第22話 真嶋陽太郎
それから、数日が経過する。
そのあいだ、真嶋くんは学院では俺に嫌がらせをしてくることはなかった。
いや……できなかった、と言うべきだろうか。
アカネの転入の提供で、俺たちのクラスは学院中の注目を浴びていた。
そんな中で真嶋くんは、俺への嫌がらせが露見することを恐れたのだろう。
もしかしたら、だからこそ真嶋くんはわざわざ休日に俺を呼び出すことにしたのかもしれない。……まあ、だから何だという話なのだが。
◇◇◇
そして――土曜日。
俺は真嶋くんからの呼び出しに応じて、とあるダンジョンの前へと来ていた。
Dランクの攻略済みダンジョン、水鼠の迷宮。
どうやら……俺とアカネが予想した通りのことを、真嶋くんは企てているらしい。
「よォ、悠月クン。約束、ちゃんと守ってくれたようだなァ?」
そう言ってくる真嶋くんの周囲には、いつもと同じ三人の取り巻きがいた。
菊岡くん、北条くん、渡部くん……全員、Dランクのクラスメイトである。
「うん。それで、わざわざ休日に何の用かな」
「ククッ、まあ焦るなって。まずはオレに着いてこい」
「……ごめん。俺はFランクだから、そのダンジョンには入れないよ」
適切な探索免許を持っていない者のダンジョンへの立ち入りは、法律で固く禁止されている。
この水鼠の迷宮はDランクのダンジョンであり、真嶋くんと取り巻きたちもまた全員がDランク以上の探索者だ。だから彼らは、合法的に立ち入ることができる。
ただし、俺のランクはF。
学院の管理下である草鳥の迷宮を除き、俺が入っていいダンジョンは日本には存在していない。
まあ……発散のときは、無断で様々なダンジョンに侵入しているのだが。
「そうビビんなよ、悠月クン。自分のランク以上のダンジョンに無許可で侵入する行為は、同伴者も同罪だ。誰かにチクったりはしねぇよ」
ケラケラと笑いながら、真嶋くんたちはダンジョンへと入っていった。
当然のように、俺に拒否権など存在していない。
だが――今日は、これでいい。
俺はアカネの作戦を信じて、真嶋くんのあとに続いた。
「ククッ、どうだ悠月クン? お前が一生入ることのできない、学院の外のダンジョンだぜ?」
いつもの調子で嘲ってくる真嶋くんに、それを聞いて笑い声をあげる取り巻きたち。
俺はそれを無視し、黙って真嶋くんの背中を追って迷宮を進んでいく。
途中、Eランクの魔物に遭遇するが……真嶋くんの敵ではなく、彼は淡々と蹴散らしていった。
「――んじゃ、このへんでいいか」
階段を何度か降りて、現在の階層は4F。
水鼠の迷宮は、攻略済みのダンジョンだ。未界石も採り尽くされてしまっており、ここにわざわざやってくる探索者はいないだろう。
つまりここは、これから起きるであろう理不尽な暴力を誰にも見られることのない、最高のリンチスポットというわけだ。
「北条、渡部。その落ちこぼれを抑えとけ」
「は、はい。わかりました」
北上くんと渡部くんが、俺の背後に回って両腕を拘束してくる。
「……悪いな、黒坂。恨むなよ」
「俺たちだって、真嶋さんには逆らえねぇんだよ……」
小声で、そんなことを言ってくるふたり。
……彼らもまた、ある意味では真嶋くんの被害者なのだろう。
ふたりでは、真嶋くんに逆らえない。だから真嶋くんの配下となり、彼の機嫌を取り続けることで自分の身を守っている。とても賢い生存技術だ。
「――なあ、悠月クン。これから何をされるか、わかってるか?」
「……うん。俺を、殴るんだよね?」
「ククッ、惜しいな。正解は――何度も殴る、だ」
そう言うと真嶋くんは、魔装――《雷猪の鉄拳》を構えて、それに電気をチャージしはじめた。
「……あのさ、真嶋くん。どうして、俺にこんなことをするのかな……」
「あァ? んなもん、お前が落ちこぼれのクズだからだろ。オレみたいな強者にとって、お前みたいな雑魚はオモチャでしかねぇんだよ。サンドバッグだ。わかるか?」
ケラケラと軽薄な笑みを浮かべて、真嶋くんは言葉を続けてくる。
「いいか? オレはな、最初っからお前のことが嫌いだったんだよ。魔装も使えねぇクズのクセに、プロの探索者なんか目指しちまってよ。そういう勘違い野郎を見ると、オレはぶん殴りたくなっちまうんだ」
「……そっか。真嶋くんは、俺のことが嫌いだったんだね」
「ククッ。ま、そういうことだ」
「俺の机を汚したり、探索服を破いて捨てたり、机に花瓶を置いたり……全部、俺のことが嫌いだから、そういうことをしたのかな」
「何度も言わせんなよ。――オレはよ、お前みたいな落ちこぼれのクズだ大嫌いなんだよ。ブッ殺しちまいたくなるくらいにな」
一歩、また一歩と。
真嶋くんは、俺のほうへ近寄ってくる。
「だが、よろこべ悠月クン。そんなお前にも、ついに利用価値ができた」
「……利用、価値?」
「そうだ。お前さ、なんでかは知らねぇが、アカネちゃんに気に入られてんだろ?」
アカネ。
その名前が出てきたことは、予想外だった。
「だからよ、そんなお前の唯一の価値をオレが利用してやろうと思ってな。お前をここでボコして、アカネちゃんを呼び出す。んでもって、お前を人質にして――あの生意気なクソ女を、オレたちでブチ犯すんだよ」
「…………は?」
その話を聞いた瞬間に、俺の全身に怒りが巡った。
だが、どうにか深呼吸をして感情を抑える。
……今ここで俺が真嶋くんを攻撃してしまえば、アカネの作戦は台無しだ。
「ま、オレは優しいからなァ。悠月クン、お前にも褒美はくれてやるぜ? アカネちゃんを特別に、お前の目の前でブチ犯してやる」
「…………」
「ククッ、想像してみろよ。あのアカネちゃんが全裸にされてよ、オレらのブツを咥えたり、あんあん喘ぎながら突かれるとこを生で見れるんだぜ? 幸せだなァ、悠月クン?」
やがて、真嶋くんは。
バチバチと電気の溜まった魔装を、大きく後方へと振りかざした。
「んじゃ、そういうわけだから。アカネちゃんを呼び出すためのエサとして、まずはお前をボコボコにさせてもらうぜ?」
「そっか……ありがとう、真嶋くん」
ぼそり、と。
俺は真嶋くんへと、呟くような声音で語りかける。
もう、とっくに――想定よりも、ずっと良い撮れ高を確保できただろう。
「……あ? 悠月クン、何を――」
「君にお礼を言ったんだよ。ペラペラと喋ってくれてありがとう、ってね」
そして――その瞬間、だった。
真嶋くんの後方から、聞き馴染みのある声が響く。
「――――そこまでだよっ、悪党っ!」
芝居がかった、さながらアニメのヒーローのような喋り方。
真嶋くんたちが、声した方向に顔を向ける。と――、
「あたしの目が黒いうちは、どんな悪事も見逃さない――正義のヒーロー、アカネちゃん参上だよっ?」
そこには、赤髪ポニーテールの美少女――アカネが。
スマホのカメラを構えて、堂々としたポーズで立っていた。
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