第21話 「謎が解き明かされるとき」

 事態が急変したのは、夜も半ばを過ぎたころだった。


 必死に眠気と戦いながら二つ目のパンを食べ終えたころ、ボドに動きがあり、慌てて俺は身構えた。蝋燭の消えた室内は真っ暗だが、ヤツが動くと衣擦きぬずれの音が際立つので分かる。


 ボドはのそり、と立ち上がり、手燭てしょくに火をつける。

 ぼんやりと浮かび上がったその顔に、思わずハッとする。

 ボドの片目が──“赤く”光っていた。

 いつかの食堂での記憶が甦る。

 首を落とされてなお、爛々と光っていた目玉……。


 ヤツはそのまま着替えもせずに、ずるずると部屋を移動し、やがて例の髑髏の扉の前まで歩いて行った。

 「サウンド・カーム」で後をつける。


 ボドが扉を開くと、蝋燭に照らし出されたそこは、想像通りの拷問部屋だった。

 しかしヤツが地面に手をかけると、意外なものが──階段・・が現れ、拷問部屋とは、この階段を隠すためにもあったのだと知る。


 やはり正体不明の「英雄」なる存在には謎が多い。

 そもそも「機王きおうを倒した時のことすら、当事者しか知り得ないのだ。

 いずれにせよボドが何かを隠していることは間違いない。


 大きな穴が口を開けている。

 階段は下へと続いていた。

 ボドはずんずんと歩いていく。


 消音の力はまだ持ちそうだ。

 つけられるところまでつけてみよう。


 階段は螺旋状に真下へ続き、居館の一階へ降りても、まだ下があるようだった。

 つまり地下へ続いている。

 「サウンド・カーム」のリミットになると一旦足を止め、インターバルを挟んでから、姿を見失わないよう走って追いかけた。足音が消せるのは本当にありがたい。


 やがて最下層に辿り着いた。


 ボドが持つ蝋燭の光がゆらり、と地面を撫でると、レリーフではない──一見して分かる、本物の髑髏が、浮かび上がった。

 ぎょっとして身がすくむ。

 十や二十じゃきかない。百人近くの白骨死体が、この最下層にはあった。

 目をそらしたくなる気持ちを抑えて観察すると、その服装の多くが炭鉱夫のようであり、骨太で大柄な白骨が多かった。

 ひょっとするとこの大穴を掘った者たちだろうか……。完成したあとに殺されたのかもしれない。

 殺された──なぜ。

 決まっている。ヤツが誰にも見せたくないものが、きっとこの先にあるからだ。だから彼らは口封じされたのだ。


 心臓がバクバクと鳴り始めた。

 俺は今、薄氷の上を歩いているようなものだ。

 一歩踏み違えただけで、奈落へと真っ逆さまになる。

 この一日ですり減らした神経をさらにすり減らし、限界まで集中して歩いて行く。


 また大きな扉が現れた。

 こちらは簡易的な木造りのものだった。

 ボドはかんぬきを外し、奥へ入る。

 中はそれなりに広く、また方々ほうぼうに燭台が設置されているようだった。ボドは慣れた手つきで手燭の火を移していく。


 薄暗闇に映し出されたのは、がらんとした空洞。

 じめじめした何も無い空間。


 一体何が起こるのだろう。


 ボドが、洞穴の壁に立てかけられた何かのそばへ歩いて行く。

 棺桶のようだった。

 そしてヤツがそのフタを開けたとき──



「──ふふふ……。いつ見ても、なんと醜い顔だろうな。

 裂けた口、

 飛び出しそうな目、

 毒々しい肌……

 どう見ても、悪逆非道なバケモノだ。しゃがれた声も不気味で素晴らしい。この体・・・は、本当に理想的だ」


「……あの部屋もだ。ロストグラフ中の宝が、全て我が手中にある。それどころか、王座を手にするのもこの意志ひとつなのだ。富も手に入れた。権力も手に入れた。残るは女と名声だが、それも時間の問題よ」


「ふふふ……王め、システィーユ姫が・・・・・・・・もう死んだなどと・・・・・・・・つまらん嘘をつく・・・・・・・・

 この私は何でも知っているのだよ。

 ──王こそ知らないだろう。

 姫が父親の愛情に飢え、強く孤独を感じていることを。それでも彼女は気丈に振る舞っているが、もしも王が死んでしまったらどうなるかな?

 きっと傍にいる人物に頼ることだろうさ。

 己が信頼する者に。

 王が死ぬとき、王座も、美しい姫も、そしてこの国も──私のものになるのだ」


「くくく……いかんな。本音を吐露とろする場所が無いと、つい独り言も饒舌じょうぜつになる。だが真実を話せる相手がいないのだから、せめて己が心情も吐き出したくなるというものだ。

 いや、この場合は二人・・か?

 ……まあここには他に誰もいない。

 誰も英雄に逆らうことは出来ん。最近では六王兵どもがずいぶんと教練に精を出しているようだが、抵抗など無駄だ。

 憐れなものだな。その味方の中に──六王兵の中に・・・・・・裏切者がいる・・・・・・というのに・・・・・


「……さて、英雄様は、またしばしの休眠だ。半日か、一日か……面倒な役に戻らねばならないが、それもまた英雄の生活を謳歌するためのスパイスだ。どうせ私の部屋には誰も入れない。恐怖は最上の足枷あしかせだ。

 ふふ……まったく『機王きおう』には頭が下がるよ。奴が暴れてくれたおかげで、今の自分があるのだから」



 次の瞬間──ボドではない・・・・人物が、目を覚ます。

 先ほどまで聞こえていたしゃがれ声とは違う、けれど何度も聞いたことのあ・・・・・・・・・・る声・・

 まさか──と思わず声を上げそうになるが、ぐっとこらえた。



「……慣れたものだ。無風の場では魔素が掻き散らされることもない。なればこそ、移動・・が叶う。

 タンマツ・・・・にさえ細心の注意を払えば良いだけだ。これはキガイ・・・と違い、強度は硝子のようなものだと言っていたからな……」


 目覚めたその人物は、胸元に手を当て自戒を込めたように呟く。


 タンマツ……?

 タンマツって、なんだ。

 まさか「端末」だろうか? この世界の文明とは結びつかない言葉だが、そういえば機王は丸きり機械のような外見だったと聞く。関連があるのかもしれない。

 キガイ、というのはなんだ。

 この辺りの疑問を氷解させるために、今後もヤツらのそばで裏付けを取る必要がありそうだな。


 とは言え、光明は見えた。


 愚かにもヤツは自白したのだ。

 俺の存在など露ほども知らず──。



「……ああ、そうだ。“薬”を忘れるところだった。王もあの様子では一月ひとつきと持たんだろうが、回復されても面白くない。

 半分ほど持っていこうか。

 死ぬにしても、英雄と刺し違えたかっただろうが……ふふ、残念だったな。

 王は病床の中で苦しみ、無念の内に死ぬのだ──」



 その人物は、ボドが入ってきた方向とは反対の扉から出て行った。



**



 カサ、と小さな音が耳たぶを揺らす。

 髪の毛先がかすかに耳に触れる音で、サウンド・カームが効果をしっしていたことを知る。


 衝撃は──大きかった。


 ロストグラフへ忠義を誓ったはずの六王兵に、裏切者がいた。

 しかもグランデル王のやまいは、そいつの手による人為的なものだった。

 いや、それ以上に、英雄ボドとそいつの関係こそが驚きだった。

 あるいは、摩訶不思議なその仕組みこそが……。



 ──だが、同時に、とてつもない高揚感もあった。


 むしろそちらの方が、ずっと大きかった。


 ロストグラフを支配してから二年間。ボドはさしたる危機も経験しなかったのだろう。

 奴は恐怖政治により、国や城を我が物とした。

 六王兵だったヘイルデンを王の前で殺したり、人質を取って味方を裏切らせる手法はパフォーマンス・・・・・・・だ。

 もともとが、国の本当の英雄だったルファードたちですら勝てなかった「機王」を倒した男である。そこへ存分に残虐性を見せつければ、逆らおうと考えるものは出なかっただろう。


 加えて、不死身の体。国の内情ないじょうを知る情報網。人質が有効・・な兵士の精鋭を集めた、「親衛隊」。

 それにあの醜悪な巨体も、ヤツの存在感に一役買った。


 自分にとって安全な縄張りを作り上げ、普段は姿を見せずに悠々と過ごしていた。ヤツの異常なまでの暴虐性は、この場所を秘匿ひとくするためのカムフラージュでもあったのだ。拷問部屋の奥に入り口があったことが、それを証明している。


 どうやらボドは耳も良いらしい。誰かに後をつけられても、気付く絶対の自信があったんだろう。ましてや、こんな静かな、何も無い場所なら特に。


 だから、油断していた。


 唯一真相を知る己自身であるがゆえに、独り言が癖になっていたようだ。

 見えも聞こえもしない人間がここに立っているなど、ボドは思いも寄らなかった。



 そしてその人間は、ヤツが考えてもいない「革命」を起こそうとしているのだ。




 今こそ、謎は解き明かされた。



 待っていろ、ニュト。

 俺が君を、必ず自由にしてみせる。


 さあ──反撃の時間だ。

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