第4話 「誰も知らない調査の始まり」

「いいじゃねぇか、ティナちゃん。オレたちゃ『二級兵士』なんだじぇ?」


(例えばコイツの腰の短刀を抜いて、そのままケツの穴に刺す)


「あの、本当に迷惑ですから」


「うほほ、今のうちに言うこと聞いておけば、“英雄様”の覚えもめでたくなりますよぉ?」


(こっちの太った方は脇腹がガラ空きだから体当たりして――)


「興味ないです」


「強気なところも可愛いひょろ。どこか気品もあるし、他の飯炊き女どもとは大違いひょろ〜」


(――そんでこちらのノッポは、思いっきり膝に剣を叩きつければ崩せるかな)


「皆さんのことを悪く言うの、やめてくれませんか。私、仕事があるので失礼します」


 うーむ……相手に見えないっていうのは、改めてすごい。

 ようするに、隙だらけの状態をどこからでも攻撃できるってことだ。

 加えて「ツール・オフ」を使えば、こちらの武器も敵には分からない。

 もし一発で仕留められなくても、かなり優位に戦えるはずだ。

 もっとも力量差があり過ぎたら意味ないだろうが、その時は透明なのを活かして逃げることも出来るしな。


(それにしても……)


 改めて目の前のナンパ行為を見る。


(こういう奴らってどこにでもいるんだなぁ……)


 行動範囲を広げるために情報収集を始めた俺。

 まずはロストグラフ城の人間関係から知ろうと、多くの人が集まる食堂に来ている。

 ここでは今のやり取りがしょっちゅう行われている。


 たぶん俺と同い年か、ちょっと上くらいの女の子はティナという名前で、ナンパに励んでいる男たちはそれぞれ、猿顔のリーダー格がモンキー、デブがファット、ノッポがボーノという名前だ。

 三馬鹿の方はさすがにあだ名だろうと思ったら、実名だった。見事に名は体を表している。


 俺もここに通ううち、少しずつ(一方的な)顔見知りも増えて来たのだ。

 その中でも、給仕係のティナちゃんはアイドル的な存在で、特に兵士たちに人気がある。

 ちょっとツンケンしたところが逆に良いらしく、よくデートに誘われている。

 元の世界で言うなら、クラス委員長か生徒会長みたいな感じだろうか。

 もっとも当人はどこ吹く風だ。


 しかし彼女がモテるのもよく分かる。

 目立つのが嫌いなようで、ちやほやしてくる兵士への態度はキツめだが、食堂のおばちゃんたちや自分より年下の子にはとても優しい。

 誰よりも早く食堂に来て掃除をし、夜遅くまで片付けをしてから帰る真面目な子だ。


 見た目も、綺麗な金髪をハーフアップにした、ツンとしたツリ目の顔立ちで、相当な美人である。

 眼鏡を掛けて三角巾を巻き、炊事婦らしく清潔で地味めな格好をしているのだが、着飾れば溜め息が出るほどの容姿になるだろう。


 こう見えて人を見る目には自信がある。


 こう見えてって、姿は見えないんだけどな! 爆笑!


 ……。


 ……コホン。


 ティナちゃんはある程度近づいて顔を見ても、そばかすひとつ無い。炊事婦をしてはいるが、本当はどこぞのお嬢様だと言われても疑わない。


 いや、間近で見てるからって、決して好きで出歯亀してるわけじゃない。

 ストーカーでもないぞ。

 情報を集めるのは下から上へが基本だ。なぜなら上に行けば行くほど隠すものが増えていくからだ。

 だからまずは、庶民に近い、兵士や掃除婦、炊事婦のような、お城で働く人たちから情報を得ていくのだ。


 俺はそんな理由でも無ければ女子を近くで見れない童貞野郎だからね。爆笑!



 ──と、そんな一人ツッコミ遊びをしていたら、ドカドカと食堂のおばちゃんたちが現れた。


「ちょっとアンタら、ティナにちょっかい出してんじゃないよ! スープと一緒に煮込んでやろうかい」

「穀潰しのくせに偉そうにしやがって! 邪魔だ邪魔だ、この三馬鹿ども」


 兵士らの胃袋を掴むこの人たちは、事実上彼らより立場が上なのである。


「ちっ、うるせぇババアたちが来やがった。しょうがねぇ、また来るじぇえ、ティナちゃん!」

「オイラたちのお誘い、今度は断らない方が良いですよぉ?」

「ボクらは“二級兵士”! スゴいお方がバックに付いてるんだからひょろ〜!」


 捨て台詞を吐いてドタドタと帰っていく三馬鹿。

 仕事しろ、仕事。


 「二級兵士」とは、ロストグラフの兵士の階級のことである。

 一番下が三級兵士で、これが全兵士の八割を占める。

 そこから上に向かって、二級兵士、一級兵士、特級兵士と続く。

 そう考えると、三馬鹿は立場的に偉いといえば偉い。

 特級兵士は六人しかいないらしく、彼らは敬意を込めて「六王兵ろくおうへい」と呼ばれ、ロストグラフの国民から大層人気を集めるそうだ。

 もっとも彼らは貴族以上の位にあるようで、この城壁塔の下層で見かけたことはない。


「大丈夫だったかい、ティナ?」

「まったく気にしていません。あんな連中、獣と同じです」

 ティナちゃんは気が強い。

「何かあったらアタシらに言いつけな! あのバカどもシチュー鍋で煮込んでやるよ」

「うふふ、ありがとう。でも私はまだここへ来て一年と日が浅いので、皆さん以上に頑張らないと。これくらいで負けていられないわ!」

「偉いわねぇティナは。うちのドラ息子にも聞かせてやりたいよ」


 ふむ。

 やっぱりどうも彼女はただの炊事婦には思えないなぁ。



「ろくおーへい?」

「知ってるか、ニュト?」

「うゆ、しらない……。ニュト、ずっと森の中で暮らしてたから……」

「そうか……」

「ごめんなしゃい」

「謝る必要なんか無いさ。もし知ってたらって思っただけだから。大丈夫、ちゃんと自分の足を使って調べるよ」


 笑ってみせることが出来ないので、代わりに頭を撫でてやる。


 言いたいことが顔に書いてあるとか、目は口ほどに物を言うとか言うが、実際に顔が見えないということは、相手にとってもかなりコミュニケーションが取りづらいことだと思う。

 ニュトが人懐こい性格だから助かっているが、俺もこんなふうに体全体を使って、感情を表すようにしている。幸い服を着ていれば体つきは分かるからな。

 両親を殺されて、こんな暗い場所に一年も閉じ込められて、人間不信に陥ってもおかしくないだろうに、ニュトはよく優しい心を持ったままでいられたものだ。

 ひょっとすると、俺がただの人間じゃないのが、かえって良かったのかもしれないな。


 ニュトに「六王兵」のことを尋ねたのは、食堂や兵士の詰め所、看守室なんかを回って、どうやら彼らこそがロストグラフの支柱であるということを知ったからだ。

 逆にロストグラフを思うままに利用している「英雄様」については、未だ情報が少ない。

 三馬鹿みたいに、英雄様の権力を笠に着る奴はいるが、詳しいことは口にしないのだ。


 あるいは、皆あまり口にしたがらないのかもしれない。

 それだけ英雄様が恐れられる存在だってことだろう。

 ニュトは素顔を見たことがあるようだが、親を殺した相手のことを、ほじくり返すように訊くのも躊躇われる。


 そろそろ活動の範囲を広げるべきだろうか。


 ニュトの牢獄をホームにしていると、英雄様や王族が住んでいるであろう居館や、この城壁塔の上の方は行きづらい。

 遠ければ時間も掛かるし、牢屋に食料を置いておくわけにはいかないので、自然、ニュトに差し入れする回数が減ってしまうかもしれないからだ。


 また透明なまま行動するというのも、ひどく気を遣う。

 音を出さないよう、人にぶつからないよう、抜き足差し足で歩くから、あまり素早く行動することも出来ないのだ。


 うーむ。


「ちゅきと、いま、ニュトのことかんがえてる?」

「んっ? まあ……そうだな。なんで分かった? はは、心でも読んだか?」


 心配掛けさせまいと、茶化して言った。


 しかし彼女は、ちょっと首を傾げる。


「ううん、ニュトは『じかんのまじょ』だから、それは出来ないの。『こころのまじょ』なら、ひとのかんがえてることが分かりゅって、パパ、言ってた」


 ふむ?


 そういえば前に気になって、魔女なら魔法が使えるのかって、ニュトに訊いたことがあった。

 そのときは、「まほーってなに?」、なんて言ってたから、特別な力があるわけじゃないんだと勝手に考えてしまったが……。

 それからも忙しくて追求する暇が無かったが、『心の魔女』が読心術を使うらしいように、ニュトも何か異能力的なものを備えているのだろうか。


 というか読心術なんてもの、存在するのか?


 疑問に思うと同時に、自分の存在の異質性を省みた俺だった。

 透明人間よりは、まだ読心術の方がありそうだよな。


「『時間の魔女』は、どんなことが出来るんだ」

「うんとね……まだなにもできないの。じゅっさいになったら、ニュトはせーしきなまじょになれるんだって」


 つまり、幼いうちは力が使えないってことか。


「ニュトはいま何歳なんだ」

「ななしゃい。……あっ、ちがう、いちねんたったからはっちゃい!」

 やっぱりそんなもんか。

 てことはあと二年したら、異能力にめざめるってことかな。


 それにしても、小学三年生って考えると、やっぱり普通より背も低いし舌ったらずだな……。

 この辺はもう個性みたいなものかもしれない。


 まあ、それはともかく。


「ニュト、あのな。言いづらいんだが……実は、これから会える時間がまばらになるかもしれない」

「まばら?」

「今までよりも会えなくなるかもってことだ。なるべく朝昼晩、ここへは食料を持って帰ってくるつもりだが、活動範囲を広げるとなると、そうもいかないかもしれない」

「ちゅきとに会えないの、さびしい……」


 しかしニュトは、心配させまいと頑張って笑顔を作り、言葉を継いだ。

「でも、ごはんがまんするの、へーき、それにちゅきとががんばってくれるんだから、ニュトもがんばる!」


 なんていい子なんだ。

 将来子供が出来るなら、こんな子がいい。絶対にだ。


 まあ、その前に童貞卒業がネックだが。


「……ありがとうな、ニュト。その代わり、必ずこの牢屋から連れ出してやるから」

 ポンポン、と軽く頭を叩くと、彼女はくすぐったそうに笑った。


 腹は決まった。

 行動範囲を広げて、「六王兵」と「英雄」に近づこう。



 さて、まずはどこから取り掛かろうかと考えあぐねていた俺だったが、最初のターゲットは決まった。


 今朝はニュトに朝飯を運ぶため、いつものようにこっそりと食堂を訪れていた。


 だがこの日は、いつもと少し様子が違った。


 兵士たちのアイドル、ティナちゃんと、モンキー、ファット、ボーノの三馬鹿が繰り広げるやり取りの中に、もう一人男がいたのである。


 そいつはずいぶんとデカかった。


 身長が二メートル近くあった。

 俺と数十センチ違うだけで巨人に見える。

 甲冑は着ていなかったが、筋骨隆々とした肉体がそのまま鎧のようだった。

 体に合わず顔は若く、ツンツンした赤茶色の短髪がやんちゃな雰囲気を出している。だが、体に残る多くの古傷が百戦錬磨を物語っていた。


「へっへっへ、昨日言ったよなぁ、ティナちゃん。今日はもう断らせねぇって。俺たちの誘いに乗らなかったら、ちいっとばかしダンナの手を借りちまうじぇえ?」


 大柄の男は三馬鹿の後ろに控えて、呆れた顔でぼりぼりと頭を掻いた。


「……おいおい、お前らの言ってた『生意気なヤツ』ってのは女かよ。しょうもねぇ役を引き受けちまったなぁ」


 声も思ったより若い。だが少しかすれていて威圧感がある。

 ティナちゃんは、しかし、少しも物怖じしない様子で男を見据えている。


 これはまずい展開になる、と予感していた。


「……ま、装備一式を磨いてもらう代わりに言うこと聞いてやるって言っちまったしな。気が進まねぇが、騎士に二言は無ぇ。なあお嬢ちゃん、こいつらとちっとばかり遊んでやってくれねーか。こいつらもつまんねーことばっかで憂さが溜まってんだよ」


 そして男は、ゆるりと首を回した。


「この──“六王兵”『バスターク』の名に免じてよ」

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