十一日目の鐘

 晩秋の紅葉が土を隠すまでに地上を彩ると、次に白銀に世界が変わるまでの間はなんて短いのだろう。裸になった樹々は葉の代わりに光沢のある色糸で飾られ、それらが月と星、そして地上に積もった雪の明かりで輝いて、シューザリーンは冬の夜道でも街路に危険はない。

 城の上階から望む夜の城下町は、活気のある昼とはまた別の平和な空気が漂っている。その中心に聳え立つ時計台の文字盤は、あたかもすぐそばに浮かぶ月の似姿のようだ。

「願い、かぁ」

 窓辺の机に肘をつき、アウロラは鐘楼を眺めた。今日耳に挟んだ異国の伝説では、冬に何者かが願いを叶えてくれるという。

 夜の間に望みが目の前に現れるなど、夢物語である。

 しかしそれが全くあり得ない話だと誰が言い切れるのだろう。

 ——シレアの妖精みたいな力が、他の国にもあるのかしら。

 森に住まうシレアの妖精は、姿が見えずともこの国を守ってくれているという。その力なのか、確かにシューザリーンの時計台は、人の力なくしてその針を一秒たりとも狂わずに進め、時を刻み続けている。

 人智を超えた力は確かに存在し、秩序を生み出し、その秩序が人々の営みを保つ標となる。星の巡りと、季節の移り変わりも同様だ。

 もし本当に、真冬の願い事が一日だけ——一夜だけでも叶うのであれば。

「会いたい、なぁ」

 鐘楼を斜め上から照らす白月は、あとわずかで満ちる。

 新月に起こった奇跡が再び繰り返すことは、無いだろうか。

 ——ウェスペルの世界にも、その奇跡の言い伝えはあるの?

 虚空に投げた問いかけに答えはない。

 夜空に囲まれ、文字盤の白さが映える。その上で、薄桃色の宝玉が瞬いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る