第31話 デート



 そして、あっという間に週末になった。



「さて、どうするか……」


 古賀さんと榊さんから、同時にデートの誘いがきたあの日から数日。俺はずっと、悩んでいた。


 二人同時に誘われたからといって、じゃあ3人で出かけよう。……なんて、馬鹿なことを言えるわけもなく、とりあえず俺はメッセージが届いた時間が早かったという理由で、榊と土曜日に出かけて、その次の日曜に古賀さんと出かけるということにした。


 二人には、そんな感じのことを上手くまとめたメッセージを送り、俺は週末までうだうだと一人悩んでいた。


「まあ結局、答えは出なかったんだけどさ」


 榊さんとのこと。古賀さんとのこと。そして……父さんとのこと。まだ何も決められていない。大切だから、こんなに悩んでしまうのか。それとも俺がただ、優柔不断なだけなのか。



 何に未練があって、自分が今なにをしたくて、将来どうなりたいのか。



 ……ぐだぐだと、余計なことまで考えてしまう。


「特に榊さん、なに考えてるか分かんないんだよなぁ」


 俺も流石に、何日も学校をサボるわけにはいかないから、榊さんとは毎日学校で顔を合わせていた。でも俺は、一度も榊さんに声をかけることができなかった。……榊さんは正直、今でも何を考えているのか、よく分からない。


 古賀さんとは再会した時から仲良くできていたし、彼女が俺を悪く思っていないのは、なんとなく伝わってきた。


 でも榊さんは、違う。付き合っていた時は、いくらデートに誘ってもそげなく断るだけだった。なのに別れた今になって、俺をデートに誘ってきた。この前、彼女の気持ちを聞いたばかりだが、何だかやっぱり納得できない面もある。


「……というかそもそも、俺って榊さんのことほとんど何も知らないんだよな」


 だからまあ、これは彼女のことを知るいい機会になるかもしれない。今までのことは全部水に流して、目の前のデートを楽しもう。


 とりあえずそう決めて、俺は今日のデートを迎えた。


「さて、そろそろ行くか」


 ワックスで整えた髪をスプレーで固めて、比較的、万人受けする石鹸の香りの香水をつける。そして最後に、春らしい薄緑のカジュアルなジャケットを羽織って、準備完了。俺は時間に余裕を持って、家を出る。


 榊さんとは昼前に、駅前で待ち合わせをしていた。一応、今日はしっかり、天気予報を確認してある。今日明日は晴れの予報で、降水確率は0%。この前みたいに、雨に降られる心配はない。


「だいぶ早くついちゃったな……って」


 まだ約束の時間まで1時間近くあるのに、既に榊さんの姿があった。


 彼女らしいシックな雰囲気の黒のワンピースに、少しアンティークな雰囲気の腕時計。榊さんは背が高いから、そういう格好をしていると、歳上のように感じてしまう。


「ごめん、榊さん。待たせちゃったかな」


 俺は急いで、彼女の方に駆け寄る。榊さんはこっちの姿を見ると、嬉しそうに頬を緩めた。


「あ、坂島くん。もう来てくれたんですね。約束の時間まで、まだ結構、時間があるのに……」


「それを言うなら、榊さんの方が早いじゃん」


「それは、だって私の方からお誘いしたのに、待たせる訳にはいかないでしょう?」


 こっちを見つめる榊さんの表情はとても真剣で、彼女はこういう時でも真面目なんだなと、俺は改めてそんなことを思う。


「じゃあ、これからどうする? 今日は榊さんが、いろいろ予定を決めてくれてるって言ってたけど、まだ早いしその辺のカフェにでも入る? それとも、もうどっか行く?」


「ちょっと、待ってくださいね……」


 榊さんはそう言って、スマホで何かを確認する。もしかして、スマホに予定をメモしているのだろうか? なんだか、そういうところも真面目で可愛い。


 「よしっ、問題ないですね」と榊さんは小さく呟き、顔を上げる。


「それで、坂島くん。今日の予定なんですけど、初めてのその……お出かけで、あんまり長い時間付き合わせるのも、どうかと思ったんです。なのでまずは、私が偶に行くレストランで昼食をとって、それでそのあと少し近くを散策する。最後に水族館に行って、夕方ごろには解散。……ということになりそうですが、大丈夫ですか?」


「あ、うん。大丈夫。今日は全部、榊さんに任せるから。榊さんの好きなものとか、いろいろ教えてよ」


「はい、頑張ります」


「……いや、そんな固くならなくてもいいんじゃない? せっかくの、デートなんだしさ」


 俺がデートという言葉を口にした瞬間、榊さんの顔が赤くなる。……それくらいで照れてしまうほど、榊さんは初心だったのか? なんだかそういうところは、少しイメージと違う。


 榊さんはもっと、何事にも動じないクールな子なのだと思っていた。


「とにかく、行きますよ」


 榊さんは俺の手を引いて、歩き出す。……デートという言葉には照れていたのに、手を繋ぐことには何の躊躇いもないらしい。


「なんか、いろいろ新鮮だな」


 そんなことを考えながら、二人で電車に乗って繁華街に向かう。


「って、混んでるな、今日。なんかイベントとかあったんだっけ?」


「近くのスタジアムに、アイドルが来てるらしいですよ?」


「そっか。それでこんな混んでるのか」


「……もしかして坂島くん、アイドルの方が気になりますか?」


 榊さんが、こちらを見上げる。……いつもよりその距離が近くて、何だかドキッとしてしまう。


 俺は逃げるように視線を逸らしてから、言葉を返す。


「俺、アイドルとか興味ないよ。テレビとか動画サイトとか、あんま見ないし。音楽もそんな、聴かないから」


「……そうなんですか。実は私も、そういうのってあんまり観ないんです」


「榊さんは教室でよく、本読んでるよね? あれってなに、読んでるの?」


「いろんなジャンルを読むようにしてるんですけど、ミステリーとかが多いですね。あと偶に、詩集とか」


「へぇ、詩集ってなんか、かっこいいね。榊さんのイメージに、合ってる気が──っ」


 そこで電車が揺れて、榊さんと体が密着してしまう。


「ごめん、榊さん。大丈夫? すぐ離れるから──」


「いえ、大丈夫です。その……無理に離れなくても、大丈夫ですよ? こんなに混んでるんですから、体が少し触れ合うのは仕方がないことです……」


「そうは、言っても……」


「大丈夫ですから、気にしないでください」


「……分かった」


 榊さんの大きな胸が、俺の体で潰れる。榊さんとは付き合っていたけれど、こうやって触れ合うことなんて全くなかった。だから、ただ事故のようなことで体が触れ合うだけで、無駄に緊張してしまう。


「坂島くん、何だかちょっとドキドキしてますね?」


「……からかわないでよ。ちょっと緊張してるんだよ」


「ふふっ、私と一緒ですね」


 榊さんは笑った。それも初めて見る、可愛らしい表情。ただでさえ速くなっていた心臓の鼓動が、更に速くなる。


「……っと、ようやくか」


 そこで、スタジアムのある駅に到着する。俺たちが向かう駅はもう少し先だが、大多数の人間はここで降りてくれる。これでようやく、座ることができるなと思ったのだが……


「榊さん……? もうほとんど降りたから、離しても大丈夫だよ?」


 俺に抱きついたままの榊さんに、視線を向ける。けれど彼女は耳まで真っ赤にしたまま、手にぎゅっと力を込める。


「……その……もう少し、このままじゃダメですか……?」


 そんなことを言われて、断れる男なんていない。


「まあ、別に……いいけど」


 だから俺はまた視線を逸らして、そんな言葉を返す。


 そして結局、目的の駅に着くまで、俺たちは抱き合ったまま電車に揺られていた。……周りからは絶対、バカップルだと思われていたんだろうけど、嫌なわけではなかった。



 そうして俺たちは二人で電車を降りて、楽しいデートが始まった。


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