第7話 「六王兵バスターク〈後編〉」
「……」
「…………」
「………………」
「……ええいクソ、いつまで黙ってやがる! 腹の立つ野郎だぜ!」
色々と用意して空き地へ駆け付けると、バスタークは俺が真ん中に設置しておいた鎧を相手に、怒っていた。
やっぱりどんなに急いでも、それなりに時間が掛かったな。
慌てて鎧の後ろに立つ。
「……失礼、色々と考えごとをしていたのでな」
「……っと。……ふん、ようやく喋ったと思えば考えごとだと? 呑気な野郎だ。どうせすぐに喋れなくなるぜ」
「そいつは不自由そうだ」
「そりゃ不自由だろうさ。ボッコボコにされて、好き勝手喋れなくなっちまうんだからなぁ」
「だとすれば不思議なこともあるものだな」
「ああん?」
俺はせせら嗤うように声を上げた。
「だってそうだろう──閣下は、殴られてもいないのに、英雄を恐れて好き勝手喋れないのだから」
「クッ……!」
これは相当頭に来ただろう。
それでいい。
透明人間の戦い方は、とにかく相手の隙を突くことにある。
怒れば怒るほど、隙が増えるからな。
「さて、決闘を始める前にひとつ了承してもらいたい。それは、お互いどんな手を尽くしても、最後に立っていた者が勝ちだということだ」
「……始めからそのつもりだぜ」
「俺はこの通りフルアーマーで、閣下は寝巻きも同然だ。部屋へ戻って鎧を着込みたいというなら、ここで待とう。ただしそのまま逃げないでくれよ?」
「敵兵や蛮族が俺を何と呼ぶか知っているか? 『
二つ名か。
かっこいいな。俺も欲しい。
だがもちろん、そうでなくちゃ困る。
わざわざ夜中に訪れたのは、もちろん目立たないためというのが一番だが、バスタークに軽装でいてもらうことも作戦の内だったからな。
「それならばもう何も言うまい。六王兵バスターク将軍、いざ尋常に──勝負!」
そう言い放った瞬間──バスタークは剣を振り上げ、一気に踏み込んできた。
相当鬱憤が溜まっていたのだろう。
俺を本気で殺しに来ていることは間違いなかった。
もちろん狙い通りだった。
体が頑丈な大男にダメージを与える方法──色々と考えたんだが、やはり、「急所を突く」。これがベストだと結論づけた。
出来れば協力関係を結びたいので、後遺症が残りやすい部位は駄目だ。
例えば金的や目潰しはやめておく。
その中で、攻撃しやすい場所がいい。
そして俺が決めたのは──
──ガツン!
「──ぐがぁっ!?」
脛は骨が近く、神経が通るため打撃が有効だと何かの本で読んだ。
そう、俺は剣でなく、ハンマーでぶっ叩いた。『ツール・オフ』を使った、見えないハンマーで。
相手との実力が歴然としているとはいえ、我ながらなかなか酷いな。
だが、ここは絶対に負けられないんだ。
手加減抜きで勝ちを獲りに行かなきゃならない。
「なっ……何の魔法だっ……!?」
おや? 魔法の概念があるのか。
じゃあニュトが魔法という言葉に首を傾げたのは、単に知らなかっただけか?
なんて、よそごとを考えている場合じゃない。
狙いは見事、決まった。
非力とは言わないが、一般男子高校生のパワーしか持たない俺が大ダメージを与えられるとすれば、使い慣れない刃物よりも鈍器──遠心力を使ったハンマーしかないと考えていたのだが、見事に成功したようだ。
しかも打撃に加わるのは、自分の力だけじゃない。
バスタークが駆け寄ってきた時の加速、脚を振り出す時の加速──こちらへ向かうそれらのスピードを最大限に利用させてもらった。
タイミングを見計らってミートさせたのだ。
もちろん隙だらけの弱点にハンマーをぶち当てるなんて、空き地に置かれた鎧を俺本人だと思って踏み込んだ相手にでなければ不可能だろう。
全ては透明化の賜物である。
しかし、だ。
恐るべきは、むき出しの脛に鉄製のハンマーを叩きつけられて、なお踏みとどまるバスタークだった。
そんな馬鹿な、と思った。
俺だったら──いや、「地球上」の誰だって、骨が折れて……それでなくとも多少はヒビが入って、痛みのあまり倒れるはずだろう。
それが正しいホモ・サピエンスだ。
しかしバスタークは踏みとどまった後に悪態をつき、それから更に一歩進んだのだ。
「何をやったかは知らねぇが、『黒鉄』の二つ名は伊達じゃねぇんだよ。……さあ、死んでもらおうか」
これには思わずたじろぐが──
──だが俺もまた、これだけで終わらない場合を想定していた。
何のことはない。バスタークはまだ、広場に突っ立った鎧がツキトだと思い込んでいるのだ。
当の俺は、すでに身軽になって目の前にいるというのに。
だからもう一度、必ず訪れるチャンスがある。
それは──
「妖術師が、くたばれえぇっ!」
ぶん、と空気が唸り、俺の背後にあった鎧がバキンと音を立てた。
見なくとも分かる。
首が飛ばされたか──あるいは、胴が叩っ斬られたか。
手練れの剣士は鎧の継ぎ目を見抜くらしい。何かの漫画によれば。
だからバスタークは、間違いなくそこを見極めて必殺の一撃を放ったはずだ。
当然クリーンヒットしただろう。その鎧は中に軸を立てただけのカカシも同然、よける素振りも見せないのだから。
バスタークの頭の中で、俺は死んだ。
だからこそ。
「はーっはっは! 偉そうにしやがって、呆気ねぇ! ぶっ殺してやったぜボケがぁっ!」
訪れるチャンス──勝利に酔った時の、一瞬。
ぶうん。
俺はハンマーをもう一度全力で振った。
狙うべきはもちろん──
──ゴンッ!
「──ぎゃひっ!?」
ずずん、と派手な音を立て、今度こそバスタークは地面に倒れ込んだ。
先ほど思い切り打撃を与えた場所へ、もう一度容赦ない一撃を加えたのだ。これで倒れなかったらもう遁走するしか無い。
「く……くそぉ……一体どうなってやがんだ……! なんで死んでねぇ……!」
「教えてやろうか、将軍?」
俺は余裕たっぷりな風を装って、更にハンマーを振り上げた。
「俺が不死身だからだよ──!」
ドスン、と、トドメの一発を振り落とすと、バスタークは声にならない声を上げた。
いくら体が頑丈だろうと、
「ぐぐ……くそっ……くそがぁ……!」
しかし安心したのも束の間である。
「まだ負けてねぇぞ……!」
……おいおいマジか。
頑丈が取り柄と知って手加減はしなかったが、まさかまだ立とうとするとは……。
脛を鉄のハンマーで二度もぶっ叩いたんだ。普通だったら骨は砕けて、痛みのあまり転がり回るだろう。
だが俺は、この勝負を終わらせる方法を知っていた。
指先を叩かれたバスタークが、思わず手離した剣を取り上げる。
そのとき、月明かりに照らされた彼の顔が、一瞬、幼い少年のように歪むのが見えた。
そうだ。元より殺し合いをするつもりは無い。
これはあくまで決闘。
負けを認めた方が敗者なのだ。
「……終わりだよ、バスターク。この剣の重さは、アンタがよく知ってるはずだ」
「……はぁっ……それは……くそっ……!」
バスタークは立ち上がろうとした脚を、そのまま崩し、今度は仰向けに寝転がった。
「……くそっ……ええい、畜生がぁ……! ……ああ、騎士に二言はねぇよ。俺の負けだ。……好きにしやがれ、妖術師……!」
「……ああ、そうさせてもらう」
実際、緊張と疲労でいっぱいいっぱいだった。
が、なんとかそれを見せないように振る舞った。
バスタークが痛みに耐えてながら息を整える間に、俺は首が無くなった鎧の後ろへ回った。
──勝ったんだな。
いやぁ、今回は、本当に死んでもおかしくなかった……。
「……そんで、てめぇは手を組みたいっていうが……俺に何を求める」
「俺はまだこの国に疎い。アンタには色々と事情を聞かせてもらいたい」
「てめぇは一体何者だ……。首が無いのに喋り、その声は四方から聞こえてくるようで、目に見えない攻撃をする……」
「さあな。質問するのは俺からだろう。まず最初に訊きたいことだが……──」
我ながら上手くここまでやったものだ。
姿が見えないという、それだけの力で、ガタイの差、膂力の差、喧嘩慣れの差を埋め、勝利した。
バスタークには寝巻きのハンディがあったが、地面に立ってる鎧はともかく、俺自身も極力音を出さないよう軽装なのだから、これもイーブンだろう。
正直、少し自分を褒めてやりたい気すらあった。
しかしどうしてか──
──次の瞬間、俺はなんだか白けた気持ちになった。
「……いや、やっぱりやめるわ」
気付けば、そんな風に言っていた。
「……もう帰っていいよ。言うことを聞くとか、それも帳消しにしよう」
「は? ……何でだ。俺に訊いても無駄だっていうのか? 軽く見てもらっちゃ困る。こう見えて六王兵、そこらの兵より国の事情にゃ内通してるぜ……!」
「いや、いい。本当に、何て言うか──あのさ、お前なんかにあれこれ訊くのが、恥ずかしくなってきたんだよな」
「何だと……俺を侮辱してんのか……!?」
「侮辱? その通りだよ、六王兵バスターク」
我ながら、ここまでムキになる必要は無いと分かっていた。
ただ、考えてみればこんなにも不義理なヤツが偉くしている一方で、ニュトが牢獄に閉じ込められているのだと思うと、その不条理さに苛立ちが募ったのだ。
「あのさ、アンタ六王兵だろう? 国を護る立場だろうが」
「ああん? それがどうした……」
「そもそも決闘を持ちかけた俺が言うのも何だが……そんなアンタがワケの分からないヤツに負けて、アッサリ言うこと聞いてるようじゃ、ちょっと情けないんじゃないか?」
そう言うとバスタークは、また少年のような悔しげな顔をした。
なんとなく分かってきたんだが……この男、年齢に比べて中身がちょっと幼いのかもしれない。
「だけど……だけどよ、騎士に二言はねぇんだ……。それは絶対なんだ。約束を守ることが、師の尊厳を守ることなんだからな……」
騎士道五か条の第四条か。
「将軍はいくつなんだ。歳」
「……二十」
俺より三つ上か。
将軍にしちゃ若いよな。
「騎士道五か条が何のためにあるのか分かってるのか?」
「……考えるのは得意じゃねぇ」
なるほど、よく分かった。
不義理というより、不器用か。
「つまりアンタは、五か条のほとんどがよく理解できてないんだな。騎士道を遵守する信念はあるが、国を守るとか、尊厳を守るとか、曖昧な表現が分からない。だから分かりやすい、約束を守るという項目を最初に考えてしまうんだ」
「……そうかもしれねぇ」
「……ずいぶん素直だな」
「俺は素直な性格なんだ」
悪く言えば単純、良く言えば純朴か。
「他国の俺が偉そうに言って悪いと思うが、やっぱり得体の知れないヤツに国の内情を明かすなんて、どうかと思うぞ」
「……騎士に二言は……」
俺はいよいよ声を荒げた。
「だから──いいんだよ、二言だろうが三言だろうが、無様にみっともなく覆せよ! 本当に護るべきもののために、約束を反故にしろよ! 全ての条項は、このロストグラフのためにあるんだろうが!」
──。
……なぜこんな風に熱くなってしまったのか。
やはり俺の中の「ヒーロー像」があるからだろうか。
それともニュトを護ろうとする今、何かを守る者に対して真摯であってほしいと、自分を重ねてしまったからか……?
「……じゃ、そういうことだから」
不意に恥ずかしさが押し寄せて、もうさっさと鎧を着込んで帰ろうとした。
その時だった。
「……待ってくれ。アンタ、名前何て言ったか?」
バスタークが不思議な声色で、俺を引き止めた。
「……ツキト。ツキト・ハギノだ」
「分かった。やっぱり話させてくれ……──ツキトの
……。
…………。
………………んん?
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