第18話 ゾンビだけあって腐ってる

 そんな焼却炉の外……すなわち、死体安置室ではサンド・イィィッ!チコウ爵が床に転がる自分の頭を探して徘徊していた。

「頭どこダニィィィイイ……頭どこダニィィィイイ……ダニィィィイイ……」

 だが、頭がない=視界がない……とあって、どうにも自分の頭が見つからないのだ。

 仕方ないので、手に持っているお登勢の首が入った瓶を首の上に載せてみたのだが……

「やっぱり見えないダニィィィイイ……ダニィィィイイ……ダニィィィイイ……」

 と、当然の結果www

 だって、その首にはゾンビにするカエルの目玉が入っていないのだからwww

 いや、そもそも、それは首ではなくてただの写真www

 だから、視神経が繋がるわけは断じてなかったのであるwwww

 ということで、助けを求めて泣き叫ぶサンド・イィィッ!チコウ爵

「ルリ子ちゃん!タスケテダニィィィイイ! 頭がないダニィィィイイ! タスケテダニィィィイイ!」

 ちなみに、皆さん、分かっていると思うが、泣き叫んでいるのは床に転がっているサンド・イィィッ!チコウ爵の頭の方。

 頭がない胴体は泣き叫ぶこともできずに、静かに四つん這いになって頭を探し続けております。

 で、その転がるサンド・イィィッ!チコウ爵の視界……すなわち、世界が90度に傾いた世界に何かがわずかに動いたのだ。

 そう、サンド・イィィッ!チコウ爵の顔は死体安置室の入口に向いていた。

 その視界に映るのは今だ開け放たれた死体安置室のドア……そして、その先にはまっすぐに伸びる廊下が蛍光灯の点滅によって浮き沈みしていた。

 先ほどからそんなドアの影から何かの視線をヒシヒシと感じるのである……

 徐々に恐怖で顔が引きつるサンド・イィィッ!チコウ爵。

 この状況を誰かに見られようものなら、ゴキブリのように頭を足で踏みつぶされかねない……

 そうなると、二度とルリ子としゃべることも、見ることもできなくなるのだ。

 ――そんなのイヤダニィィィイイ!

「ルリ子ちゃん!助けてダニィィィイイ! 何かが!そこにいるダニィィィイイ!」

 だが、目から涙がこぼれ落ちようと彼の視界は動かない……いや、動けない。

「ひぃぃぃぃいいいい!怖いダニィィィイイ!」


 ――ひぃぃぃぃいいいい!

 一方、ドアの影に隠れていた視線も恐怖におののいていた。

 そう、この隠れている視線、何を隠そうタカトだったのである。


 このちょっと前、タカトは恐る恐る一階から地下へと通じる階段を下りていた。

 そこに延びるのは薄暗い廊下……

 蛍光灯がジージーと音を立てては点滅を繰り返す……

 この雰囲気……どう考えてもお化けが出てきてもおかしくない……

 さんざん蘭華にゾンビが徘徊すると驚かされた恐怖でタカトはションベンが漏れそうになるのを我慢していた。

 そんなタカトは廊下の奥に向かって歩き始めた。

 内股をキュッとしめ、ゆっくりと……ゆっくりと……

 その廊下の突き当り……一つのドアが開いていた。

 しかも、中から何やら声が聞こえてくるではないか……

「……いぃぃ…………いぃぃ…………いぃぃ……」

 ――もしかして、誰かいるのか?

 そういえば……先に階下に降りて行った立花はどこにったのだ?

 もしかしたら、立花はあの部屋に隠れているのかもしれない。

 ということは、あの部屋から聞こえてくるうめき声のような声は立花のモノなのだろうか?

 部屋に近づくにしたがって声はドンドンと大きくなってくる。

「いぃぃ!…………いぃぃ!…………いぃぃ!」

 それはまるで敬礼の掛け声のようにも聞こえる。

 はっ! もしかしたらあの声は仮面ライダーに出てくるショッカーの掛け声なのか⁉

 確かに黒い服を着た戦闘員たちは「イィィィィ!」という声と共に片手を高らかとあげていた。

 という事は……立花もまたショッカーの戦闘員だったのだろうか?

 ――って、こんな病院の地下に悪の秘密結社なんてあるわけないだろうが!

 しかも、先ほどよりもはっきりと聞こえてくる声の調子からして、どうにも立花のジジイとも違うような気がするのだ。

 ならば一体……

 ――誰がうめいているんだ?

 ドアの影に隠れて、そーっと中を覗き込むタカト……

 だが、そんな彼の目に映ったのは……

 ――ひぃぃぃぃいいいい!

 そう、床に転がる一つの頭!

 しかも、こちらを見ながら口まで動かしているではあ~りませんか!

 もう!頭はパニック!

 ションベン漏れそう!

 だが、これでもタカトは男の子!

 しかも、あらかじめ蘭華によってゾンビの存在を聞いていた分、びっくりの度合いは思ったよりも少なかった。

 そのため、かろうじて、ションベンを漏らすことは免れたのだwww

 ――あれ! どう見てもゾンビだよな! 絶対、あのメスガキが言っていたゾンビにちがいないよな!


 一方、その頃……立花はといえば……

「来た! ついに来た! 我が世の春がついに来た!」

 とスキップを踏みながら病院の正面玄関へと走っていた。

 ……思い返してみれば、この10年……ルリ子によってベッドに拘束され続けた立花は室外を自由に出歩くことなどできなかった……

 まぁ、たまに運よく拘束が外れて逃げ出したとしても、死体安置室の壁にその行く手を阻まれ、すぐにルリ子に捕まった……

 ――もう、同じ轍は踏むわけないだろうが!

 立花は知っていた!

 地下に逃げ場はないことを!

 それが分かっているからこそ、地下には逃げずに正面玄関へと走ったのである!

 ――これで俺は自由だ! 自由になるんだ!

 何度願っても叶わなかった退院という名の自由。それが今、叶うのだ!

 まぁ、退院といっても自分勝手な自主退院ではあるが、それは今の立花にはどうでもいいこと。

 目の前に横たわる正面玄関のガラス戸を押し開ければ! そこはもう外の世界!

 拘束の無い自由な世界なのだ!

 フリ――――――――――――――――――――――ダム!

 ――俺は蝶になる!

 立花は力一杯にガラス戸を押し開けた!


 がチャ……


 だが、ガラス戸は開かない……


 ならば! 押してダメなら引いてみろ!

 ということで、今度は思いっきり引っぱってみた!


 がチャ……

 やっぱり、ガラス戸は開かない……

「くそぉ! どうしてなんだ!」

 あきらめのつかない立花はガラス戸をガシャガシャと前後する。

 どうやらこのガラス戸……鍵がかかっているようなのだ。

 立花は、急いで時計を見た

「しまった! もう三時か……」

 そう、病院の面会時間は三時まで……

 それを過ぎると、部外者の立ち入りを拒むかのようにオートロックがかかるのである。

 というか……今、ふと思ったんだけど……以前、拘束が外れたとき、地下に逃げずに正面玄関から逃げてたらよかったんじゃないの?

 そう、あの時も三時を過ぎていた……

 だから、仕方なく地下に身を隠したのだ……

 それが、今回もまた同じことになろうとは!

 ――また、今回も地下に身を隠すか?

 いや、それでは前回同様にルリ子に捕まってしまう。

 ならばどうする……

 ――いや、今の自分はあの時のおいぼれなどではない!

 そう、今の立花の下半身はミーニャたんのエロ本を読むことによって若き血潮が燃え滾っているのだ!

 うん? それはお菊さんに見せられた熟女物のエロ本のせいなのではwww

 そんなことはどうでもいい!

 ――やればできる! やらねば出来ぬ! 何事も!

 立花は、ロビーに置かれた傘立てを持ち上げてガラス戸に投げつけた!


 ガシャーーーン

 激しく砕け散る!


 傘立て……

 ガラス戸はびくともしていなかった……

 そう、だってwwwこのガラス戸は防弾ガラス!

 対戦車ライフルの直撃すらも完全に防ぐのである!

 って、ここは要塞か!


 ならばと!

 立花はその身をもってガラス戸に体当たりをくらわした!

 グシャ……

 肉のつぶれる音がした……


 でもって、地下の死体安置室の中でも

 グシャ……

 肉のつぶれる音がしていた……


 このほんの少し前……

 安置室のドアの影から覗いていたタカトは、事もあろうかゾンビの頭に話しかけたのだ。

「あの……すみません……あなた様はゾンビ様ですかぁ~」

 って、普通、ゾンビが「ハイ!ゾンビですww」って答えるとでも思っているのだろうかww

 だから、当然、帰ってきた言葉は「違うダニィィィイイ! ゾンビと違うダニィィィイイ! 私はサンド・イィィッ!チコウ爵ダニィィィイイ!!」であった。

 まぁ、タカトにとってサンド・イィィッ!チコウ爵が何なのかは分からないが、ゾンビよりもヤバい存在である事だけは分かった。

 そして、分かったのはそれだけではない。

 というのも、部屋の中をよくよく観察すると、ゾンビの体とおぼしきものがはいつくばって頭を探しているのだ。

 という事は、あの体には視力がないという事なのだろう。

 で!

 転がる頭の方はというと、見たり喋ったりできたとしても腕がない!

 という事は、首のない胴体も、転がる頭も、たとえその存在がゾンビであったとしても何もできやしないという事なのだ!

 ヤバいwwww ヤバすぎるwwww

 コイツら超ザコい!

 もう、その事実を理解してしまえば怖いことなどありゃしない!

 こう見えてもタカト君! 強い奴にはめっぽう弱いが、自分よりも弱い奴には滅茶苦茶強いのだwwww

 で、転がる頭の前でタカトはウンコず割をしながら見下した視線を送る。

「フーン、そのサンド・イィィッ!チコウ爵さまが、ここで何してるん?」


 一方、サンド・イィィッ!チコウ爵は生きた心地がしない。

 目の前の少年の意地悪そうな笑み……どう見ても善人には見えないのだ。

 このまま、ゴキブリのように踏みつぶされかねない。

 そうなれば、いかにゾンビといえども頭は体に引っ付かないのである。

 だが、人は見た目で判断してはいけない……

 ルリ子だって、見た目はガングロコギャルであるが、その献身的な看護はプロの看護師をも凌駕する。

――もしかしたらダニィィィイイ……この少年だってダニィィィイイ……イイ人かもしれないダニィィィイイ……

 と、一縷の期待を込めて、サンド・イィィッ!チコウ爵はタカトに懇願する。

「助けてダニィィィイイ! 首を体に引っ付けて」

 グシャ……

 言葉半ばにして、サンド・イィィッ!チコウ爵の頭は無情にもタカトに踏みつけられた。

 鬼!

 鬼畜!

 人でなし!

 って、ゾンビは人じゃないんだもん!

 ゴキブリだって見つけたらすぐに踏みつけるだろ!

 え? 踏みつけない?

 掃除機で吸うか、殺虫剤をかけるかだって?

 そんなもの、この死体安置室の中にあるかよ!

 ということで、タカトは踏みつぶした足をそーっと持ち上げた。

 糸を引く肉片……

 さすがゾンビだけあって腐っている……

 そんな肉片の中で目玉だけがギョロギョロ動いていたのにはさすがにビビった。

 だが、ビビったのはそれだけではなかったのだ。

 というのも、怒り狂ったゾンビの体があたりかまわず暴れ出したのである。

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