第8話 初めてのお使い(依頼)

 マホラ草はポーションの材料になる薬草で、その為、とても需要が高い。多年草である事で基本的に寒い時期でも葉が枯れない。但し、群生しない上、よく似た雑草に紛れている事が多く、採取はとても困難な薬草の一種だ。


 フィリスは昨日調べた事を俺に説明してくれた。そして、分かりやすいように、その特徴を示した絵まで描いてきてくれている。

 彼女はAだろうか? この世界で血液型を調べるなんて事はしないから実際は分からないけど。驚くほどに、職業日本人の俺の上いく、かなりの【几帳面】ではある。まぁ、おれはスキルがあるだけで、本来は決して【几帳面】ではないんだけど。


 ・クエスト002:採取依頼のマホラ草五束を鑑定を使って達成する(SP1)【未】


 【勤勉】の鑑定スキルを使ってマホラ草を探しての五束採取って事でのSP1が貰えるクエストだけど、フィリスだけだと鑑定スキルを使っても誤魔化せそうだが、アンナ先生を誤魔化せる自信は……全くもって、ございません。


(う~ん、どうすべかな?)


 そう言えば、前世で仕事への自信が持てなくなった時に、自信が持てる方法をネット検索した事を思い出した。


 1、『SNSから離れる』


 →うん、とっくに離れてます。


 2、『小さな失敗経験を積み重ねる』


 →これ、一度でも失敗したら即終了です。


 3、『自分の心の声を大切にする』


 →それを誤魔化す方法ですやん。


 4、『ありのままの自分を受け入れる』


 →アンナ先生はおそらく多いに受け入れて、より追及してくるかと思われ。


(うん、んだ!!)


 まぁ、何とか探しているふりをして、見つけたらこっそり【几帳面】の<インベントリー>に収納。これで何とかなるかな? いや、なってくれ。


 そんな事を考えてたら、フィリスが俺を呼んでる声がする。その声が嬉しそうだ。

「ショートさーーん、これですよね! これ」


 フィリスの声の方に行くと、彼女は嬉しそうにある草を指さしている。俺はその草を鑑定してみると、ちゃんとマホラ草だった。


「フィリス、すごいじゃないか! これだよ。これ」

「えへへ、私でもちゃんと見つけられました。どうぞ採取してください。これ、ショートさんのお役にたてましたか?」

「いやいや、これはフィリスが見つけたんだから、フィリスのモノだよ」

「御迷惑でしたか? ショートさんには色々と助けられたので、何かお役にたてないかと……」

「うん、とても嬉しいよ。だけど、これは君の予行練習でもあるんだからね。これは君が初めて見つけた依頼の品であり、記念品でもあるんだから。だから、ちゃんと君が持って帰るべきだと思う」


 そうだ、元日本人は優しいのだ。アンナ先生は俺たちの後ろでニヤニヤしながら見ている。後ろからビンビンに圧を感じます。うん、ちょい怖いです。


「そうよ、フィリス。それはあなたのモノよ」

 そう言うアンナ先生は、「よく見つけたわね」とフィリスの頭を撫でている。

「いいんですか? 」とフィリスは俺の方をじっと見つめてくる。俺がウンと頷くと嬉しそうにマホラ草を摘むフィリス。

「これ、押し葉にして、大事にします」と自分のカバンに大事そうに仕舞い込んだ。


(いやいや、怪我した者の為にも、どうかギルドに納品してくれ)


 そんな事でワイワイと三人でマホラ草を探していたら、いつの間にか陽は頭の真上に来ていた。

「そろそろ、お昼にする?」

 アンナ先生に声をかけられたので、いったん採取を止めて、俺たちは昼食タイムとする事にした。たいらな所を見つけると、アンナ先生はそこにレジャーシートを引く。俺らはそこに腰掛けた。そして俺はギルドの朝食に出た固いパンをちょろまかしていた物と、保存食でしまっていた干し肉を、<インベントリー>を偽装する為に持っているカバンから出そうとする。


「待ってください」

 フィリスはそう言うと自分のカバンからぞくぞくと小さな箱を出す。それは重箱のような、立派なお弁当箱だ。ちょっとちょっと、そのカバンって、どんだけ~!


 流石、大店おおだなのお嬢様。何気なく斜め掛けしているフリフリの可愛いポシェットって、時間停止機能付きマジックバッグだったのね。豪華なお弁当もそうだが、十歳の娘に超高性能のマジックバックを与える親。大商人すげえ! と感心してしまった。


「どうぞ、お召し上がりください。ショートさんの為に用意しました」

 フィリスはニコニコ顔でお弁当箱の蓋をどんどん開けて行く。そこには、超一流シェフが作る様な豪勢な料理がズラリと並ぶ。そういえば、俺、ピクニックがてらって言った気がするが、こう来るとは流石に考えてなかった。持って来ても、サンドイッチ位かって考えた俺。もう、どんだけ~! 金持ちなんだよと俺は頭を抱えた。


 アンナ先生ときたら、こんな事は慣れているのだろうか? さっさと食べだして、「お。これ美味しいわね。ショート君、早く食べないと無くなっちゃうわよ」などと、宣っている。森の中、この辺りまでは、そう危なくない場所とは言え、こんな野外での高級料理に何の違和感なく順応している一冒険者。他人事とは言え、大丈夫なんか? と心配する事は大きなお世話だろうかと思うショートであった、とさ。


 ◇◇◇


 ショートが森に薬草採取の依頼に行っている時。王都のヴァルドール辺境伯邸ではショートことアルス調査の為に王都に残った執事長が、長男で第一竜騎士団副団長のラッセルとの話し合いを行っていた。


「ラッセル様、例の魔法使いの件、どう思われます? 」

「そうだな、どう思うも何も、一度その者に会ってみないと何も話は進まないな」


 まさか、父の隠し子でもいるのだろうか? などと考えてしまうラッセル。アルスの事だけでも頭が痛いのに、また違う難問が舞い降りて来た。


「父上の反応はどうだった? 」

「はい、旦那様は怒ったように途中で話を遮り、その後はとても不機嫌でして」

「う~ん。そうだな。その私に似ていると言う者を探し出してくれ。私が一度会ってみるとしよう」


 但し、弟のエスターには内密にしておいてくれ。そうでなくても、あいつはホトホト面倒な奴だからな。と、ラッセルはとても心配性なのである。


「それとだ、アルスの捜索も並行して頼む」


 本当に父上は何を考えているのかと頭を悩ませるラッセル。彼はヴァルドール家一の常識人であった。


 ◇◇◇


 ギルド職員が流した情報のため、自分がヴァルドール辺境伯の隠し子ではないかと兄を悩ませている事など露程も思わないショートは、フィリスの常識外れの金持ちぶりに翻弄されながらも、アンナ先生がいいんなら、いいんじゃねぇ? って事で豪華なご馳走に舌鼓をうち、食後のデザートと優雅にお茶を振舞われていた。


 ヴァルドール領の領主邸でのショートは、父の辺境伯からは、日々の贅沢に慣れる事なく、質素倹約を旨とし、領民と共栄の道を歩むのが武人としてのヴァルドール家の務めぞ、と常々口を酸っぱくして言われてはいた。だが、そう言うほど質素ではなく、それなりに豊かな生活をしていたはずだ。


 だが、フィリスの金持ちぶりには驚愕することしきりだった。やっぱ大商人すげえなぁと思いながらお茶をすすっていると、俺の感度の上がった耳に。それは微かに聞こえてきた。


 森の奥の方から、ドスドスと地面を震わせて何かがこちらに近づいて来るような音。大きな咆哮を上げ、木々をなぎ倒して、何か巨大な物が轟音を立て、暴れながら突進して来ているような音だ。それはどんどんとこちらへやってくる。


「アンナ先生、何かがこちらに向かってくるようです。ここを離れますか? 」

 俺は冒険者として経験豊富だろうアンナ先生へ指示を仰いだ。


「ショート君、待って。どうも魔力の流れを感じるわ。あれは誰かが戦っている感じね。同じ冒険者だったら、ほっとけないわ」

 アンナ先生は五感を研ぎ澄まし、魔力の気配を感じとろうとしていた。

「二人は後ろの方で隠れてて。ショート君、フィリスを守っててちょうだい」


 俺はフィリスを連れて後ろに下がり木に隠れる。そして短剣を出してフィリスを守るように構えた。アンナ先生もどこかから杖を取り出し構えた。そして、先生はじっと森の奥を凝視している。すると、それからすぐに、木々をなぎ倒して、それは姿を現した。


 真っ黒い熊のような巨大な魔物だった。四本足で突進してきた魔物は、俺たちを認識したのか、立ち止まると二本足で立ち上がった。

 立ち上がると五メートルほどはあるだろう、その魔物の額から鋭い角が一本生えていて、真っ赤な三つの目はランランと輝き、怒りで我を忘れたかのように歯をむき出しにして、よだれを撒き散らしながら両手を大きく振り上げ、そいつは大きく咆哮した。


「グガァウウアアアアアアァァァ!!」


 俺はその咆哮に一瞬怯むが、なんとか気を取り直して、短剣を両手に持って構える。隣でフィリスはガクガクと震え俺にしがみ付いてきた。俺のLv.1での魔法では今の魔物に傷一つ付けるのも厳しいだろう。だが、フィリスを何とか守らなければいけない。

 そこで念のために俺たちの前方にシールドを展開した。後はアンナ先生の魔法に期待するしかない。そう思った時……。


 そのバケモノの後ろから、小さな影がヒュっと飛び出てきた。その影はその魔物に向かってすごい速さで魔法を連射しだした。動きが早くて、普通ならその動きを目でとらえるのは難しいだろうが、だが俺には【回避】での動体視力の向上でそれは俺の目でも捉える事ができる。


 生い茂った枝の隙間から光が差し、その光でその影の正体を露わにした。


 それは、なんと小さな女の子だったのだ。そして、その女の子の頭の上には、信じられない事にLv.1とある。Lv.1であの魔法連射が可能なのか? そして、その職業も表示されていた。表示されていた、その職業は……。


 なんとだった。

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