三日目の鐘
城の朝は早い。
使用人が硝子の窓を開ければ秋の冷えた風が入り込み、静まり返った夜の空気を動かしていく。そうやって城中を風が巡るなか、勤務する官吏も早々と仕事を始めていた。
中でも一番の早起きは、勤続何年かもはや誰も知らぬ大臣だろう。常々、朝は上機嫌で城の廊下を闊歩する彼であるが、今日はその足跡が鋭く響く。
「ロス、殿下と姫様はどちらにいらした」
バタン、とこの老人らしくもなく乱暴に扉が開けられるが、呼びかけられた部屋の住人は振り向きもせず「知りませんよ」と返した。
「どうせお二人してまた城下にでもいらしてるんでしょう。自分がお部屋へ行った時にはすでにもぬけのカラです」
すでに一通り憤った後の人間に特有の、投げやりにも見える仏頂面である。
しかし老人はまだ一通り憤っていない。
「このたわけが! なぜまたお出かけになる前にお止めしない!」
「止めて聞く人間ですか! できるもんならまずご自身で成功してみせてから仰ってください!」
至極真っ当な抗議ではあるが、大臣はそばに丸めて置いてあった羊皮紙を素早く取るや、王子側近の癖毛頭を一打ちした。
「えぇい、主人の行動は側近たるものいつなんどきでも把握できぬでどうする、この青二才が!」
叩かれた他称青二才は「痛え」と漏らしたが、こういう時だけ大臣の聴覚は鈍るらしい。
「まったく殿下も姫様も従者がこの調子では心配になるではないか。この私が何年間お前を指導したと思っておるのか。あのお二方はお妃様がご存命の時から……」
「……ならほんとまず自分で止めやがれクソジジイ……」
「止まるものなら止めてるわ!」
従者にとっては理不尽極まりない状況であるが、これもまた、朝の風景である。そんな従者にあたたかな労いの言葉はあるのだろうか。
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