第28話 「ロストグラフ革命・1」

 ロストグラフでは一年を六か月に分ける。

 花月はなづきが春、

 雨月あめづきが春の終わりから初夏、

 海月うみづきが夏、

 穂月ほづきが秋、

 雲月くもづきが秋の終わりから冬、

 雪月ゆきづきが冬──といった具合だ。

 一年が三百六十日で、一か月が六十日。一週間は七日だが、日本育ちの俺にとっては大変理解しやすい暦だった。


 そして雪月の六十日目。


 今日。


 明日から春を迎えるこの日、いよいよ俺たちのロストグラフ革命作戦が行われる。


「それじゃあ行ってくる」

 起こさないよう、そっと囁いたつもりだったが、ニュトはガバッ、と起きて、頭をナデナデしてくれた。

「行ってらっしゃい」

「おう」

 俺も彼女の頭をナデナデして、牢屋を出た。


 今日は静かだ。

 とても。


**


 バスタークの部屋の前に行くと、彼は更に奥、ルファード将軍の部屋の前にいて、何やらお師匠さんに祈りを捧げているようだった。

 バスタークからしてみれば、ボドはある意味でルファードの仇を討った恩人とも言える。世界を救った救世主でもある。

 だが、それでも許せない敵はいて、難しいことを考えるのがバスタークにとっては複雑な心境なのかもしれないな。


 まあ、ただ「行ってきます」程度の挨拶かもしれないが。


 師匠への意思表示を終えたらしいバスタークの肩をコンコン、と叩くと、「うおっ、兄貴」と一瞬驚いて、すぐにニヤリと笑った。

 いずれにしても、彼の腹はもう決まっている。


「いよいよっすね。今日、兄貴と俺たちでロストグラフを取り戻す」


「ああ」


 思い返せばこいつとの一波乱から、六王兵たちとの繋がりは始まったのだ。ニュト以外で初めて俺の存在を認識した相手でもあった。

 気付けば数か月もの付き合いになるのか。少し感慨深いものがあるな。


 その後に仲間と合流し、残るはアレクトロだけとなった。彼には私室で待機してもらっている。彼の部屋には、例の六王兵のみが知る隠し通路があり、ボドのいる五階へ城の内部だけを通って行けるのだ。

 ファンダリンは戦士じゃないので、今回の前線メンバーにはいない。


「いいか、みんな」

 俺は改めてバスタークやブリガンディたちに声を掛けた。

「ここから革命を始める。失敗は出来ない。覚悟はいいか」

「もちろんっす」

「やってやろーじゃん」

 二人の返事に、今や「透明人間ツキト」の代名詞にもなったフルアーマーの兜が、こく、と頷く。


 アレクトロの部屋の前で、バスタークが大きな黒いマントをかざすと、出入口はすっぽり闇に・・・・・・・・・・隠れた・・・

 コンコン、ココンコン、とリズミカルにノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえた。

 そっと扉を開けて一人ずつ入る。バスタークは闇を保ったまま、最後に入室した。


「ずいぶんと遅かったですね」

「夜警の兵士を説得するのと、駐在する兵士が寝静まるのを待つのに時間が掛かりました」


 とはいえ、ロストグラフに時計は無い。時間を確認する術は無い。


「ですが、今はまさに草木も眠る真夜中です。ボドの討伐にもそれほど時間を要しないでしょう。迅速に行えば夜明け前に片がつくはずです」


 アレクトロは慎重な様子で顎を引く。

「……本当に、たった三人でやるのですね」

 バスターク、ブリガンディ、そして見慣れた全身甲冑。


「あなたを入れて四人です、将軍」

「そうでした。我々四人で──英雄ボドを討伐しましょう」

 アレクトロはすっと立ち上がり、準備万端といった様子で微笑んだ。


「奴のもとへ向かう前に、簡単に計画のおさらいをしておきます」

 俺は立ったまま話す。兜の面が、バスターク、ブリガンディ、アレクトロと、それぞれに視線を合わせるよう順々に向く。


「まずはここから六王兵の通路を通り、五階まで一気に駆け上がります。窓の無いルートですし、ボドが光を嫌うのか五階の窓も全て封じられているため、外から見つかる恐れはありません」


「『親衛隊』は本当に大丈夫なのですか?」

 アレクトロが不安げな顔で尋ねる。


「問題ありません。今夜の警備を担当する兵士二人に睡眠薬を盛りました。ファンダリンが作った新薬で、効果も抜群です。実は一度上に行って、二人が寝ているのを確認しています。ボドが部屋から出てくれば何事かと怪しむかもしれませんが、すでに国を乗っ取った今、奴はせいぜい食事時くらいしか顔を出さないと聞きます」


 三人は顔を見合わせ、得心が行ったように頷いた。


「ボドの部屋はおそらく施錠されているでしょうが、合鍵を作ってあります」

 手甲が開いて鍵が出てくると、アレクトロはぎょっと目を見開いた。


「合鍵? いつの間にそんな危険なことを……」

「ご安心ください。直接ボドの部屋に侵入したわけではありません」


 城のあちこちの錠前を調べたところ、ロストグラフで一般的に使用されているのは「ウォード錠」と呼ばれるものだった。

 「ウォード」とは「突起」のことで、このタイプの錠前は鍵穴の奥が円筒形になっており、同心円状の突起に様々なパターンが施されているのだ。

 鍵を差し込んでくるりと回れば開錠、引っかかれば開かないという寸法だ。


 ところがこの手の錠前には、突起のパターンを知らなくても開ける裏技がある。

 「スケルトン錠」と呼ばれるものがそれだ。鍵の突起を取っ払ってスカスカにし、突起に引っかからないようにしたわけだ。


 王族の部屋ならともかく、城内の鍵をいちいち別のタイプの錠前にする手間は掛けないだろう。そう思って別室の鍵に細工し、見事ボドの間を開錠する鍵を手に入れたというわけだ。

 これで開くことも、すでに実験済みである。


 ──といったようなことを詳しく解説したりはしなかったが、とにかく開くから安心してくれと伝えた。

 漫画で得た知識は非日常時に役に立つのだ。


「真夜中です。ボドも寝ているでしょう。私とブリガンディ将軍が奴の両脇につき、合図と共に油を浴びせます。同時にバスターク将軍とアレクトロ将軍で火矢を放つ。各人に火が燃え移ったときはマントで払うか、床で転げてください」


「もしも寝ていなかったときは?」

 バスタークが訊いてくる。


「いずれにしろ、こちらには合鍵がある。松明が消えていれば部屋は真っ暗だろうし、そっと近づいて、その後にやることは変わらない。ボドに見つかる危険がワンテンポ早くなるだけさ」


「んー、やっぱりちょっと無茶なとこあるよなー……」

 と、これはブリガンディ。


「相手が相手だ。どうしたって多少の無茶は出る。そこは割り切ろう。火がついたボドは暴れ回るだろうが、それをバスタークとブリガンディで抑えてもらう」


 バスタークがマントをめくると、背負った鎖の束が現れる。

「『フットマンズ・フレイル』を改良した、名付けて『フンドウ・フレイル』。これで奴の動きを封じる」


 フットマンズ・フレイルとは両端に木の棒が付いた鎖で、多節棍たせつこん系の武器である。

 以前の世界で言うなら中世時代頃のものだが、ロストグラフにも似たものが存在しており、それをかつての日本にあった「鎖分銅」と合わせたのだ。両端が木製のため、熱伝導率は低い。


「十メートル……ええと、バスタークの身長の五倍くらいの長さがあります。これをボドの足に巻き付ける。奴の耐久力がいかに凄まじくても、長くはもたないでしょう」

「これ持ち手が焼けないっすかね」

「まず火だるまになったボドには極力近づくな。木は充分湿らせてきたが、万が一のときは放せばいい。どうせ使い捨てだ」

 うっす、とバスタークは体育会系らしい返事を寄越す。


「……何度も訊くけど、お前ほんとにそれ重くないのか?」

「いや、重いっすけど、ちょっとの間運ぶくらいなら余裕ですよ」

 マジか。


 「フンドウ・フレイル」、二人分で多分百キロ以上あると思うけど。

 やっぱこいつバケモンだな。


 ちなみに油の方はブリガンディが担いでいて、こっちも五十キロくらいあると思うが余裕の表情である。


「それでボドが燃え尽きるまで引き止める……言葉にすると確かに尋常ならざる作戦に思えますが、六王兵の力を駆使した、まさに英雄ボドとロストグラフの決戦に相応しい計画かもしれません」

 アレクトロが緊張感をもった声を出す。

「二人のような膂力りょりょくはありませんが、私も弓矢の腕には自信があります。後はファンダリンの想定が当たるかどうかですね」


「──では、そろそろ始めましょう」

 俺がまとめると全員が頷き、それぞれが視線を合わせた。

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