第23話 反撃開始

 えへんを胸を張り、俺たちの前に立つアカネ。

 そして彼女は、その手に持つスマホでカメラを回していた。

 つまり――真嶋くんと俺のやり取りを、アカネは録画していたのだ。


「な、なんでアカネちゃんがここに……っ! というか、いつから……っ!?」


 そう言葉を漏らしたのは、真嶋くんの背後にいた菊岡くん。

 彼の役割は、このダンジョンの4Fに誰も来ないように見張っておくことだったらしい。……まあ、彼はその役割を果たせなかったことになるが。


「最初からだよ。アカネはね、キミたちの後をつけてたんだ」

「そ、そんな……でも俺っ、ちゃんと見張って……」

「アカネ、Bランクの探索者なんだよ? 潜伏は得意分野だもん」


 と、得意げに言い放つアカネ。

 真嶋くんは、そんなアカネの構えるスマホを見て、激しく動揺する。


「まっ、待て! 待ってくれよ、アカネちゃん! これはッ、そう……訓練だよ! 訓練! 悠月クンに、訓練をしてやってたんだよ!」

「焦らなくても大丈夫だよ。これ、生放送じゃないから」


 笑顔で、しかし冷静にアカネは言い放つ。

 すると真嶋くんは……ケラケラと薄ら笑いをはじめて、


「クク、クククッ……なんだよ、オイ。バカな女だなァ、アカネちゃんは。ま、そういうところが可愛いんだけどな」

「心外だなぁ。アカネ、たぶんキミよりは賢いと思うんだけど」

「いつまで生意気な口がオレに聞けるかな。ククッ……お前をブチ犯すのが、今から楽しみで仕方ないぜ」


 そう言うと真嶋くんは、その目線を俺に向けてから、ふたたびアカネへと戻す。


「ココにあるのが何だかわかるか? そう、お前の大事な友達で、でもって落ちこぼれのクズこと黒坂悠月クンだ。もしオレの言うことを聞かなかったら――コイツがどうなるか、わかるよなァ?」

「……アカネを脅すの?」

「ククッ、そういうわけだ。んじゃ、さっそく命令だ――」


 ニヤリ、と。

 真嶋くんは、下世話な笑みを浮かべる。


「――脱げ。で、オレに土下座して謝罪しろ。ブチ犯すのは、そのあとにしてやる」

「……ヘンタイ」


 はあ、と。

 アカネが、呆れたように息をつく。


「真嶋くん、だっけ? キミ、最初の命令がそれで良かったの?」

「……あァ?」

「アカネの装備が見えないのかな。今日もアカネは、ヒーちゃんと一緒にいるんだよ? だったらキミは、まず最初にアカネに魔装を捨てるように言うべきだったんじゃないのかな」


 ヒーちゃん。アカネの魔装である《緋兎の大剣》の愛称だ。

 その燃えるような赤い大剣を、今日もアカネは背負っている。


「……おい、クソ女。もしその魔装を引き抜こうとしたら、悠月クンを殺すぞ」

「やっぱりね。キミ、アカネよりもずっと何倍も頭が悪いよ」


 そう言うと、アカネは。

 スマホを構えていない左手の指を、パチンと鳴らし――、

 

 瞬間、俺を拘束していた北条くんと渡部くんの身体に、小さな火がつく。


「ッ!? あ、熱ッ!?」

「あちぃ!? なっ、なんで――ッ!?」


 火傷を負ったのか、ふたりは悲鳴を上げ――俺への拘束を、あっけなく解いてしまう。


「ッ、おいテメェら! 絶対に離すなって言ったろうがッ!!」

「すっ、すみません! でも――」

「アカネから教えてあげる。上級の探索者はね、魔装に身体の一部が触れているだけでも、その魔装が持っている能力を使えるの。もしかしてキミ、まだ授業で習ってなかったかな?」

「テメェ……殺す、殺してやるッ!」


 激情した真嶋くんは、バチバチと帯電する《雷猪の鉄拳》を振り上げて、アカネへと飛びかかる。

 ――学院では優秀な真嶋くんだが、それも、あくまでは学生の中での話だ。

 プロの探索者であるアカネに、そんな単純すぎる攻撃が通用するわけもなく。


「お願い、ヒーちゃん!」


 アカネは《緋兎の大剣》を盾のように使って、真嶋くんの攻撃をガードした。

 そうして体勢を崩した真嶋くんへと、今度はアカネが魔装を振り上げる。


「――覚悟はいい、かな?」

「ひっ……!?  ま、待て待て! 待ってくれ!」

「ごめんだけど――アカネ、すっごく怒ってるんだ」


 アカネは、そう冷たく告げて。

《緋兎の大剣》を振るって、真嶋くんの右腕を狙って攻撃する。

 すると――真嶋くんの《雷猪の鉄拳》は、一瞬にして破壊された。


「なっ……お、オレの魔装が……ッ!?」

「まだまだ行くからね?」


 今度はアカネが指を鳴らし、真嶋くんの全身を炎で包み込んだ。

 菊岡くんたちに放った火よりも、ずっと激しい炎。

 それでも、火力は抑えてあるようだったが……真嶋くんは、その痛みに耐えることができなかったらしい。


「ぎゃァあああああぁァ!? 熱いっ、熱い熱いアツいぃいいい!?」

「キミ、やっぱり弱いね。この程度の火で痛がるなんて思ってなかったよ。Eランクからやり直したほうがいいんじゃないかな?」

「待てっ、待ってください! しっ、死にたくないっ、やだよおおおお!?」


 ゴロゴロと床を転げ回り、情けなく転げ回る真嶋くん。

 その姿に……思わず、俺は小さく笑ってしまう。


「おねっ、お願いしますぅ! もうやめっ、やめてくださいいぃぃ……!!」

「……アカネさん、これ以上はさすがに」

「ん、そうだね」


 アカネは指をパチンと鳴らし、真嶋くんの全身を包んでいた炎を解除する。

 そして、真嶋くんは……服が焼け焦げて、なんとも惨めな状態になっていた。

 下半身のあたりに水溜まりができているが、もしかして漏らしてしまったのだろうか。


「まっ、真嶋さん!」


 と、菊岡くんたちが真嶋くんへと駆け寄ろうとする。

 だがアカネは、そんな彼らへと大剣の先を向けて、


「動かないで。言っておくけど、キミたちも彼と同罪だからね? もしヘンなことしたら、同じ目に遭わせるよ?」

「ひっ……す、すみません……」

「うん、わかればいいよ」


 そう言うと今度は、半裸で床に倒れ伏せた真嶋くんをアカネは睨む。


「ねえ、真嶋陽太郎くん。――悠月クンに、何か言うことがあるんじゃないかな?」

「……っ、は、はい……っ」


 すっかり敬語の真嶋くんに、俺はまたしても笑ってしまう。


「ゆ、悠月く……悠月さん。今まで、ひどいことしてすみませんでした。もう、二度としませんから、もう許してください……」


 真嶋くんは俺のことをじっと見ながら、ほとんど土下座するような体勢で謝罪をしてきた。


「うん、そうだよね。キミは今まで、悠月クンにたくさん酷いことをしてきたんだもんね? 理不尽な嫌がらせをしたり、暴力を振るったり。そうだよね?」

「……は、はいっ。本当に、すみませんでした……っ」

「それが、さ。――この程度の謝罪で、許されると思ってるの?」

「………………へ?」


 そう。そうなのだ。

 俺たちの反撃は――ここから先が、本番なのだ。


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