二十日目の鐘

 青年に教えられた通り、廊下を進んで一つ折れ、さらに右折する。城の部屋の間隔は広い。角を曲がってから最初の扉をやっと通り過ぎ、前方の床が明るくなっているのに気がついた。部屋から漏れ出る灯火か。

 脚が速まる。胸が高鳴るのを覚えながら、ウェスペルは開け放たれた扉の前で止まった。

 部屋の奥、開いた窓辺に座る後ろ姿を見つけたら、息が詰まりそうになった。黒に近い短髪、細身ではあれよく伸びた四肢、肘をついているのにだらしなく曲がらない背中、それから——

 カーテンがはためき、扉についた鈴が鳴る。チリンという音に反応して、外を眺めていた頭が振り向く。

 こちらに向けられた濃紺の瞳。

「ウェ、スペ……ル……?」

 全てが懐かしくて、愛しい。

「え、何で……本物?」

 ギシ、と椅子が鳴いて、シードゥスが窓辺を離れた。そしてすぐにウェスペルのところまで来ると目を見開いて凝視する。

「本当に、本当にウェスペル……? え、なにこれ夢とか……幻でもなく……?」

「一応、本物みたい」

「どうやって……」

 驚いた顔まで記憶のままで、それに安心すると同時に急に顔を合わせたのを思い出したらどこか恥ずかしくて、ウェスペルははにかんだ。

「何か、来たいなって思ったら……来れちゃった」

「え、あ……」

 まだ混乱しているのか、驚きで言葉にならないのか、シードゥスは口を開けては閉めてを数回繰り返す。その間、見つめられたままでウェスペルもやや緊張が増してくるのを覚えながら、目を逸らさずに言葉を待った。

 一分ほどそうしていたろうか。シードゥスは額に手を当ててしばし沈黙したのち、ようやく再び迷いがちに口を開いた。

「えっと……その………………襟巻き、似合うね」

「何言ってんの?」

 斜め上の切り出しに一気に脱力して思わず突っ込む。

「いや……ほんと俺、何言ってんだろ……」

 そういうとこだぞ、とお決まりの文句が飛び出しそうになったが、シードゥスの顔を見たら引っ込んでしまった。

 穏やかなのに弱々しい、すまなそうな笑顔が向けられ、濃紺の瞳の中に深い後悔が漂う。

「ごめん——あの時は——」

 彼の中で何がこんな表情を浮かばせているのか、言葉にしなくても分かる。痛みは直裁にウェスペルに伝わり、胸が締め付けられる。

 言葉にしようと探しても、自分の気持ちを言うための自分の言葉が見つからない。

 それでも目の前に見る優しさゆえの苦痛は、ウェスペルにも苦しくて。

 そして何より、堪らなく愛しくて。

 立ち尽くすよりも解き放したい。

「『馬鹿もの。いつまでも引きずんな』」





二十一日目の鐘に続く。

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