第20話 優しさに包まれて
アカネが転校してきた、その日の放課後。
俺が帰宅する……と、なぜか俺よりも先に、アカネが俺の家にいた。
「あ、悠月くんっ! えへへっ、おかえりなさい!」
いつも通りの笑顔で、アカネがこちらに駆け寄ってくる。
「ね、どうだった? あたしの転校、びっくりした?」
「したに決まってますよ。……アカネさんの行動力の凄さには、衝撃すら受けます」
「えへ、えへへっ。ふふーんっ、そうでしょ?」
えへん、と自慢げに胸を張るアカネ。
俺は今のセリフを皮肉のつもりで言ったのだが、どうやら通じていないらしい。
「……アカネさん。どうして、俺の学院に転入なんて決めたんです?」
「あれ。あたし、学校で言わなかったっけ? キミに酷いことをした犯人を見つけるためだ、って」
「それは聞きました。でも……普通、そのためだけに転入なんかします?」
アカネは、超がつくほどの人気ダンジョン配信者だ。
彼女の人気の高さは、今日の学院で再確認できた。クラスメイトだけでなく、全校生徒がアカネの転入に沸き立っていた様は、なんとも凄まじい光景だった。
「アカネさんは人気配信者ですし、そもそもプロの探索者じゃないですか。そんなアカネさんが転入するってなれば、とんでもない騒ぎになるのは目に見えていたと思います。実際、すでにネットニュースにもなってますし」
「そっちは大丈夫っ。あたし、もう転入について動画上げたからっ!」
と言うとアカネは、俺にスマホを見せてくる。
その画面には、『【お知らせ】アカネ、イチから勉強します!』というタイトルの、アカネの動画が。
……どうやらすでに、視聴者には説明を終えてあるらしい。
「それにほら、タイミングも良かったと思うんだっ。だってあたし、みんなに心配かけちゃった直後だし。学び直したいって考えになるのも、おかしくないでしょ?」
「それは……まあ、そうかもですけど」
プロの探索者が迷宮学院に入ってはいけない、というルールはない。
事実、一度プロになったはいいが伸び悩んだ探索者が、学院に通って研鑽を積み直す……という事例は、決して少なくなかった。
ちなみに、俺の通っている私立宮鷹迷宮学院は高校タイプと呼ばれる学院であり、中学卒業直後の満15歳の生徒だけが入学できる。
なのでプロの探索者が入学してくることは、まずありえないと思っていたが――若くしてプロの資格を取っていたアカネは、その例外だ。
「……アカネさん。だからといって、俺なんかのために転入してきたのはやりすぎです。というか、たったの一日でどうやって入学したんですか」
「もちろん、お金だよ? 理事長さんにお願いして、手続きとかも後回しにしてもらったんだっ」
「……はあ。聞かなきゃ良かったです」
さすがはチャンネル登録者400万人越えのインフルエンサーだ。
しかも彼女は時代の流れに逆らい、個人勢を貫いている。企業による中抜きがないのだから、そのぶんアカネの手元には莫大な金額が入ってきているのだろう。
「でも――ぜんぶ、悠月くんが悪いんだよ?」
むすっと頬を膨らませて、アカネが言ってくる。
「キミが正直に怪我の原因を教えてくれてたら、あたしだって、ここまでしなかったもん」
「でも……俺がどこでどんな怪我をしたとしても、アカネさんには関係ないじゃないですか」
「むっ。あたしだって、怒るときは怒るからね?」
と、アカネは怒りと心配の混じった視線を俺に向けて、
「あたしにとって悠月くんは、その……すごく、大事な存在なの。あたしの命を救ってくれたキミに、あたしはもっと恩返しがしたい。もし、キミが何かに困ってるなら……あたしは、キミの力になりたいよ……っ」
だんだんと、アカネの目に涙が溜まっていく。
……ここまで、アカネは俺のことを心配してくれていたのか。
俺はそれを痛感して、嬉しいような申し訳ないような複雑な感情を抱く。
「……わかりました。すみません、冷たいことを言ってしまって」
「ううんっ、大丈夫。あたしに心配させたくなかったんだよね? だって悠月くん、優しいもん」
えへへ、と笑うアカネ。
さて……ここまでアカネに尽くしてもらっているのに、さすがに事情を話さないわけにはいかないだろう。
俺は覚悟を決めて、口を開く。
「それじゃあ、アカネさん。昨日の傷の原因、話しますね――」
そして俺は、すべての事情を説明した。
俺が落ちこぼれであること。
優秀な生徒である真嶋くんに目をつけられて、悪質な嫌がらせを受けていること。
日常的に理不尽な暴力を振るわれていること。
しかし俺が手加減が苦手であり、真嶋くんに反抗できないということ。
と、それを聞き届けたアカネは――、
「……ひどい。ひどすぎるよ……っ」
その綺麗な目に、涙を浮かべて。
まるで自分のことであるかのように、悔しげに拳を握りしめてくれた。
「許せない……キミに、そんなひどいことをしてるやつのこと――絶対、あたしが許さないから」
「ありがとうございます。でも、べつに俺は復讐したいとかって思ってるわけじゃないですから。俺が反撃できない理由も、教えた通りですし」
「……ねえ、悠月くん」
と、優しい声で、俺の名前を呼ぶと。
アカネは――ぎゅっと、俺を抱きしめてきた。
「……えっ!? あ、アカネさん!?」
「よし、よし。悠月くん、辛かったよね? 今まで、ひとりで耐えてきたんだよね……?」
耳もとで囁いてくる、アカネの甘い声。
アカネの身体のやわらかい感触と、彼女の良い匂い、そしてあったかい体温に包まれて……俺、は。
「大丈夫だよ、悠月くん。あたしは、あたしだけは――何があっても、キミの味方だから」
「…………っ、アカネ、さん……っ」
「だから、お願い。あたしにだけは――いっぱい、甘えて?」
ぽん、ぽん、と。
アカネに、ゆっくりと頭を撫でられる。
まるで赤ちゃんをあやすような仕草だ。俺は羞恥心に襲われる。
だけど、それ以上に……、
アカネの声は、手つきは、とても心地よくて。
「っ……すみません、アカネさん。俺、俺……っ」
「うん、大丈夫。あたしは、ここにいるからね?」
俺は、アカネの胸に顔を埋める。今、顔を見られるわけにはいかなかった。
それからしばらく、アカネの胸の中で……俺は子供のように、溜め込んでいた感情を吐き出し続けた。
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