第23話 「六王兵アレクトロ」

 システィーユに正体を明かしてから二日。今日は紫曜──やっと六王兵最後の男、アレクトロ将軍が登城する日だ。

 彼は一日中、自分の部屋で執務に従事するという。俺はブリガンディに頼んで、アレクトロのアポイントを取ってもらった。仕事に忙殺ぼうさつされているため会えるのは朝食前の早朝だけということだったが、問題ない。


 ようやくロストグラフをめぐる革命作戦も大詰めだ。彼に計画の内容を打ち明けたら、いよいよ決行に移る。

 おそらく、数日後にはボドとの決戦が待っているだろう。上手くアレクトロを抱き込めるかが戦いの鍵になる。失敗するわけにはいかない。


 ブリガンディと二人で城内を歩く。

 バスタークやファンダリンにはすでに決戦の事前準備を進めてもらっている。アレクトロが城に戻ったことで、バスタークたちにも多少のゆとりが出来たのを見越してのことだ。


 六王兵たちの部屋はロストグラフ居館の一階にある。城内に入ってすぐの廊下を左に曲がれば、ルファード、バスターク、ファンダリンの部屋。右に曲がれば、ブリガンディ、ヘイルデン、アレクトロの部屋と続く。故人である二人の部屋も、まだそのままになっているらしい。

 今は右側の廊下を進んでいる。六王兵の私室はどれも広く、また部屋と部屋の間には物置や階段などがあるため、端まで行くのにはそこそこ時間が掛かる。


 俺はいつもの全身鎧と仮面をつけた格好である。もちろん、「シェード・オフ」で姿を消しているが。


 ブリガンディの横顔を見上げると、その赤い瞳はどこか遠くを見つめていた。

 彼女の部屋を過ぎ、故ヘイルデン将軍の部屋へ差し掛かろうとするときだった。


「……ヘイルデンのじっちゃんは、さ」


 ぽつり、とブリガンディがつぶやいた。


「アタシのお師匠さんだったんだ。師匠と言っても、バスタークに対するルファードさんとはちょっと違って、本当のじっちゃんって感じでなー。白いヒゲがモサモサで、普段は優しいけど練習のときは厳しくて、アタシはしょっちゅう叱られてた」

 ブリガンディが自分の過去を語るのは珍しかった。

 今までおぼろげだったヘイルデン将軍の姿が、にわかに形作られていく。


「……鬼人オーガのアタシにも分け隔てなく接してくれてさ。本当に良い人だったんだぜ」

「うん」

「じっちゃんの部屋を過ぎるたびに思い出すよ。ボドがグランデル王に国の実権を握らせろと言い出したとき、誰よりも真っ先に飛び出した背中をさ。アタシが代わりになっていれば……なんておこがましいことは考えねーけど、あのときの悔しさは今になっても消えたりしない」

「……ああ」


 いつもおどけて過去を振り返らないブリガンディの、独白にも似た感情の吐露は、きっと決戦を前にして気持ちが昂ったためのものだろう。

 俺が彼女にしてやれるのは、ボドを倒すことだけだ。


「必ずアレクトロを引き入れて、作戦を成功させよう」

「おう、頼んだぜツキト」


 ニッ、と笑うブリガンディに、顎を引いて頷いた。



**



「──協力しましょう」


 アレクトロの部屋に入って交渉に臨み、ほんの数分。

 彼はあっさりとそう言い放った。


「……い、いいのでしょうか。私の得体も知れないというのに」

 仮面の下で冷や汗を流しながら、俺は前のめりになる。

 ブリガンディは横に立って、話の行方を見守っている。

 真面目と自分で評価していた通り、華美なボドの部屋などとは正反対の質素な部屋。ほとんどの家具は古く、飾りも無く、絵画やタペストリーなんかも一切無い。


「……ツキト・ハギノと言いましたね。あなたはこの国における『六王兵』の立場を少し勘違いしているかもしれません」

 木造りの椅子に座ったアレクトロは、ひざまずく俺に目線を合わせるよう、少し身をかがめて言った。


 相変わらず整った顔立ちをしている。

 後ろで縛ったサラサラの白髪。勤勉な印象を与える銀縁の丸眼鏡。

 文化的にもまだ粗野な兵士が多いロストグラフでは、彼に憧れる人々は少なくないだろう。


 もっとも、本人が満足しているかは別の話だが。


「──『六王兵』はロストグラフを支える絶対的な柱。……ですが、その役職が出来たのはほんの五十年ほど前なのです」

「思ったよりも新しいのですね」

 そう返すと、アレクトロは首肯しゅこうした。

「そのとおり。そして革新的でした。

 『六王兵』は、その役職が出来るまでの貴族主義や年功主義をくつがえす、完全なる実力主義で選出された者たちです。

 顔ぶれは代が変わるごとに若返り、現在がもっとも若い。ヘイルデン将軍こそお年を召していましたが、ルファード大将軍や私は三十代、バスタークやブリガンディは二十歳はたちそこそこ、ファンダリンに至ってはまだ子供です。

 昔ながらの年功制ではありえなかったこと。当然、役職が出来た当初は反発も多くありましたが、代々の六王兵たちが批判の声を実力で鎮めてきました。

 いつしか貴族や軍の上層部も彼らを認め始め、ついに六王兵は軍全体をまとめる立場にまでなった」


 たしかにすごい。

 ブラック企業が蔓延していた現代日本に例えるなら、若手が頭の固い上司どもを実力で黙らせ、ついには会社の運営を担うまでになったってとこか。


「ルファード大将軍やヘイルデン将軍が亡くなり二年が経ちますが、いまだ六王兵が四人である理由のひとつは英雄ボドの存在です。我々も部下を育てていないわけではない。しかし六王兵という重職に置くことで、手塩にかけて育てた部下を危険にさらすわけにはいかない。

 ようするに、ロストグラフにとって六王兵とは、それだけ特別で革新的な立場……今の国の在り方を体現する者たちなのです。

 あなたに協力する理由はそれで充分。現在残る私以外の六王兵が味方に付いていて、どうして私だけが拒む理由があるでしょう。

 たしかに英雄ボドは脅威です。部屋から一歩外に出れば、あの男に対する悪態ひとつ付けない。奴の側に寝返った『親衛隊』の配下たちが、どこで聞いているか分かりませんからね」


 実際にはボドの「親衛隊」はロストグラフを裏切ったのではなく、家族や恋人を盾にされて裏切らざるをえなかったのだが……まあ、この話をするのは後でいいだろう。


「……ですが、我々もいつまでも泣き寝入りするわけにはいきません。陛下はヘイルデン将軍の不幸から六王兵を前線に出すことに躊躇ちゅうちょしているようですが、我々がそのお気持ちに甘えてはいけない。

 私も、そろそろこうした動きがあるだろうと予測していたのです。おそらく私かブリガンディが契機けいきになるだろうとは思っていましたが、ツキトさんのような国外の方のほうが身元が割れずに動きやすいのかもしれない」


 上手く行っている。

 交渉成功の流れだ。


「──ただし、ひとつだけ条件を出したい」


 俺はドキッとした。

 まさか、こちらの狙いがバレたのだろうか。


「それは、どんな?」


 アレクトロ将軍は怜悧れいりな目をスッと細める。


「ボドの討伐隊には、私も参加させてほしい、ということです」


 俺は心の中でガッツポーズを決めた。


「なぜ危険な前線に、自ら出ようと?」

 当然の疑問を投げると、彼は当然の答えをよこした。

「この手でボドを打ち倒すためです」

「……何か事情がおありのようですね?」

「事情などと大それたものではありません。ただ……──」

「ただ?」

 アレクトロは一瞬、言い淀んだ。

「私は、変わらねばならないのです」


 ふむ、と相槌を打って先を促した。


「私はもともと孤児でしたが、生来せいらい真面目な性格でしてね、生きていくすべには自信があった。同じ孤児たちをまとめた傭兵団の真似事みたいなところから、六王兵にまで成り上がったのです」


 アレクトロは抑揚無く淡々と話す。


「真面目であることの見返りが、私の自信の糧となりました。六王兵にしてはつましい生活も、私の生き方の体現なのです。しかし……──私は結局、戦力ではルファード大将軍に、戦術ではヘイルデン閣下に敵わなかった。ならばせめて王への忠誠心だけは、誰よりも固くあろうと決めたのです。

 私自身の限界を打ち破るために変わりたい──だからこその志願です」


 なるほど、と俺は少し大げさに頷いた。


「その申し出は全面的にありがたい。今回の作戦、これまで王の手により実行されてきた暗殺計画と同様に少数精鋭で臨みます。私のほかにはブリガンディ将軍とバスターク将軍のみ。

 しかし実はアレクトロ将軍もすでに数えていました。バスターク将軍をも上回る剣術とスピードとお聞きします。とても頼もしい」


「バスタークの強みはあの頑丈さだから、一概に比較できるものではないが──攻撃の初速や手数においては自負があります。ですが、まだ核心を聞いておりません」


「と、言うと?」


「おや、私を試す必要は無いでしょう? 無論、不死身たる英雄ボドを殺害する方法です。あの男は毒でもヘイルデン将軍の剣撃でも死ななかった。しかも前大戦において、機王を倒した者の一人と言われています。まさか何の根拠もなく私を懐柔する気ではありませんね?」


 俺は懐から一枚の紙を取り出した。


「これはファンダリン将軍と熟議じゅくぎの末に出した結論ですが、おそらく有効と思われる殺害方法です」


 アレクトロは指先で眼鏡を調整しながら、紙を見た。


「――……、ですか?」


「将軍も『魔素』というものをご存知でしょう。この世界を形作る最小単位のことです。世の中のあらゆるものは魔素で出来ている。草木も獣も、私もあなたも──もちろん、英雄ボドも」


「魔素……私も研究者ではありませんから、詳しくはないですが……それが計画書に書かれている火の図案と、何の関係が?」

 アレクトロは紙の一部を指差した。


「火は、魔素の性質を変化させるそうです」


 この世界のことわりは元の世界とは異なるようだが、過程が違っても同じような結論に至るのが面白い。

 魔素の酸化──すなわち燃焼・・が起こる。


「つまり……不死身の英雄ボドも焼死させることは可能だと?」

「そうです。全ての魔素を変質させるということは、ボドの体も作り変えてしまうということ。ファンダリン将軍の研究結果における火の性質は、この世の全てに対して優位にある絶対強者の立場なのです」


 アレクトロは理論を頭で整理するように、眼鏡をくい、と直す。

「……その法則が絶対であるという証明は?」


「ありません。おそらくまだ確立されていないでしょう。ですが、この方法以外に無い理由なら証明できます。ロストグラフにおいてファンダリン将軍を上回る頭脳を持つ者がいない以上、この方法が無効ならあらゆる方法が同じく無効だからです」


 アレクトロは口角をやや上げ、甘いマスクに柔和な笑みを浮かべた。


「……よほどファンダリンを信頼しているようですね。あの変わり者を。無礼を承知で言えば、それはあなたも変わり者だということ。現状を打ち破るには常識を超えた存在が必要なのかもしれません。──承知しました。このアレクトロも、あなたの計画に全力を尽くしましょう」


 俺はホッと息をついて、深く頭を下げた。


 アポイントもそろそろ時間切れだったので、詳細は後日となり、俺とブリガンディは退室した。


**


「ボドを倒すために兵士だけでなく、研究者の意見も訊くべきだったよなー。これは完全にアタシたちの落ち度だ。ファンダリンも首に紐を付けてでも会議の場に出させるべきだった」

「英雄の存在がイレギュラーだから仕方ないさ。近日中にバスタークも呼んで作戦の概要を共有しよう」

 そう言うと、ブリガンディは少し眉をひそめた。

「バスタークか……」


「……ブリガンディ、少し離れよう」

 俺たちはアレクトロの部屋から数メートル離れた。


「なあ、アタシはまだ信じられねーよ。本当に……その……」

 ブリガンディの疑問に、俺は頷く。


 この言葉を、口に出したくはなかった。


「ああ──バスタークこそが裏切・・・・・・・・・・り者だ・・・

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