第25話 「それぞれの決戦前夜・2~ファンダリン、アレクトロ~」

4・ファンダリン


 ファンダリンは天才である。


 どんなことだろうとお願いすれば、大抵のことはやってのけるだろう。


 ただ、その願いを叶えてやろうと思える相手が今まではいなかったのだが。


 気まぐれで、俗世に興味が薄く、また出不精でぶしょうである。

 将軍たちからの頼み事はおろか、両親や、あるいは国王からの頼み事さえ気が乗らなければやらなかった。

 そんな変わり者でも六王兵という地位を十代前半という若さで手にしたのだから、才能は推して知るべきだろう。


 実績も素晴らしい。

 特に二つの功績が挙げられる。


 一つは魔法の研究である。

 魔法とは「魔素の超常的な運動」と定義されるが、その作用が「外世界」からの干渉であると仮定したのは、ファンダリンが弱冠五歳の時だった。その論文は大陸全土の学者を大いに沸かし、一躍若き天才の名を広めた。

 魔法の研究は大国「アンプルシア」で盛んだが、閉鎖的な体質であるの国から研究結果が広まることはほとんど無い。

 そうした意味でもファンダリンの存在は貴重であったし、謎の塊である魔法の秘密を紐解くことは当人の趣味にもぴったり合った。

 ロストグラフはたった一人のおかげで、アンプルシアに次ぐ魔法の研究国家となれたのだ。この功績は大きい。


 もう一つは新薬の発明である。

 パボニカ大陸において流行り病は、戦争以上に多くの人の命を奪う恐ろしいものだった。

 隣国ジャルバダールとの戦争中にロストグラフで蔓延まんえんした病は、過去に数万人もの人間を襲ってきた伝染病で、戦で疲弊している国家にトドメを刺すには十分な難病だった。

 グランデル王の妻であったかつての王妃も、この病で亡くなったのだ。


 これを解決したのが医師ではなく、当時流行り病の研究に没頭していたファンダリンだった。

 雨が続くと魔素を変化させる特殊なカビに病の元があると探り当て、それを正常に戻すためには魔素が変化する前のカビが有効であると突き止めた。


 ファンダリンは、病気は魔法よりよほど分かりやすいと断言する。あくまでこの世界の仕組みで出来ているのだから、後は理論で筋道を立てるだけなのだと。

 ゆえに毒による症状を見て薬を作ることは難しくとも、毒そのものから薬を作るのは簡単なのだ。


 文字通り国を救ったファンダリンに六王兵の栄誉が与えられたのは自然なことだった。国民の謝意だけでなく、王自身も妻の仇を取れたことに頭を下げた。


 しかしファンダリンは、それでいくら褒め称えられようと喜ぶことは無かった。

 すでに興味が失せていたのだ。

 ファンダリンが望むものは未知なるものばかり。天才ゆえに、未知もいずれは既知きちになる。それがつまらない。

どこまで言っても理解できない、そういうものこそ理想なのだ。


 決戦前夜のこの夜、ファンダリンはとある薬・・・・を片手に、その発明の簡単さに溜め息をついていた。


 六王兵になったのは、ただ研究をするため。

 この世の謎を解くため。


 透明人間などという興味が尽きない対象が現れたのに、今夜は大人しく過ごさなければならないとは──ファンダリンはこの夜が早く過ぎればいいと、ただそれだけを考えていた。





 5・アレクトロ


 今や六王兵の筆頭になってしまったアレクトロだったが、しかし以前より忙しくなったわけではなかった。

 むしろ英雄ボドによる支配で政策が停滞しているため、将軍の仕事といえば部下の教練と、下から上がってくる報告に指示を出すことくらいだった。

 しかも優秀な部下たちがいるので、アレクトロはほとんど彼らに任せていれば自身のなすべきことに集中できた。


 アレクトロは、つくづくボドのやり方は上手いと考えていた。

 真っ先に王の側近であるヘイルデンを殺害して、六王兵の動向を封殺。

 システィーユ姫に興味を示すことで王を恫喝。

この時点ですでにロストグラフの首根っこを掴んだ。

 六王兵に次ぐ実力者の兵たち十数人ばかりを、彼らの家族らを人質にして親衛隊を作る。

 親衛隊の部下を使って軍の何割かを掌握し、他国からの干渉を制限する。

 その後は簡単だ。

 傀儡・・を使って、いくらでも不死身さをアピールすればいい。あっという間に六王兵すら逆らおうとする気力を失う。


 ようするに、自身の実力を見せた上での恐怖政治である。クーデターにありがちな側近の裏切りも、脅してきた連中の報復も無い。なぜなら自身が一番強いのだから。


 くい、とアレクトロは紅茶を喉に流す。


 上手くいくのも当然だ。

 ボド・・はずっと、そんな空論を夢想してきたのだ。


 最近は眠くない。

 体をしっかり休めているから。

 不思議だ。

 気持ち的には起き続けているようなのに。

 そのせいか昼夜の感覚は薄れたが、さして生きるのに支障も無い。


 首から下げたペンダントを襟ぐりから抜き出すと、先についた赤い宝石をそっと撫でる。


 「端末タンマツ」というのだと、は言っていた。唯一絶対に守るべきものだが、自身の懐にある限り壊れることはないだろう。

 俊敏さには自信がある。誰も近づけさせない。

 細心の注意を払い、こうして肌身から離すこともない。

 これと「機骸キガイ」があれば、何をするにも自由だ。


 比べる者がいない絶対強者は唯一無二の存在であり、後塵を拝す誰かもいない。

 誰にも理解されず、誰も理解されない。

 それはもはや人ではなく、神の次元なのでは、とアレクトロは考える。

 神には妻がいるものだ。

 それは世界中の誰よりも美しいだろう。

 例えば、システィーユ姫のような。


 二年前のあの日。


 機王大戦の戦火が広がっていたとき、偶然にもアレクトロの遠征先がその端に掛かっていた。

 最初はただ、ルファードに加勢しよう──それだけだった。

 機王大戦において武勲を上げれば、ロストグラフのトップに成り上がれるかもしれない。

 いや、機王を討伐出来ればそれ以上……パボニカの英雄になり、自分は変われるかもしれない。

 真面目に生きてきた見返りが、ようやく得られるかもしれない。

 アレクトロは、真面目なだけでなく、野心家であった。

 だからこそ一介の傭兵が、六王兵まで上り詰めたのだ。


(思えばあれが運命の転換点だった……)


 彼は当時を思い出す。


 「ボド」の出現。


 の登場。


 ルファードの死と、機王の討伐──


 ──あと少しだ。


 あと少しで、私はあらゆるしがらみから自由になる。

 神は表裏一体だという。

 破壊と創造は一体だという。

 「ツキト」なる人物の登場は想定外だったが、王の病死と六王兵の始末は同じ頃合いが良い。


 ロストグラフの死と、神域の誕生。


 明日がその日なのだと思うと、今日はシスティーユ姫の元へ足を運ぶことすらためらわれた。

 彼女は察しが良い。

 足音ひとつで気取けどられるかもしれない。

 明晩ツキトたちはこの部屋を訪れ、共にボドを強襲すると言う。その間はボドに動きが無いか、英雄の部屋を監視するとも言っていた。下手な行動をして計画が潰れたら水の泡だ。


 今はただ、この部屋でじっと待つのだ。

 彼らが意気揚々と現れるのを、ひたすら待つのだ。

 己の野心に気付いた者は、傭兵時代の戦友だろうと切ってきた。


 私は私のままで、変わる。


 ヒビ割れた空に月は見えないが、暦の上では満月の前夜。いつもよりも空が明るい。


 アレクトロにとってこの夜は、まさに彼の手による神話の序章に他ならなかった──。

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