第3話

 彼女はソファの上から数分間、じっと俺に視線を送っていたが、『フン!』とそっぽを向いて横たわった。

 俺はやっと気持ちを落ち着かせることができた。


『よく耐えた』


 そう自分を褒めながら、ようやくご飯を作る準備に取り掛かる。

 俺が料理をしている間、彼女はテレビをつけ始めた。

 画面には『京都年越し駅伝が開催中、多くの人が集まり、大賑わい!』というテロップが流れている。


『こっちはそのせいで大回りをして大変だったんだけどな・・・まぁ、彼女には言えないが』


 心の中でそう呟きながら、手を動かし続ける。

 彼女は『これはいいや~』とチャンネルと変え、今度は洋服の番組に映った。

 新しくオープンする洋服屋さんの宣伝だ。

 そこには、俺の彼女がモデルとして登場し、様々な服を試着しながら『これは良いですね』などと色んなコメントをしている。

 画面の中の彼女は、きっちりとした姿勢で真面目に働いている。プロとしての凛とした雰囲気を感じさせる姿だ。

 しかし、現実の彼女は俺の匂いをひたすら嗅ぎ続ける犬のような人だ。

 今もソファに仰向けに寝そべり、リモコンを片手にテレビをぼんやりと眺めている。

 幻想とはまさにこのことだ。

 俺がそんな彼女を見つめていると、こちらの視線に気づいたようだ。『にまぁー』と、彼女の口元が緩め、意地悪そうな笑みを浮かべる。


「気になるかね?」


「彼女がテレビに映っていたら、それはなぁ」


「ふふん!綺麗かい?」


「・・・綺麗だ」


「うれしっ!」


 彼女は満面の笑みを浮かべた後、再びソファに寝そべり足をバタバタとさせた。

 喜んでもらえて嬉しいが、恥ずかしい。この照れくささは、いくら時間が経っても慣れそうにない。

 そんなことを考えているうちに、料理は完成した。


「できたぞ」


「くんくん、いい匂いがしますな~。優斗の匂いかな?」


「俺は飯じゃないぞ」


 そう言いながら、ソファとテレビの間にあるテーブルにそっと置く。

 作ったばかりのパスタからは、湯気がふわりと立ち上っていた。


「冷めないうちに食べよう」


「ん~、美味しそう!。さすが優斗、料理の腕は健在だね~」


 彼女は嬉しそうに手を合わせて『いただきます』と言い、フォークを手に取った。

 パスタを一口すすると、目を閉じてしばらく味わうように口の中で転がしている。


「うまゆ~」


 大きな笑顔を浮かべて、フォークをもう一度パスタに差し込む。その姿を見て、俺は少し安心した。


「そんなに急がなくても、料理は逃げないぞ」


「だって、優斗の料理美味しんだもん!」


 満足そうな彼女の様子を見ながら、俺も向かいに座る。

 一口食べ、ふと窓の外を見ると、冬の空はもうすっかり夕暮れの色に染まりかけていた。

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