第24話 制裁

「ま……待ってくれよ! オレ、ちゃんと反省するしッ、悠月クンにも謝っただろ!? も、もう許してくれたって……!」

「甘いんだよ、考えが。アカネがどれだけ怒ってるか、わかってないでしょ?」


 アカネの表情には……もはや、いつもの明るい笑顔はなかった。

 そこにあるのは、冷酷な怒りの感情のみ。


「悠月くんはね、あたしの大切なひとなんだよ? そんな彼のことをたくさん傷つけて、謝った程度で許すわけないじゃん」

「……た、大切な、ひと?」


 と、聞き返してきたのは菊岡くんだった。

 こほん、とアカネは誤魔化すように咳払いをして、


「……た、大切な友人って意味だから。いちいち揚げ足取らないで」

「ひっ……ご、ごめんなさい……」

「とにかく、話を続けるからね?」


 アカネは床に倒れ伏せたままの真嶋くんを見下ろして、


「単刀直入に言うけど――今日の出来事は、アカネのチャンネルに動画として投稿するから」

「えっ……!? ま、待ってくれよォ、そんなことされたらオレたちの人生が……!」

「うん、終わりだろうね。でも、それが何? バレたら人生が終わっちゃうようなことをしてきたのは、キミたちのほうだよね?」


 あくまで冷淡に、アカネは語り続ける。


「生放送にしなかったのは、あくまで悠月クンのプライバシーを守るためだから。彼の名前とかFランクって表現とか、個人を特定できちゃうシーンにはピー音を入れる。もちろん、顔はモザイクで隠す。その編集をしなきゃだから、動画にしてあげることにしたの」

「っ、だったらオレの顔にもモザイクを……」

「は? 入れるわけないじゃん。バカじゃないの?」

「なっ……なんでだよォ!? オレたちっ、そんなに悪いことしたか!?」

「さあ、どうだろうね。アカネが動画を上げてから考えたら?」


 と、今度は北条くんが声を上げる。


「ま、待ってください、アカネさん! 俺っ、その……じつは、真嶋に脅されてただけなんですっ!」

「お、俺も! オレに逆らったら黒坂と同じ目に遭わせるぞって、真嶋さんが……」

「……俺も、です。俺も、真嶋さんに逆らえなくて……っ!」

「ふうん、そうなんだ。でも――その弁明は、アカネじゃなくて視聴者のみんなにしてよ。ごめんだけど、アカネはキミたちも同罪だと思ってるから。動画はあくまで、悠月クンを守るための編集だけをするつもりだよ」

「そ、そんなぁ……」


 膝から崩れ落ちる菊岡くん。

 北条くんと渡部くんに関しては、涙を流してしまっていた。

 ダンジョンの中に、彼らのすすり泣く声だけが響く。

 すると……やがて、真嶋くんが声を震わせた。


「な、なあ……アカネさん、お願いします。どうか、動画だけは許してください……」

「ダメだよ。キミたちのやってきたことは犯罪だもん。そんなキミたちの悪事は世間に広まって、家族にも知られて、最後は警察に逮捕されて――施設に入って罪を償って、それで初めて反省になるんだよ。わかった?」

「でも……っ、オレ、オレ……っ、うっ、うわああああああぁ……っ!!」


 床に顔を伏せて、泣きわめく真嶋くん。


「た、頼むよォ……! オレ、改心するからッ! 二度と嫌がらせなんかしないしッ、これからは良い子になる。だから、動画だけは上げないでくれよォ……」

「……はあ。ダサいね、キミ。ほんっと、情けなくて最低だよ」


 アカネの冷たい罵倒に、もはや真嶋くんは反論すらしない。


「ダサくていいですッ、いいですから……どうか、動画だけはお許しを……」

「……わかった。そこまで言うなら、いいよ」

「えっ……!? い、いいのか……!?」

「うん。でも、条件があるよ」


 そう言うとアカネは、真嶋くんたちを見渡して、


「まずは、学院を自主退学すること。それも、霧下先生に今まで自分がしてきたことを告白して、退学するように自分から言うの。ほら、スマホ出して?」

「あの……退学だけは、どうか勘弁を……」

「は? いい加減にしてよ。また燃やされたいの?」

「ひッ……わ、わかりました。で、電話します……」


 真嶋くんは悪あがきをやめて、スマホを取り出して電話をかける。

 着信先は、霧下先生。


『――霧下だ。真嶋、どうかしたのか?』

「……はい。じつは、オレたち――」


 そして真嶋くんたちは、自分たちの罪を霧下先生に告白した。

 俺への嫌がらせの数々を全て、包み隠さず、正直に。

 そして……その責任を取って退学をする、ということも告げる。


『……真嶋。今の話は本当だな?』

「……本当、です。すみません、でした……」

『そうか――はあ、そうだったのか。では、退学の処理はこちらで進めておく。後日、お前たちの両親には書類の手続きをしに来ていただく必要があるから、そのことを伝えておくように』

「……わ、わかり、ました」

『それと、最後に。――見損なったぞ、真嶋』


 ぷつん、と。

 霧下先生に電話を切られ、ツー、ツー……という音が静かに鳴り続ける。


「うん、ちゃんと言ったみたいだね」

「……あの、これで動画は……」

「まだだよ。条件は、もうひとつある」

 

 と、アカネは俺のほうを見て、


「彼に――悠月くんに、土下座で謝罪して。それで、ちゃんと彼の口から許しをもらうこと。そしたら、動画はアップしないであげる」

「……ッ、わかり、ました」

「もちろん、キミたちも一緒にね」


 菊岡くんたちのことを、ぎろりと睨むアカネ。

 彼らはびくっと肩を震わせながらも、すぐに俺の前へと集まってくる。

 そしてついに、真嶋くんは土下座をして、


「……悠月、さん。本当に、今まで……申し訳、ありませんでした」


 深々と、謝罪を告げてくる真嶋くん。

 続けて菊岡くん、北条くん、渡部くんも、俺への謝罪を述べてくる。

 

 沈黙が――長く、とても長く続く。


 真嶋くんたちは俺からの許しが出なければ、自身の悪行が世界中に流出してしまうことになる。

 しかも、チャンネル登録者数400万人を越えているアカネのチャンネルからだ。

 そうなれば彼らの人生がどうなるかは、想像に容易い。

 つまり彼らの運命は、俺の発言ひとつに懸かっているというわけである。


「……真嶋くん、菊岡くん、北条くん、渡部くん。とりあえず、顔を上げてよ」


 俺が、静かにそう告げる。

 すると真嶋くんたちは、おそるおそる俺を見上げてきた。


「俺は、さ……正直、そこまで怒ってないよ。俺が落ちこぼれなのは事実だし、そんな俺を見ていてイライラする気持ちもわかる。ちゃんと退学もしてくれるみたいだし……許してあげようかなって、思ってる」

「っ、じゃあ――」

「だけど――は、アカネに手を出そうとした」


 それは、俺の本音だった。

 作戦にはない、俺の本心を真嶋くんたちに言い放つ。


「俺だけなら良かった。俺が耐えればいいだけ、だったから。なのに――お前らは、あろうことかアカネを巻き込んだ。俺にとって、何より大事なアカネのことを傷つけようとした」

「ッ、ちがっ……そ、それはッ! だって、オレ……!」


 真嶋くんが、露骨に狼狽する。


「オレ、羨ましかったんだよ……ッ! アカネちゃんのこと、めちゃくちゃタイプで……ッ、なのにっ、落ちこぼれのお前なんかが気に入られててっ、それがムカついて! だから――」

「だからアカネを、無理やり犯そうとしたのか?」

「ッ、それは……っ!」


 気づけば、俺は。

 真嶋くんのことを、鋭く睨みつけていた。


「ごめん、真嶋くん。俺は――お前のことを、許すことはできない」

「ッ……!? ま、待ってくれ! それじゃあ、動画は……っ!」

「――今日の十九時に、予約投稿しておくから。楽しみにしててね?」


 アカネが、可愛らしくウィンクをする。

 動画は、投稿される。

 その現実を前に、真嶋くんは――、


「う……う、うわあああああああっ!!」


 急に、その場に立ち上がり。

 絶叫しながら、俺へと殴りかかってきた。


「……殺すッ! 黒坂悠月ィ、お前だけは殺してやるッ……!!」

「っ、悠月くん!」

「大丈夫です、アカネさん。――今なら、手加減しなくても良さそうですから」


 直線的に向かってくる、真嶋くんに対して。

 俺は――全力で、その顔を殴りつけた。


「へぶしぃ……ッ!?」

 

 あっけなく。

 真嶋くんの身体が、遠くへと吹っ飛んでいく。

 そして、ダンジョンの岩壁に衝突して……、


 ……真嶋くんは、あっさりと白目を剥いて気絶した。

 その下半身からは、またしても汚物が垂れ流しになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る