二十三日目の鐘

 カエルムの部屋を出てから、等間隔に並ぶ扉を数え始める。一体何という種類の木なのか、薄闇の中でも白さが冴える美しい木製の扉がひとつ、ふたつ……

 抑えようとしても鼓動がだんだん速くなり、逸る気持ちで胸が張り裂けそうに痛い。

 よっつ、いつつ……

 数えるうちに、今度こそ記憶に違わぬ淡い桃色の雲を描いた天上画が頭上に近づいた。飛翔する天使が楽器を手にして下界を見下ろしている。そのまま視線を下げれば、艶めく面を持つ白木の扉があった。

 シレアの妖精がこの夜を用意したのだろうか。

 これまで通ってきた廊下でも、会いたいと思った人がいる部屋の扉は開き、ウェスペルが手をかけずとも中へ入れてくれた。寝静まる時が近いのなら、きっと普段は皆、戸を閉めて昼の職務から解放されたひとときを味わっているだろうに。

 だが今日はどれもが間口を開き、まるでウェスペルが来るのを待っていたかのようで。

——アウロラ。

 照明を少なくして星明かりが射し込む室内は、あの夜と同じだ。広々とした寝台に二人で寝転がり、瞼が落ちてくるまで語らった。

 あの日のように枕を抱えて布団に座り、窓の外を眺める少女がいる。

 茶に近い柔らかな髪は自分の髪とそっくりで、華奢な肩を触って背中に落ちる。

 だがそれより何より、眼を見れば分かる。

 硝子の向こうで流れ星が横切った。

 それを見送ったと思ったとき、少女がこちらを振り向く。

「アウロラ」

「ウェス、ペル?」

 大きく見開かれた瞳は澄んで、まるで太陽の光を透かして輝く、紅葉を映した橙色。

 目が合った瞬間に感じたあの衝撃は身体を捕え、他の全てを無音にした。運命としか表現できない、あの邂逅。

「アウロラ」

「ウェスペル!」

 少女は文字通り寝台から飛び降りると、枕を放り投げてウェスペルに駆け寄った。

「ウェスペル、ウェスペル!」

「うん、アウロラ。私だよ」

「ウェスペル!」

 抱き締めようとしたのか伸ばした手がウェスペルの体を通り抜けてしまってもアウロラの勢いが止まらない。行き場を無くした手を自分の頬に当てて「嘘」「本当に?」と驚嘆を繰り返すばかりだ。

「本当よアウロラ。私ね、体はなくて気持ちだけみたいだけど、来られたみたい」

「そんな……どうして?」

「私にも分からないけれど、来たいと思ったの。願いごとは何かなと思ってシレアにもう一度来たいって。アウロラに会いたいと思ったら……」

「やだウェスペル、私もよ」

 アウロラはくしゃりと相好を崩した。

「私もね、ちょうど考えていたの。いいえ、ずっと思っていたの。ウェスペルに会えたらって。もう一度、ほんの少しでもいいから、ウェスペルに会えたらなって。いやね、本当になるなんてすごいわ。しかもウェスペルまで同じこと考えていたなんておかしいの。本当……」

「アウロラ?」

 一等星が瞬き、粉雪が落ちる時のように光が降った。

「泣いてるの?」

 雪片が月光に照らされたような、夜空で星が煌めくような輝きが、アウロラのまなこにある。

「あ、ら? あ、本当……やだ、でもウェスペルもよ」

「え?」

 言われてふと瞬きをすると、頬に雫が伝っていく気がした。身体感覚は鈍っているが、アウロラが頬を示しているところからするとどうやらその通りらしい。

「やだ気がつかなかった。そんな」

「もうウェスペル、人のこと言えないじゃない」

「だってひとりでに出てきてるんだもの」

「私だってそうよ」

 今度は何がおかしいのか自分たちでも分からない。しかし一度留め具が外れてしまうと止まらない。

 涙が出てくるのをまだ止められずに、同時に囁きほどの笑いがとめどなく溢れる。

 言葉を交わさぬまま、だが満ち足りた想いと共に、くすくすという声が部屋を充していった。

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