第5話 ツョッカー病院のモンペ対応

 相変わらずさげすむような目でタカトとビン子を見ているルリ子は、まるで汚いものでも触るかのように嫌々そのカバンをつまみ上げた。

「おい! ウ〇コ野郎! お前も懲りないな! こんなことしてなんの足しになるって言うんだ!」

 

 タカトは立ち上がろうと膝をつくと、ルリ子を睨みつけるかのように見上げていた。

 しかも、その唇は強くかみしめられ、小刻みに震えていたのである。

 その態度……

 その様子……

「だって……」

 おそらく、ルリ子に何か言いたいことでもあるのだろう。

「だってぇぇ♡ ルリ子さんに会えるんですからぁぁぁぁwww」

 立ち上がると同時に再びルリ子の胸に飛びつこうとするタカト。

 タカトはどうしてもルリ子のオッパイをもみたかったようなのだwww


「いい加減にしろ! このウ〇コ野郎!」

 だが、タカトの手が目の前のオッパイに触れるよりも早く、今度はルリ子のかかと落としがタカトの脳天を直撃した。

 ズゴーーーーン!

 そのスピードたるや、ビン子のハリセンも凌駕する。

 今やビン子のハリセンなどは その行き場を失い恥ずかしそうにゴルフのスイングをしている始末だったのだ。

「ふぁぁぁぁあぁぁ」

 もしかしてOBすか?ビン子さんwww


 ホールの床の石畳が無残に叩き割られていた。

 そういわれてみれば、そこかしこに割れた跡……もしかしたら、こんなことが以前にも何回かあったのだろうか。

 そして、一つのタイルに今しがたできたばかりのひびが刻まれていた。

 そのひびの中心にはタカトの頭が転がっている。

 ――今日も黒だったか……

 そう、脳天への直撃を食らったタカトは再び床の上でつぶれていたのだ。

 その様子はスリッパで叩かれた黒ゴキブリのように無様……

 だが、タカトの名誉のためにコレだけは言っておこう。

 タカトはエロい気持ちでオッパイをもみたいわけではないのだ。

 そう、夢に出てくる金髪の女神……

 それは幼き頃、母によって崖から落とされ瀕死となったタカトを救ってくれた女神である。

 その女神の唯一の手掛かりが、頬にあたっていた胸の感触……

 あの感触をたよりに、女神を探していたのである。

 もう一度会って、お礼を言いたい……もしかしたら、そんな気持ちだったのかもしれない。

 そう、ルリ子の髪もまた金髪のツインテールだったのである。

 って、あの女神さまの顔……どちらかというと、透き通るような白……こんなに黒くなかったよねwww……というか、神様の瞳の色は金色。でもってルリ子の瞳は人間だから黒! どう考えても別人やんwww

 ――そんなこたぁどうでもいいんだよ! 俺はオッパイが揉めれば誰だっていいんだぁぁぁぁぁぁ!(byいまだかつてオッパイというものを一度も揉んだことがない童貞タカト 心の叫び……いや、絶叫!)


 って、こいつやっぱりただの変態やんwww

 今だロビーに入ることなく入り口の外でその一部始終を見ていたコウエンにはタカトの下心がよく分かった。

 というのも、コウエンは万命寺の修行僧である。

 万命寺とは修行の一環として万命拳を修める寺なのだ。

 たとえ女のように体の線が細いコウエンであったとしても、日々、厳しい万命拳の修業を行っている。

 だからこそ、その刹那のタカトの動きがしっかりと見えていた。

 そう、ルリ子がタカトの頭にかかと落としをお見舞いしようとしたその時!

 タカトは防御姿勢をとるどころか、さらに顔を前へと突き出したのである。

 その後、頭上に落ちてくる衝撃のことを考えれば、当然、体は本能的に防御姿勢をとろうと硬直させてしまうはずなのだ。

 それにもかかわらず、前に出る!

 なかなかできることではない。

 ――で……できる!

 だが、タカトの背中越しにその一連の動きを見ていたコウエンだからこそ、よく見えていた。

 タカトの顔の先にあったのは、大きく振り上げられた太ももによって限界までひっぱられたミニスカート。

 タカトの後頭部が邪魔でよく確認できなかったが、おそらく、その頭の位置からして……そのスカートの内側の神秘を覗き見ることができたに違いない。

 だが、それはかかとが脳天へと落ちるまでのほんのわずかな時間……

 コンマ数秒の刹那である……

 しかし、あの男はその一瞬の可能性にかけ…… 一切の防御を投げ捨て、そして、己の本能のままに突き進すんだのである。

 ――ぼ……ボっきる!

 そして、あの時、コウエンは見た。

 宙に浮かぶタカトの体。

 その体はルリ子に向かって床と平行に飛んでいた。

 それを足の方向から見るコウエンには、タカトのズボンの一部が、一瞬、ムックリと盛り上がったのが確認できた……きゃっ♡

 おそらく、その瞬間、奴は己が目的を達成したに違いない……そして、その結果、己が体を硬直させていたのだ……きゃっ♡

 ――って、やっぱりただの変態やん……


 そんなコウエンが顔を真っ赤にしながら床に転がるタカトにさげすむような視線を落としていた時の事である。

 ふと、建物の脇から人の気配がしたのだ。

 それは万命拳を習うコウエンだからこそ気づいたわずかな気配

 ひさしを支える柱の影から発せられているようだった。

 コウエンは気づかれぬように顔を動かさずに視線だけで相手を探った。

 ――殺気はないな……

 しかも、その気配は二人……どうやら、先ほどタカトから大銀貨を奪っていった幼女たちのようである。

 ――あの子たちは一体何をしているのだろう……

 先程から幼女たちは、柱の影からチラチラと顔を出しながらロビーの様子を伺っていた。

 タカトやビン子が動くと、二人は急いで柱の陰に身を隠す。

 その様子はまるで、タカトとビン子に見つからないようにかくれんぼをしているようにも見えた。

 ――もしかして、この変態が言うあの子たちとは、この子たちの事なのだろうか?


 そして、再びにロビーの中に目を戻してみると、タカトがちょうど起き上がったところであった。

 かかと落としの直撃を食らった頭をさすりながらルリ子に頼み込む。

「多分、今月は食費が足りないと思うんだよ……だからさwww」

 それを聞くルリ子は少々イライラが募ったようで口調が荒くなっていた。

「だから! お前たちに何の関係があるって言うんだ! このウ〇コ野郎が!」

 って、この口調、さっきとそんなに変わってないかwww

 だが、そんなことを気にしないタカトはフッと鼻で笑うと格好をつける。

「それは! 俺のただの自己満足さ!」

 決まったぁぁあぁ!

 タカトなりの渾身のポーズ!

 コレで落ちない女はいない!…………はず……

 そのせいか、目の前のルリ子はその言葉に固まっていた。

 まるで馬鹿でも見るかのように、その目から力が抜けていた。

 そして、その口からはかろうじて一言が……漏れ落ちる……

「うゼェェェェ!」

 どうやら、タカトの決めポーズはルリ子には全く効かなかったようである。

 残念!

 だが! 諦めるのはまだ早い!

 そう、横にはビン子がいるのだ!

 ならば! ビン子はどうだ!

 タカトは顔を大きく振るとビン子へとキラキラとした視線を送った。

 すると……

「きもっ!」

 と、信じられない一言。

 ――ビン子……お前もか……

 心が折れガクっ!と膝をつくタカト。

 だが、まだだ! そう今日は、もう一人いるではないか!

 この際、その対象が男であったとしても構わない!

 心のビタミン! 心の活力!「ナイス!タカト君!」その一言を貰うためだけに背後のガラス戸の向こうに立っているはずのコウエンへと目を向けた。

 だが……

 奴は……

 全く……こっちを見ていなかった……

 ――ボケか! アイツは!こんな時にどこ見とんねん!

 せっかくタカトが恰好をつけたというにもかかわらず、コウエンはその瞬間!わざと!顔を横に向けて柱の陰に隠れる蘭華と蘭菊の様子を観察していたのである。

 まぁ、仕方ない。変態の行動よりも幼女たちの行動の方が気になる。もしかしたら、その行動に何か重要な意味があるかもしれないのだから。

 だが、その時、コウエンはただならぬ気配を感じとった。

「なんだ! この殺気!」


 それは、ロビーの奥の階段! 先ほどルリ子が降りてきた踊り場からであった。

「ナカス! タカト!」

 それは、タカトよりもだみ声、ジジイの声。

 階下のタカトとビン子を睨みつける齢70ほどの男がそこに立っていた。

 白いひげを蓄えた顔はシミだらけ。

 曲がった腰を何とか左手で押さえ小刻みに震えているその姿は……生きているのがやっとの様子であった。

 だが、そのしょぼくれた目からは何やら殺気のようなただならぬ気配を漂わせていた。

 それはかつてタカトとビン子によって、かなり酷い仕打ちをされたかのような恨みのこもった目。

 そんなジジイがエイ!と踊り場から飛び降りたかと思うと、ルリ子の持っていたカバンを横からかっさらって、一気に廊下の奥へとダッシュしていったのだ。

 その時間、わずか数秒。

 なんで死にかけのジジイが飛び降りれるのだ?

 いや、今はそんなことはどうでもいい!

 さすがに誰一人として、このジジイの行動に反応ができなかったのだ。

 しかし、ふと我に返ったタカトは、

「この泥棒が!」と、土足のままジジイを追って廊下の奥へと駆け出して行った。

「待ってよ!タカト!」そして、ビン子もまた、いつものようにその後を追いかける。


 そして、ルリ子はというと、ペッと床に唾を吐き捨てたかと思うと、傘立てに立ててあった金属バットをサッと抜き取りバンバンと手に打ち付けながら廊下をゆっくりと歩きはじめたのだ。

 って、なんで、傘立てに金属バットがあるんだよwww

「ちっ! やっぱり縛りが甘かったか! あのウ〇コジジイ! また、逃走しやがって!」

 先ほどルリ子が二階に上がっていたのは、このジジイをベッドに拘束するためだったのだ。そうでもしておかないと、このように自由気ままに病院内を闊歩してしまうのである。

 だが今日に限って言えば、ジジイをベッドに縛り付けている最中に「頼もう!」と大声が聞こえてきたのだ。

 ――もしかして、殴り込みか? ヨッシャぁぁア!

 もう、いてもたってもいられなかったルリ子は、看護作業もそこそこに一階のロビーへと嬉々としながらダッシュした。

 ロビーの脇にある傘立てには常に金属バットが置かれている。

 そして、その金属バットの一振りにより、ルリ子はいかなる来訪者も蹴散らしていたのであった。

 ある時は、医療ミスだと騒ぎたてるモンスターペイシェント!

 またある時は、医療費が高いと抗議するクレーマー! 

 そして、よく来るのが医療器具の代金を払えと押しかける善良なる一業者!

 そして念入りにしばきたおすのは当医院の院長先生であった! 

「うっせえ! このウ〇コ野郎が!」

 彼らに一言も弁解する暇さえ与えることもなく一振りで瞬殺! 病院の玄関からカッキーン!と打ち返していたwww


 それがどうだ……階段を下りてみると、そこにいたのは蘭華と蘭菊に世話を焼くタカトとビン子ではないか。

 ルリ子は金属バットで殴ることもなく、大儀そうにタカトの話を聞き始めた。もしかしたら、コレはルリ子なりの優しさだったのかもしれない。

 だが、この時、ルリ子はすっかりと忘れていた……

 そう、あのジジイをベッドに拘束している途中だったことを……

 そのため、案の定、抜け出してきたジジイは病院内を走り回り始めた。

 これで午後の仕事は後回し……ジジイ捕獲という無駄な仕事を優先しないといけなくなったのである。

 ワンオペでこの病院内全ての看護作業を行っているルリ子にとって、それがどれほどのストレスであるかは言うまでもないことだろう。

「あのウ〇コ野郎! マジで殺す!」

 ……って、この目……あのジジイ……マジで死んだなwwww

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