十八日目の鐘

 大臣の執務室を出たらそのまま天井の壁画を見ながら足を急がせる。淡い色の空を飛翔する天使が微笑んでウェスペルを見下ろし、たなびく雲が先を示してくれている。

 この天井画は鮮やかに記憶に残る。アウロラと初めて城の中を歩いた時も同じ道を通った。

 その時と同じように天井を見上げながら歩かずにはいられず、美しい色彩にため息が漏れる。

「まあこんな時間に何をなさっているんです!」

 突然、後ろから怒鳴られてウェスペルは竦み上がった。だが相手が気にした様子もない。

「そんな格好で……まさか殿下の真似をなさって夜の街にな……あらっ?」

 くどくどと説教を始めた侍女服の女性は、振り返ったウェスペルと目が合うと、口を開けたまま瞳を丸くする。

「ウェスペル様!」

「ソナーレさん!」

 侍女が手を広げて待つところへ駆け寄る。だが伸ばしたウェスペルの手は侍女の手のひらには受け止められず、彼女の手指を通り過ぎてしまった。

「ウェスペル様……? これは……」

「えーと、」

 自力で踏みとどまると、ウェスペルは戸惑うソナーレの真正面に身体を落ち着ける。

「変な話、意識だけ? 来てしまっているみたいで」

「そんなこと……」

 驚愕も無理はない。ウェスペルも半ば夢ではないかと思うくらいである。しかしいまはそんなことよりも喜びが膨れ上がっていた。

 城が危機に瀕したときに会えないままでシレア国を離れてしまったのだ。

「でも良かったです。ソナーレさん、ご無事なのがわかって」

「あの時のことですの? 当然ですわ。シレアの女性は強いのですもの」

 ふふ、と口元に手を添えて笑うのは記憶のままの侍女であるが、その裏にやはり逞しさが窺える。城と主人を守る者が持つ、覚悟のような。

 ソナーレは腰を折るとウェスペルをじっと見つめる。

「ウェスペル様、少し大人びて……あの時のようにお召し替えしてみたかったですわ。アウロラ様にも最近、新しく仕立てましたし」

「お気持ちだけで十分です。ドレスは特別な時だけで良いもの。短い時間だとおもうのでアウロラと話せれば」

「そう……」

 残念そうではあるが、それよりも喜びが勝っているのがよくわかる、和やかな笑みである。

「いつかまたそのお髪を結わせてくださいね。ウェスペル様の今の耳飾りに似合うように」

 そう言ってウェスペルの新しい耳飾りの下へ手を当てがう。

「はい。ソナーレさんみたいに器用になれるように教えてください」

「もう、うまいんだから困りますわ」

 ふふ、と笑い合い、そっと背中を押されて、ウェスペルはまた静寂の廊下を進み出した。

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