第8話 宵闇の虚刀

「……すごい。ほんとに、レッドドラゴンを一撃で倒しちゃった……」


 信じられないものを見たかのような反応で、アカネが聞いてくる。

 俺は《宵闇よいやみ虚刀きょとう》を鞘に収めながら、ふう、と息をついた。


「ひとまず、どうにか倒せてよかったです。……まあ、俺の実力というよりかは、この魔装の力のおかげですけどね」


 俺の魔装――《宵闇の虚刀》は、とあるSランクの魔物の素材を加工して作られたものだ。

 その魔物の名は、ヴォイドフェンリル。

 反物質に似た性質の爪を持ち、切り裂いた物体を強制的に消滅させるという能力のある魔物だ。


 しかしヴォイドフェンリルは、現時点での討伐数はゼロ。

 かつて海外の探索隊が挑んでいるが、あっけなく壊滅させられている。

 俺の《宵闇の虚刀》は、そんな海外の探索者がかろうじて持ち帰った爪のカケラを加工した魔装なのだ。


「さすがにレッドドラゴンは硬そうだったので、この魔装に頼るしかありませんでした。……アカネさんを絶対に家に帰すだなんてカッコつけておいて、俺、情けないですね」

「ううん、そんなことないよ?」


 と、アカネは優しく笑って、


「そんなに強い魔装を使いこなせてるってだけで、やっぱり悠月くんはすごいよ。きっと……たくさん、努力したんだよね?」


 魔装は強さに応じて、使いこなすことが難しくなる。

 だからこそ探索者のランクは、魔装の強さによって上下しやすいのだ。強い魔装を使えているという事実が、探索者の実力の証明になるというわけである。


 そして俺もまた、《宵闇の虚刀》を扱えるようになるまで、死に物狂いで努力を積んできた。

 まあ……正確には、努力を積むことを強いられていただけなのだが。


「それより。アカネさん、まずは急いで脱出しましょう。俺の予想だと……そろそろ、アレが起きる時間だと思います」

「え? ア、アレって……?」

「この迷宮は――もうすぐ、崩れます」


 俺がそう伝えるのと、同時だった。

 ゴゴゴゴ……と、迷宮内が激しく揺れはじめた。


「きゃっ……な、なに!? 地震……?」

「迷宮が崩れる合図です。幸い、転移陣はすでに出現してますし――アカネさん、こっちです」


 ボスを倒したことで、最下層であるこのフロアには、地上へと繋がる転移陣が出現している。

 俺はアカネの手を握って、転移陣のほうへと走り出した。


 ちなみに……アカネの手はとても白くて、すべすべとしていて、やわらかかった。

 生まれて初めて握った異性の手に、場違いにも俺はどきりとしてしまう。


「ね、ねえっ、悠月くん! どうして、ダンジョンが崩れてるの……?」


 走りながら、アカネが不安そうに言ってきた。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、返事をする。


「俺の魔装は、飛ばした斬撃に触れたもの全てを消滅させてしまうんです。つまりその、俺はレッドドラゴンを斬っただけじゃなくて……」

「ダンジョンそのものも斬っちゃった、ってこと?」


 そう。そうなのだ。

 俺の魔装は……あまりにも、強すぎるのだ。

 だから俺は学院では、この魔装を扱えないフリをしている。

 もし、うっかり真の力を使ってしまったら、俺は周囲に災害じみた被害を与えてしまうだろう。そんな事態になれば、退学どころか逮捕である。


「まあ、詳しい説明はあとにします。急いで転移しないと、俺たちはペチャンコです」

「う、うんっ。そうだね……」


 そして俺たちは、転移陣の上へと乗った。

 瞬間――視界が光に包まれて、ふわっとした浮遊感に襲われる。

 その直後には転移が終わり、俺たちは地上へと帰還していた。


「……ふう。どうにか間に合いましたね」

「う、うん。でも……」

「ダンジョンが崩れた件については、まあ大丈夫だと思います。前例がまったくない、ってわけじゃないですから。俺の知ってる情報通りなら、災害とかの心配はないはずです」


 赤竜の迷宮は、地下数十キロメートルにも及ぶ超巨大ダンジョンだ。

 そんなものが崩壊すれば地殻変動が起きそうなものだが……おそらく、その心配はいらない。


 なぜならダンジョンは、入り口こそ地球上に存在しているものの、迷宮自体は地球ではないどこかに存在しているからだ。

 つまりダンジョンとは、独立した異世界のようなものなのである。

 まあ……わかっているのはそのくらいで、まだまだダンジョンは謎だらけの存在なのだが。


「……ほんとにすごいね、悠月くんは。強いだけじゃなくて、そんなことまで知ってるんだ?」

「まあ……俺の父親が、教育熱心だったんですよ」


 皮肉を込めて、俺はそんな言葉を吐く。

 脳裏に浮かぶのは、あのクソ親父の顔。


「そういえば、アカネさん。さっき、俺に聞きましたよね? どうして俺が、プロの探索者になりたがってるのかって」

「あ……う、うん。教えてくれるの?」

「はい。まあ、べつに隠すようなことじゃないんで」


 そう言って俺たちは、赤竜の迷宮の入り口前に腰かけた。

 時刻は午前5時。まだ日が昇り始めたばかりであるらしく、朝の明るさと夜の暗さの同居した、幻想的な景色が俺たちの頭上に広がっていた。


「それじゃあ、最初から話しますね――」


 そして俺は、アカネに自身の事情を語りはじめる。

 俺が、探索者を目指すようになったキッカケを――。

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