第17話 秘密の通路

 しかも、もう一つ……

 この部屋には、ホルマリン漬けの頭はあるが体はないのだ。

 もしかして、燃やした?

 ――死人の首でさえ融合加工に使うあの糞野郎が?

 素材として使える死体を簡単に燃やすことなど考えられない。

 ――ならば、この焼却炉は何なんだ?

 確かに、ルリ子はツョッカー病院に赴任すると、院長から「せっかくこの焼却炉を作ったんだから、これからはちゃんと死体を燃やせよな!」と教えられた。

 実際に、引き取り手のない遺体を燃やした。

 だが、それも数体の事……

 それ以降は、この死体安置室の状態を維持するため、死体は焼却せずにそのままベッドに放置してきたのである。

 だから、ベッドにはミイラがいっぱいwwwまぁ、ミイラになってしまえば燃えるごみとして出せるので手間はないといえば手間はないので問題はないwww


 だが今、焼却炉をよくよく見直してみると、今まで気づかなかったが、ほとんど使われた形跡がないではないか。

 それもおそらく、ルリ子が使ったときの名残だろう。

 ――そういえば、今にして思い返してみれば……

 ルリ子が使う以前の焼却炉は……

 ――ススがついていなかったような気がする。

 そう、院長が「無駄なもの作りやがって!」と腹を立てるぐらいに黒光りしていたのだ。

 もしかして、デスラーが副院長をしていた時には、死人が全く出なかったのだろうか?

 いやいや、それならここに並ぶ首は何なんだ?

 首がある以上、体もあるはず。

 でも、それがない……

 体だけ引き取りに来た?

 いやいや、普通の遺族なら、死体に首がなければブチギレものだ。

 ならば、死体は引き渡していない……

 しかも、焼却炉でも燃やしてない……といういうことは!

 ハッと気づいたルリ子は焼却炉に駆け寄った。


 片開きの重い鉄の扉。

 使っていないはずなのに、なぜか少し隙間が空いていた。

 ルリ子は恐る恐るその扉に手をかけた。

 黒光りするその重さのわりに音もなく開いていく。

 ルリ子は開いた入口に頭を突っ込みのぞき込む。

 中は真っ暗……一切の闇。

 だが、不思議なことにあのスス臭さがあまりしない……

 それどころか、何か奥からフワッと流れてくる空気が頬を撫でるのだ。

 ルリ子は夜間巡回用に持ち歩いていたランプを取り出すと、再度中を覗き込み自分の体を乗り入れた。

 灰を落とすために隙間の空いた格子床の上を四つん這いになりながら明かりを先頭に這いずる。

 狭い焼却炉。ほどなく正面の壁にぶつかった。

 ――絶対にここに何かあるはず!

 そんな確信にも似た予感を確かめるため、目の前のレンガをコンコンと叩く。

 だが、何もない……

 ――ならば右は?

 ルリ子は焼却炉の左右の鉄の壁を確かめる。

 だが、焼却炉の脇に何もないのは外から見ただけでも理解していた。

 ――……絶対にここにあるはずなんだ……

 それでもあきらめられないルリ子はあたり一面をドンドンとどつき始めた。

「くそがあぁぁぁぁあぁ!」


 そんな時、焼却炉の外でサンド・イィィッ!チコウ爵が声を上げた。

「あっ! 思いだしたダニィィィイイ!ダニィィィイイ!ダニィィィイイ!」


 慌てて焼却炉からルリ子は飛び出した。

 当然、焼却炉の中に入った彼女の顔は真っ黒クロ!

 そして、身に着ける白衣も真っ黒くろ!

 に、なっていなかった。

 そう、焼却炉の中に入ったにもかかわらず、白衣は白いままだったのだ。

 って、なんでやねん!

 すでにルリ子がこの焼却炉で何人かの遺体を焼いたんだったら、当然、その中はススで汚れているのはず。

 それなのに、焼却炉の中はススひとつ汚れていなかったのである。

 それはだれかが念入りに掃除をしたかのよう。

 まるでこの空間を人が使うかのようにきれいにしてあったのだ。

 って、なら、ルリ子の顔だけが黒いのはどういうことよ!

 え? ルリ子の顔が黒いのは元からやんwwwwもしかして、忘れとった?


「忘れとったダニィィィイイ! 忘れとったダニィィィイイ! 忘れとったダニィィィイイ!」

 そういうとサンド・イィィッ!チコウ爵は壁の棚に置かれている一つのビンを取り上げた。

 そのビンには年増の女の顔が入っている。

 というか……この顔……どこかで見たことがあるような……

 って、お登勢じゃん!

 そう、お登勢とはホテルニューヨークに勤めている女奴隷なのである。

 ホテルニューヨーク……それはワンコインで入浴サービスが受けられるという奴隷宿。

 その安さもあって開業から60年という節目を迎えていた。

 だが、年月とは残酷なもので……かつて10代の瑞々しかったお登勢のお肌も、齢70を超えるころにはカサカサになっていた……

 だが、その見てくれは悪くなろうとも、女帝の名を欲しいままにしてきたそのテクニックは衰えない!

 いや、老いてますます盛ん!といっても過言ではなかった!

 その凄さといえば!

 一見の童貞客などはお登勢のひとにらみだけで、ほぼ瞬殺!

 常連の勇者であっても5秒と言わず撃沈するのだ!

 そう!誰もお登勢のロックオンからは逃げられない!

 いかなる敵でもかならず撃墜!

 それはまさに!ホテルニューヨーク開業当初から現在に至るまでを支えぬいてきた双発戦闘機 百式司令部偵察機!

 ……って、そういえば……一人セレスティーノの旦那だけはお登勢のロックオンから逃げ通したよなwwwま、いいかぁwww

 そんなお登勢の顔がビンに入ってキラキラシールのごとく金色の光を放っていたのである!


 というか……いつお登勢さん、死んだっていうの?

 いや……死んでないよね……うん! 死んでない!

 ということは、この首は一体何なのよ?


 当然、不思議に思ったルリ子はサンド・イィィッ!チコウ爵が持ち上げるガラス瓶をマジマジと下から覗き上げた。

 ⁉


 ――このビン……首が入っていない!


 そう、ビンの下から見て初めて気がついたのだ。

 この中身……よくよく見るとガラス面の内側に写真が貼ってあるだけ。

 しかも、ビンの屈折率を考慮して横に間延びさせたもののようなのだ。

 そのため、横からビン越しに見ると、さも、ビンの中に首が入っているように見えていたのである。

 だが、透明なビンの底から見れば一目瞭然!

 本来、首が入っていればその影が見えるのだが、ホルマリンの透き通る色だけが見えていた。

 すなわち、コレ! 何も入っていないのだ!


 だが、そんなお登勢の写真が入ったビンが、なぜ、わざわざ他の首と一緒に棚に置かれているというのだ?

 もしかして、このビンには秘密の通路の入り口につながる隠しボタンでも隠されているのだろうか?

「お父さん! 早く! ボタンを押してよ!」

 待ちきれない様子のルリ子はサンド・イィィッ!チコウ爵を急かした。


 だが、サンド・イィィッ!チコウ爵はキョトン。

「ボタンって何ダニィィィイイ! ダニィィィイイ!ダニィィィイイ!」

「え? これが秘密の通路につながるんじゃないの?」

「え? 何言っているダニィィィイイwwww そんな訳ないダニィィィイイwwwwもしかして、頭悪いダニィィィイイwwww」

 ケラケラと大笑いするサンド・イィィッ!チコウ爵。

 当然、カチーん!

「何!笑っとんじゃい! この糞野郎が!」

 バキ!

 っと、再びルリ子のアッパーカットがきれいに入った!

 三度、サンド・イィィッ!チコウ爵の頭が地に落ちる。

 そして、フラフラと揺れる首を無くしたゾンビの体。

 そんな体が前のめりに倒れこもうとした時、とっさにその手が焼却炉のレバーをつかんだのだ。

 ガっこん!

 レバーが下がるとともに焼却炉の内部から大きな音が響いた!


 レバー……って、お登勢の首……関係なくない?

 というか、お登勢の首、いや、お登勢の写真って何なのよ!

 え? それはデスラーの趣味!

 というのも、デスラーはお登勢に恋心を抱いていたのである。

 (L!O!V!E! お!と!せ! byデスラー)

 それはもう!アイドルの追っかけ並みの熱の入れよう!

 (女は! 年を取ってからが美しい! byデスラー)

 (って、いくら何でも取りすぎだろ! byタカト)

 だからこそ、サンド・イィィッ!チコウ爵はルリ子の執念を見たとき、ついついデスラーの執念のような執着を思い出したのである。

 って、やっぱり、関係ないじゃんwwww


 そんな関係ないものはどうでもいい!と言わんばかりに、ルリ子は急いで焼却炉の中を覗き込んだ。

 すると、さきほどまで焼却スペースと灰を受ける空間とを区別していた鉄格子がせり上がっているではないか。

 だが、今度は先ほどとは異なり、下へと落ちる真っ黒な空間が口を開けていた。

 ルリ子は再び焼却炉の中に潜り込むと、その空間へと足を下す。

 そこは本来、焼却した灰を受ける場所。

 すぐに足がつくと思っていた。

 だが、底を探そうとしても足先には何も感じない。

 だが、ついに先ほどから宙をグルグルと回っていたつま先が何かにコツンとぶつかったのだ。

 どうやら、それは金属製のはしご。

 ――なぜ、焼却炉の中にはしごが?

 ふと疑問に思ったが、それはすぐに確信へと変わる。

 ――梯子があるという事は……この下に秘密の通路があるという事……

 そんなルリ子はためらわずに梯子を下り始めた。

 

 ついに底に降り立ったルリ子は上を見上げた。

 どうやらかなり降りてきたようで、はるか上には焼却炉の中に入り込んできた部屋の薄暗い明りがうっすらと見て取れた。

 夜勤用のライトで照らしだされた周囲は石積の壁。

 どうやらこの作り、ここは水の枯れた古井戸の底のようである。

 そんな壁面にポツンと一つ人一人が通れそうなほどの横穴が開いていた。

 ルリ子はその横穴に明かりを突っ込む。

 だが、光は闇に飲み込まれ消えていく。

 ――クソっ! この横穴……どこまで続いていやがるんだ……

 壁面に映し出される光の反射が伸び縮みするたびに、なにか得体のしれない怪物がその横穴の奥にうごめいているかのようにも思えた。

 いつしかルリ子の背中に恐怖という名の汗が流れ落ちていく。

 だが、ここまで来て引き返せない。

 そう、おそらく、ビン子もまたこの奥へと連れていかれたはずなのだ。

 ――そして、お父さんの頭もまたこの奥に!

 ルリ子はゆっくりと、金属バットを引きずりながら一歩一歩と暗闇の横穴に足を踏み入れはじめた。

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