第9話 憧れ

「俺は――アカネさんに憧れて、探索者を目指しているんです」

「え? あたし、に?」


 きょとん、と小首をかしげるアカネ。

 そんな彼女の顔を流し見てから、俺は言葉を続ける。


「俺の母は迷宮研究者だったんですが、探索中の事故で亡くなったんです。そのせいで……父が、人が変わったようにダンジョンに執着するようになりまして。その結果、俺は父さんと喧嘩別れをしちゃって。父さんとはもう、三年くらい会っていません」

「そう、なんだ……」

「なので、俺は――俺の家族を壊した、ダンジョンのことが嫌いなんです」


 そうだ。

 俺は、ダンジョンのことを恨んでいる。

 

 母さんは探索者として、ダンジョン攻略中に命を落とした。

 それをキッカケにして、俺の親父はより研究に熱中するようになった。そしてその挙げ句、息子である俺を使った人体実験に手を出した。 


 だから……俺は、こんな悲劇の元凶となったダンジョンのことが、嫌いで嫌いで仕方がないのだ。

 

「でも、俺は――そんなダンジョンのことを、好きになってみたいんです」

「……ダンジョンを、好きに?」

「はい。恨んでるって言うくせに、ヘンな話ですよね」


 と、俺は自嘲気味に苦笑いを浮かべて、


「俺は今でもダンジョンを憎んでますし、昔は探索者や迷宮研究者のことも嫌いでした。中学生のころは、ダンジョン配信者のことも大嫌いだったんです」

「う……そ、そうなん、だ……」

「でも――アカネさんの配信だけは、違いました」


 俺がアカネの配信に出会ったのは、ちょうど半年ほど前。

 当時から、アカネのダンジョン配信には幸せそうな笑顔が満ちていて。

 ダンジョンを恨んでいる俺だが、そんなアカネの明るい配信だけは……きらきらと輝いているように見えたのだ。


「アカネさんの配信はとにかく明るくて、楽しそうで……正直に言うと、羨ましかったんです。幸せそうな笑顔を浮かべてダンジョンに挑む、アカネさんのことが」

「もしかして……だから、探索者を目指してるの?」

「はい、俺もいつか、アカネさんみたいに楽しくダンジョン攻略をしてみたいんです。ダンジョンのことを、好きになってみたいんです。もし、それが叶えば――俺なんかの人生も、多少はマシになるかなって」

「……そっか。えへへっ、なんか照れちゃうね」


 そう笑うアカネの頬は、ほんのりと赤くなっていた。

 そんな彼女の可憐な表情に、俺は思わず見惚れてしまう。


「まあ……正直、学院じゃ俺はダメダメなんですけどね。俺の魔装は強すぎて、人前じゃとても使えないんです。能力を抑えてただの刀として使うこともできるんですけど、もしうっかり暴発でもさせたらって考えると……やっぱり、そう簡単には引き抜けません」

「それじゃあ……ほかの魔装を試してみる、とかは?」

「じつは俺、ちょっと特殊な体質でして。《宵闇よいやみ虚刀きょとう》以外の魔装を使おうとすると、拒絶反応が出ちゃうんですよね」


 俺の身体に埋め込まれた、紫色の未界石。

 あれの正体は――俺が《宵闇の虚刀》を扱うための、制御装置みたいなものだ。

 俺の父は、《宵闇の虚刀》という強大すぎる魔装を扱える人間を生み出すために、息子である俺の肉体を改造したのだ。


 そのせいで俺は幼いころ、激痛に苛まれて眠ることすらできない生活を強いられていた。

 今でこそ訓練を重ねて魔装を制御できるようになり、永遠の苦痛からは解放されている。

 しかしそれでも、未界石が疼きによる激痛に襲われる日は、まだまだ多い。……本当に、最悪の体質にされたものだ。


「だったら悠月くん、一般の武器を使うっていうのは? 悠月くんの実力なら、百均のナイフとかでもAランクの魔物くらいなら倒せちゃうと思うよ?」

「探索者と魔装は、切っても切れない関係です。少なくとも日本国内では、魔装を使わないプロの探索者は存在しません。仮免許ならともかく、プロを目指すうえでは魔装が使えないって時点でアウトにされちゃうんですよ」

「うーん……たしかに、そうかもなぁ」

「だから俺がプロになるためには、《宵闇の虚刀》の力を完璧に制御できるようになるしかないんです。ただ俺、じつは手加減とか苦手で……このままの実力で探索者になっても、攻略どころかダンジョンを壊しまくっちゃいます。だから学院に通えば、何かヒントを得られるかもしれない――って、思ってるんですけどね」


 やれやれと肩をすくめて、俺はアカネのほうを見た。

 俺は冗談のつもりで自虐をしたのだが、アカネは真剣な顔つきで俺の話を聞いてくれていた。


「悠月くんなら、きっとなれるよ。――あたし、応援してるからねっ」


 そんな、太陽のような明るい笑顔を前に。

 俺は……ぽかぽかと心が暖かくなっていくような心地を味わっていた。

 未界石の疼きとは真逆の、全身が癒されていくような感覚。

 アカネは、まるで天使のような美少女だな――と、そんなことを冗談でも何でもなく俺は考えてしまう。


「それで……あっ、あのさっ。このあと、悠月くんはどうするの?」


 と、天使……ではなく、アカネがそう尋ねてくる。

 至近距離での上目遣いを前に、俺は耐えきれずに視線を逸らして、


「えっと……まあ、どうせ急いでも遅刻なんで、午後から学院に行こうかなって思ってます。ともかく、ひとまず家には帰らなきゃですけど」

「そっか。えへへ、そうなんだ……」


 アカネは、どことなく幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 無事に帰還できたことが嬉しいのだろう、と俺がそう思っていると。

 彼女は、まっすぐに俺の顔を見つめて――、


「それじゃあさっ、悠月くん。――あたし、キミに恩返ししてもいい?」

 

 ……そんなことを、言い出すのだった。

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