第8話 「国に起きた災厄のあらまし」
一人分の足音が近づいてくる。
「あっ……やっぱりバスターク将軍でしたか。こんな城の隅っこの空き地で倒れて……先ほど何やら怒鳴り声が聞こえましたが、何かありましたか?」
甲冑を着た見回りの兵士だった。
「……ああ? 見て分かんねぇのか。ちょっと気合いの入った稽古して疲れてんだよ。放っとけ」
「そうでしたか。こ、これは失礼しました……。考えてみれば、何かあっても『黒鉄のバスターク』と名高い将軍がいれば大丈夫ですもんね」
「おうよ」
「夜は冷えるのでお気をつけください」
「お前もな」
……。
…………。
「……行ったようです」
「うん」
鎧を着込んだ俺は、もちろん見回りが来る前に鎧ごと消えている。
「というか、敬語はやめてくれ」
「そんなこと言わないでください、兄貴。アンタは俺が尊敬する二人目の人だ」
「……一人目というのは『師』か?」
「そうです。師匠。悪さばっかりしてた
なるほど、バスタークがやたらと騎士道にこだわる理由が分かった気がするな。
ていうか本当に大恩人じゃないか。俺と並べるのも失礼だろう。
「それで、まずは何から話しましょう」
バスタークは
キラキラした目で俺を見つめている。
うーん……。
「俺が言うのもなんだが、脛と指、平気なのか」
「はい、今はそんなに痛くないし、たぶん一週間くらいで治りますよ」
やっぱバケモンだな。
さっきは意地を張ってみた俺ではあったが、結局バスタークから話を聞くことにした。
「──どっちにしろ、何かキッカケが無きゃ駄目だったんです。誰かが動くしかなかった。でも英雄はあちこちで目を光らせていて、『六王兵』もなかなか協力出来ません。確かにツキトの兄貴の素性は知りませんが、さっき俺をたしなめた態度に偽りは無かった。俺は馬鹿ですけど、そういうのは分かるんです。今度は考え無しに言ってるんじゃありません。兄貴、ぜひ俺を使って、ロストグラフを変えてください」
などと実直に語られれば、こっちだって信用せざるを得ないだろう。
「首が無くても生きていられるが、怖くはないか?」
それは嘘で、本当は甲冑の兜が取れただけだけど。
「逆に兄貴すげぇなって、思います」
この通り、おつむはやや頼りないので、透明化のことはまだ言えない。
そうしてバスタークから聞いたのは、思った以上に大変なことになっているロストグラフ王国の現状だった。
**
そもそもの始まりは、あの恐ろしい空の亀裂だった。
そう、やはりあれは元から謎のヒビが入っていたのではなく、この世界も本来は美しい青空が広がっていたのだ。
しかしある日突然、空に亀裂が走り始めた。同時に灰色の雲が覆い出し、作物が育たなくなっていく。
人々には不安が広がり、学者たちは空の亀裂を研究した。
それでも一向に原因が分からないままヒビは大きくなり、黒い向こう側が覗き出すと、不安に駆られた人々は争いを始めた。
未知への恐怖。
田畑の不作。
悪化する治安。
……様々な要因が重なり、混乱の火が大きくなった頃、ついに諸悪の根源が姿を現わす。
「……それが『キオウ』です」
キオウ。
前にティナちゃんの口から出た名前だったな。
キオウと戦った兵士らによると、その外見はとても人には見えなかったという。それどころか、生物にすら見えなかった。
体は大きく、数十メートルある。
全身が鉄で出来ていて、関節はパイプや歯車で繋がれている。
指先からは火矢のようなものを撃ち出し、目からは光線を放つそうだ。
それは俺の知る単語に当てはめると、「機械」そのものだった。
頭の中で、「キオウ」が「
とにかく機王とその部下たちは、突如この大陸に現れ、人々を襲い始めた。
空の異変と時を同じくして現れた異形の軍隊。人々が二つの凶事を結び付けるのは自然な流れだと言えた。
機王の部下は、やはり金属製の機械で、彼らは人々から
体に傷を残さず生命力だけを奪うのだ。
もちろん火矢や光線も使うが、彼らの狙いは人々の魂にあったと考えるのが一般的らしい。
「機械」というロジックの具象みたいなものと、「魂」なるあやふやな概念が並列に語られることに多少の違和感はあったのだが、ともかく。
機王は進軍を続け、弱り果てた国々は、ついに手を組んで機王軍に対抗する討伐軍を編成することにした。
「──『ロストグラフ王国』。
『砂漠の国ジャルバダール』。
『魔法国家アンプルシア』。
『
そして、『ガルレフォリス帝国』……。
この五大国家が、それぞれの国で一番の戦士を選出し、五つの軍隊を組んで機王との大決戦へ挑んだんです」
「ロストグラフは誰を選んだんだ? お前か? あるいはブリガンディ将軍か」
というか、その二人以外知らないが。
だがバスタークは、まさか、と、ちょっと苦そうな顔で笑った。
そしてすぐ真顔になり、じっと地面を見つめる。
「……俺たちなんざ、とてもとても。選ばれたのは俺の師匠であり、六王兵の一番隊隊長の役を背負っていた、ロストグラフ最強の戦士──『ルファード大将軍』ですよ。国の誰もが、ルファード師匠が戦うなら、例え機王だろうと勝利するだろうと信じてました」
──しかし、敵は強かったという。
ルファード以外にも各国最強の戦士が集まり、大軍を率いて立ち向かったにも関わらず、機王には敵わなかった。
そして、絶望的な光景。
自らの国が誇る戦士が、機王によって“魂を奪われた”のだ。
目の前で倒れる隊長たち。
恐怖に陥る兵士。
混乱する戦場。
逃走しようとする者も、次々に魂を奪われていく。
もはやここで皆殺しにされるしか無い──そう諦めたとき、
「五人の『英雄』。まるでルファード師匠らと入れ替わるように登場した彼らは、獅子奮迅の活躍で機王軍を押し返します。その正体が何者か、どこの国の人間かも分からない。しかし英雄は人間離れした力で、ついに機王を討ち倒したんです。まあこれはあくまでロストグラフに伝わる情報で、他国のことは伝聞に過ぎませんが」
そして機王が敗れると、他の機械たちも退却し始めた。
不思議なことに、空の亀裂もそれ以上進むことなく止まったというのだ。
ようやく世界に平和が訪れた。
たしかに救世主だった。
隊長を失った兵士らも機王を討伐した五人の戦士に感謝し、賞賛した。
誰ともなく彼らを「英雄」と呼び始め、やがて大きな喝采に満たされた──。
「師匠や多くの兵が犠牲になったが、全ては終わったはずだった……。だが、英雄たちのその後の提案が、ロストグラフにとっての新たな悲劇の始まりだったんです。それが二年前のことでした」
世界を救った彼ら五人は、「
それはどの国にとっても素晴らしい申し出に思えた。
ロストグラフへ迎えることになった英雄は「ボド」という名の大男。
王も、他の六王兵らも、機王を倒して世界を救い、ルファードの仇を討ってくれた英雄ボドに対し、感謝と敬意を込めて、新たな将軍の役を与えた。
だが──「ボド」は恐ろしい男だった。
将軍という役職に満足せず、王の座を求めたのだ。
もちろんそれは許されなかったが、六王兵の二番隊隊長であり、王の参謀も務めていた老兵士「ヘイルデン」を、ボドが王の目の前でくびり殺してからは、誰も逆らおうとしなくなった。
王を城に軟禁し、他国と手を組ませないため、国の城壁に厳重な関所を設けた。
「親衛隊」という私設の精鋭部隊を作り、重要な役職を全て直属の部下たちに替えた。
兵士同士に監視をさせ、怪しい動きがあればすぐに関係者たちを処刑した。
処刑は当事者だけでなく、兵士の妻子や親族にまで及んだ。
ロストグラフは他国から隔離された地獄と化したのだ──。
「……なるほど。思ってた以上にとんでもない奴だな、英雄様は」
というか単純にクソ野朗だ。独裁者ってやつか。
「……お前くらい強くても勝てないのか?」
「アイツは不死身なんです。ヘイルデンのじいさんが剣を突き刺した時も、鼻で笑っただけでした」
俺と違って、不死身っぽく見せただけの詐欺じゃないってことか。
うーん。
……これ、戦って勝てるのかな。
ハンマーで脛をぶっ叩かれても平気な顔をしてるバスタークの、その師匠であったルファードでも敵わなかった機王を倒し、しかも不死身の体を持つ大男。
ちょろっと姿を消せるくらいじゃ、どう考えても勝てる要素が見つからないぞ。
……と、そういえば。
「なあ、ところで話はちょっと逸れるが、城壁塔の地下三階に『魔女』が幽閉されてるだろう。あれもやっぱり英雄の指示なのか?」
「魔女? ……ああ、魔女『ニュト』のことですね。英雄の命令で探し回って、一年ほど前に捕らえられました。それから牢屋に入れられたまま放っとかれてるので、俺たちも今どうなってるか知りません」
「……わざわざ捕まえたのに、何もしてないのか?」
「正直、何のために幽閉してるのかもよく分からないんです。魔女といっても魔法が使えるわけじゃないですし、ただの子供ですので」
ということは、逆に考えれば英雄さえいなくなったら、ニュトを牢屋から出せるってことだろうか。
──それなら話は別だ。
「勝てる」「勝てない」、じゃない。
「勝つ」んだ。
透明人間の力を駆使して、英雄ボドを討つ。
「もうひとつだけ訊いていいか」
「もちろん、なんなりと」
「飯炊き女をやってる『ティナ』ちゃん。知ってるだろう。彼女は一体何者だ?」
と、珍しく間があった。
「ええと……それは、その……」
「なんだよ歯切れが悪いな。何でも答えるんだろう」
「……はい。しかし……」
面倒くさいな。
「いいか、俺がそれを知って何かしようと企んでるなら、直接お前に訊かずに、彼女を拉致したり拷問に掛けたり色々やる方が早いだろ」
「……たしかに。じゃあ……兄貴を信じますからね。あの女は……いや、あの方は……──」
バスタークはキョロキョロと辺りを見回してから、こそっと言った。
「──ロストグラフ王の一人娘、『システィーユ姫』です。間違いありません」
「なるほど、姫君か」
「……あれっ、あんまり驚かないんですね」
「まあ、あの胆力は只者じゃないと思ってたからな」
どこか気品があるのも、危ういほどに凛々しい態度も、それなら納得できる。
やっと腑に落ちた感じだ。
「それがなんで、王の居館から離れた城壁塔なんかで、飯炊き女をやっているんだ?」
「それは姫を護るためですよ。王室に飾ってある肖像画を見た英雄ボドが、いたく姫を気に入りましてね。本人に会わせるよう、王に命じたんです。慌てて王は、すでに姫が死んだということにしました。六王兵唯一の女であるブリガンディに、姫君の身柄を託したんです。関所には手が回っているため、他国に亡命させることは出来ませんが、何万人もの人間が暮らす城の敷地内なら、いくらでも人の中に紛れさせることが出来ますからね」
「……じゃあお前、自分が仕える相手を殴ろうとしたのか? 最悪だな」
「ええっ!? なな、なんで兄貴がそのことを!?」
「俺は何でも知ってるよ」
「いや、それはその……俺だってさすがに、姫だって気づいたときは引こうと思いましたよ。でも姫は、自分だけが特別扱いされたら怪しまれると思ったんでしょう。……恥ずかしい話ですが、俺は短気なことで有名ですからね……」
「本当に恥ずかしいな」
「……すんません」
「ていうか、そこで毅然と立ち向かう方がよっぽど普通じゃないと思うけどな」
「姫は昔から豪胆というか、肝が座ってるところがありますんで……」
さすがは一国の姫君といったところか。
「──さて。寒空の下で長々と話させて悪かったな。今日のところはこの辺にしようか」
俺は腰を上げた。
「……これから兄貴はどうするんで?」
「最初に言ったとおりだよ。英雄を倒す」
「ですが、奴は……」
「……強い。それに残酷で恐ろしい奴だ。重々分かったよ。だが、こっちも負けられない理由があるんでな」
あの暗い場所から、ニュトを助け出す。
この世界で俺が決めた、自分の使命だ。
「頼もしいっす」
「おう」
「俺に協力出来ることがあれば、何でも言ってください!」
「ああ、これからよろしく頼む」
俺はバスタークと固い握手を結んだ。
その時の彼の顔は、やはり子供みたいに純粋な笑顔を浮かべていた。
なぜか、きっと長い付き合いになると──そんな予感があった。
「それで、まず何から始めるんです?」
「ああ、それはもうとっくに決めてる」
英雄ボドを倒す。
それはすなわち、独裁者を倒すという「革命」だ。
革命には力がいる。バスタークのような、腕っぷしがあったり、人々を従わせる立場にいたりする奴が。
かと言って、下手にボドの回し者に接触してしまったら、そこで全ては終わってしまう。
それならば、次にするべきはこれしか無いだろう。
「六王兵の四番を担う
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