であれば、誰であれその動向が私の耳に入ってくるのだ。ツキト・ハギノ。ロストグラフの甲冑に全身を包んだ……異国の戦士よ。六王兵をそそのかし、愚かにも私への反抗を試みたようだったが、哀れな……貴様のやったことは、この国の寿命を縮めるだけなのだ」


 だが俺は、笑い返してやる。


「……はは、アレクトロ将軍を殺害したことで作戦が全て無駄になったと思うか? 自分の体を見てみろよ。後は俺がつがえたこの矢を放つだけで、お前は終わりだよ」


「くく……不死身の私を、たかが火などで焼き殺せると思っているのか。可愛いものだ。ならば試してみよ……と、言いたいところだが──」


 ボドは素早く右腕を振り、そこにいたバスタークに自分の体を濡らしていた油を飛び散らせた。


「──わぷっ……ぺっ! 何をしやがる!」


「……せっかくだから教えてやろう、戦士ツキト。なぜ私がお前の名を知り、この無謀な作戦をも知り得ていたのか……全てはここにいる男、ロストグラフ六王兵が一人、バスタークのおかげよ」


「なあっ!?」


 俺が驚く前にバスタークが素っ頓狂な声を上げた。


「ふはは、油は掛けてやった! 私の前に裏切者を殺すのも自由だぞ、ツキト」


「て、てめえ──よくもそんな戯言たわごとを……! 兄貴! さっさと火矢を放ってください!」


 だが、構えた矢は弓から離れない。


「……バスタークの言う通りだ、ボド。そんなとっさのでっち上げに引っかかると思うか? 潔く観念しろ」


 しかしボドは不敵に笑う。


「果たして本当にその場しのぎのでまかせかな? 知っているかね、この男がシスティーユ姫を殺そうとしたことを。炊事婦に変装して身を隠す姫を見つけ、その場で殴り殺そうとしたのだ」


「ぐっ……そ、それは──」


「ほ、本当なのか、バスターク……!?」

 問い質したのはブリガンディだ。


「あの時はどうしたらいいか分かんなくって……でも兄貴に叱られて、俺……──!」

「ははは、簡単にボロが出たな! 私もバスタークから姫の生存を知り、この国を手に入れた暁には、彼女をもまた我が物にすると決めたのだ。ありがとう、バスターク。お前のおかげだ」


「ふ、ふざけるな! 俺は心を入れ替えて、ただ兄貴を信じると決めたんだ。てめえの間諜かんちょうになんて成り下がるわけねえ!」


「戦士ツキト、断言しよう。ここで私に火をつけたところで、決して私が死ぬことは無い。この体はいくら傷つこうと再生するからだ。だが、今この瞬間バスタークを射ることが出来たなら、私の戦力を大幅に削れるのではないかね?」


「騙されないでください、兄貴! こいつは必ず焼き殺せる──それがファンダリンの出した答えなんでしょう!」


「……だがツキト、本当にボドの言う通りなら、私たちで二人を相手することになるぞ」

 慎重に声を上げたのはブリガンディ。

「次に火矢をつがえる前に、ツキトに詰め寄るだけのスピードがバスタークにはある。考えた方がいい!」


「て、てめえ、ブリガンディ! 何を血迷ったことを──!」


「思えばずーっと不思議だったんだ。なんでボドがロストグラフのことから数々の暗殺計画まで全て知り得ていたかがなー。

 そして今回の作戦は、ここにいる私たち四人しか知らない。どういう罠か知らないが、アレクトロ将軍はボドの手に掛けられた。

 そして私とツキトは恋仲だ。

 残るはお前だけなんだ、バスターク」


 恋仲とか、どさくさに紛れてなに勝手なこと言ってるんだ。


 ――とにかく。


「……ボド。もしもバスタークがお前の手下なら、わざわざここでバラした理由は何だ? 彼はお前にとっても貴重な情報源のはずだろう。不死身の肉体と、アレクトロをも倒した不思議な力があるなら、火矢に構わず襲ってこれば良い。なのにそうせず手の内を明かしたのは、自分から狙いを逸らすことが、お前の目的だからじゃないのか?」


「ふふふ、それは違う。仲間である六王兵に裏切られたという失意の中で、お前たちをあの世へ送ってやりたいのだ」


「兄貴──」

 バスタークは震える声で訴えかける。


「放て、ツキト!」

 ブリガンディはすでにバスタークを討つよう急かす。


「……バスターク」


 俺は損な役回りをさせてしまった年上の弟分を、静かに呼ぶ。


「ただ俺を信じると言ってくれたな」

 その言葉を放つと同時に、矢の先がバスタークへと向けられる。


「信じて、射られてくれるか」


 バスタークは一瞬、体を強張らせた。

 しかしすぐに、キッ、と表情を引き締め、大きく頷く。


 ……ありがとう、バスターク。

 お前の忠義のおかげで作戦が完遂できる。


 矢を引き絞る。

 やじりはバスタークの脳天を狙っている。



 まぶたの裏側に色々な光景が一瞬よぎる。


 仲間たちを裏切った兵士。


 その兵士を容赦なく殺したボド。


 拷問された市民。


 隠し通路の中で物言わぬむくろと成り果てた人たち。


 病床に伏した王。


 炊事婦に身を隠す姫。


 暗澹あんたんとした日々を過ごしていた六王兵。


 そして──牢獄のニュト。



 ──びゅん。


 矢が放たれた。



 感謝するよ、英雄ボド。


 俺に生き甲斐をくれて、ありがとう。



 だが──


 ──これで終わりだ。

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