第6話 立花どん兵衛!脱走計画!
でもって……玄関先にポツンと残されたコウエン……
「僕は……いったい……どうしたらいいのでしょう……」
先ほどまで柱の陰に隠れていた蘭華と蘭菊の姿もすでに消えていた。
本当に一人ぼっち……
もう……寺に帰ってもいいような気がするのだが……なぜか、あの二人の幼女のことが気になって仕方ない。
というか、タカトとビン子の事も何やら面白そうなのであるwwww
――ダンスバトルといい、ホント退屈させない奴らだwww
ということで、コウエンは食料の入ったかごをヨイショと背負いなおすと、ショッカー病院のガラス戸をくぐった。
そして、ロビー内で律義にスリッパに履き替えようと探してみたのだが、どうやら院内は土足でいいらしい……ということで、「お邪魔します……」とタカト達が走って行った方向へと歩き始めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……やっと追い詰めたぜ! ジジイ! 覚悟しやがれ!」
肩で息をするタカトはツョッカー病院の屋上に立っていた。
そこは四方をフェンスで囲まれた平らな広場。
学校などの屋上でよく見る光景だ。
そんな屋上の端……フェンスに背を預けるようにしてジジイが奪ったカバンを胸にしっかりと抱きかかえながらタカトを睨みつけていた。
「お前らのせいで! わしは! わしは!」
唾を飛ばしてまくして立てるジジイの眼からはなぜか涙がボロボロ。
もう、そんな姿を見てしまうと、普通の感性であれば可哀そうに思えてしまうことだろう。
当然、タカトもジジイ想いだ。
ジジイに対してはひとかたならぬ思い入れがある。
――ジジイにかける慈悲などねえ!
そんなタカトはバキバキと指先を鳴らし目の前のジジイをここぞとばかりに威嚇しはじめた。
おそらくタカトの奴……日頃、権蔵に対して鬱積されたイライラをこの際、目の前のジジイにぶつけようという魂胆なのだ。何というジジイ想い!
そして!何といってもタカト君! 強いやつにはめちゃめちゃ弱いが、自分よりも弱そうなやつにはめっぽう強いのである。
目の前にいるのはよぼよぼのジジイ!
階段から飛び降りてダッシュすることができるとはいえども、所詮はジジイである!
――こんなジジイに俺が負けるわけはない!
だが、そんな時、気づいたのだ。
――というか、『お前らのせい』?
そういわれてみれば、正面玄関のロビーでも、このジジイはタカトの名前を知っていた。
――はて? なんで?
首をかしげるタカト。
そう、タカトは目の前のジジイと会うのは今日が初めてのはずなのだ。
当然、名前すら知らないジジイである。
だからこそ、心おきなくぶん殴れるというものなのだ。
それが……お前らのせいと言いやがる。
ということは、どこかでこのジジイと会ったことがあるのだろう……
しかし、懸命に頭をひねってみても分からない。
過去の記憶をたどってみてもそれらしい顔が思い浮かばないのだ。
まぁ、それも仕方ない。
タカトにとって女性(美女限定)の顔は瞬時に記憶に刻まれる。それに対して男の顔など記憶容量の無駄遣いでしかない。そして、ジジイに至っては検討する価値すら存在しないのである。
だから、タカトが覚えてなくてもしかたない。
だが、ビン子はどうだ? 常に一緒にいるビン子なら、このジジイの顔に見覚えがあるかもしれないのだ。
ということで、タカトは背後へと振り返りビン子に尋ねた。
「なぁ、ビン子、このジジイ……」
と言いかけたところでタカトの言葉は止まった。
そう、いつもタカトの側にいるはずのビン子の姿がなかったのである。
もしかして、迷った?
いや、この屋上までは一本道、迷うことなどあり得ない。
ということは、たんにダッシュのスピードに追いつけなかっただけだろう。
――まぁ、そのうち、きっと来るでしょう。
ということで、タカトはジジイの事を思い出すのをあきらめた。
「ジジイ! とりあえず、そのカバンを返せ!」
タカトは一歩足を踏みだすと手を伸ばした。
だが、ジジイは目をとんがらせて声を大きくする。
「ジジイではないわ! ワシは立花どん兵衛! 忘れたのか!」
そうか、そうか、このジジイは立花どん兵衛というのかwww
って、カップうどんである日清のどん兵衛ならいざ知らず、立花どん兵衛なんて今まで見たことも聞いたこともありませんwww
だから、当然、タカトの返答は、
「知るか! ボケジジイ!」
と、けんもほろろに言い切った。
よほどショックだったのだろうか、それを聞いた立花は手に持っていたカバンをボトリと落としてしまった。
大きく開いた口から飛び出たリンゴが硬い屋上の床を転がっていく。
だが、そんなリンゴに気を配ることもなく立花は、ドッと膝をつくと顔に手を当ててオイオイと鳴き始めたのだ。
「お前たちさえ……お前たちさえ……いなければ、わしはこんな惨めな老後を過ごさずに済んだのに……」
意味が分からない……だが、さすがにジジイなどくそくらえと思っていたタカトであっても、この状況下で立花をどつく勇気など持てるはずはなかった。
――仕方ねえな……
タカトは、立花にそっと近づくと、その肩に手をやり優しく尋ねはじめた。
「何があったのか知らないけれど……ジジイ……俺でよかったら話を聞くぜ……」
その途端、手で隠れていた立花の顔がパッと上がった。
その満面の笑み。よほど、なにか話したかったのだろう。
まぁ、確かに病院生活なんて、見舞いでも来ない限り話す相手すらいないのがふつうである……何の刺激もない退屈なところといっても過言ではない。
しかも、立花の話によると、入院早々からベッドに縛り付けられる拘束生活が続いていたそうなのだ……
それも10年……10年間もである……
立花は特に体のどこが悪いという訳ではなかった。
いや、確かに入院の原因は、どこぞのバカ女が作った!『1.21ジゴ(く)ワット!腰抜けマクフライバーカー糞野郎!』という名のハンバーガーに含まれた毒物を食らったことによる体調不良。
だがしかし、それもすぐさま吐き出したことによって、その日のうちに回復したのである。
ならば、なぜ、立花は10年もの間、入院生活を送らなければならなかったのだろうか……
それは語るも涙……聴くも涙の話……
というのも、立花は働きたくなかったのだwwww
働いたら負け! まさに!それを地で行く考え方!
だが、残念ながら、この世界に生活保護などありえない!
ならば、取る方法は自ずと限られてくる。
おそらく立花と同じような考えを持つ者の中のは、犯罪に走り投獄を望むかもしれない……実際に、日本という国ではそういった人たちがいるのも事実なのだ……
しかし、ここは聖人世界の融合国……
投獄先が三食昼寝付きなどという甘い現実などありえない。
罪人として奴隷以下の身分に落とされ、門外の駐屯地で死ぬまでこき使われるのがオチなのだ……だが、それでもまだ命があるだけマシな方……最悪、融合加工の人体実験や、魔物の餌などに使われて命を落とす。ただ、嫌われ者の緑女と違っていたのはその肌に触れても人魔症を発症しないと思われていること……だから、好色な男にとっては格好の慰み者になっていた……そう……罪人には人権などないのである。
だが!当然ながら! 病人は罪人とは違う!
これはどこの世界線でも同じこと!
だからこそ、入院すれば病気が治るまでちゃんと看病してくれるはずなのだ。
そう! それは三色昼寝付きの甘美な世界。
美人のナースによる至れり尽くせりのハーレム世界www
そんな世界だと思っていた……
そう思って……わざわざ無理に騒ぎたてて入院までしたのだ……
それがどうだ……
実際には……暴力ナースによる拘束の毎日……
だって仕方ない……ここは神民病院などではなくツョッカー病院……この世界の最下層に位置する病院なのだから……
鉄格子のはめられた病室の窓には汚れたカーテンがかかっていた。
おそらく、その窓は一度も開けられたことがないのだろう……
その証拠に天井の隅には黒いカビがこびりつき、部屋の空気を重くどんよりとこもらせている。
こんな所にいたら治る病気も治らない……誰もがそう思えるほど、劣悪な環境であった。
だからなのか、一つのベッドの上では仰向けに横たわる患者の顔には白い布がかけられていたのだ。
布の脇から見えるボロボロに乾燥した肌……食事もろくに与えられていなかったのかもしれない……
そんな亡くなった男の横では、まだ、生きている患者が一人騒いでいた。
「ルリ子! 放しやがれ!」
ベッドの上で懸命に唾を飛ばす立花。
しかし、脇に立つルリ子は我関せずの様子で粛々と点滴の作業を続けている。
立花は横に転がる患者の様子を見ると恐怖を感じずにいられなかった。
仕方ない……横には死体が転がっているのだから、普通誰でもいい気はしないモノだろう。
だが、そんな生易しいものではない。
というのも、この死体……すでに死後、3か月たっているのである。
そう、そのままズーッとベッドの上で放置されたままなのだwww
本来、3か月という時間が経てば、その死体は腐り溶けだしてもおかしくないはず……なのだが……なぜかミイラ化していたのである。
もしかしたら、今、ルリ子が自分に打とうとしている点滴が影響しているのかもしれない。
そう思うと、立花は居ても立っても居られなかった。
「もういい! わしは退院する!」
だが、ミイラ男のようにベッドに拘束された立花の体は動かない、いや、動けない。
しかし、このままでは、本当にミイラになってしまいかねないのだ。
――いやだ!
と思う立花は最後の手段に打って出た。
「そうだ! 金はいいのか! 入院費がいるだろうが! だが、俺はこの状態! 入院費など払えるわけないだろうが!」
そう、ここはツョッカー病院! 金には超!汚い!
入院費が払えない患者は、いかに重病であろうともたたき出す!それがここのポリシーなのである。
だから、立花はそれを逆に利用して、自分の退院を迫ったのである。
だがルリ子はフッと鼻で笑うと、「入院代? そんなもの、ちゃんともらっているに決まっているだろ! だ♡か♡ら♡ 安心して死にやがれ! このう〇こ野郎!」
さげすむような視線を立花に送ったのである。
そう、立花の入院費は毎月ちゃんと支払われていた。
いったいなぜ?
というか、誰が支払っていたのだろうか?
そして、今日は月末……その入院代の支払期限なのである。
そのためか、先ほどからルリ子はイライラしていた。
昼間だというのにやけに薄暗い廊下。
切れかかった非常灯の点滅が余計に薄気味悪く感じてしまう。
そんな廊下の一本道をカラカラカラ……
ゆっくりと歩くルリ子の背中が引きずる金属バットが床をこすっていた。
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