第18話 アカネの思惑

 そして、その後も……アカネはクラスの一員として、ふつうに授業に参加していた。

 午前中の授業をしっかりと真面目に受講し、現在は昼休み。

 当然ながら、アカネが転入してきたという噂は学院中に広まっていて……、


「――す、すげぇ! ホントにアカネちゃんがいる……!」

「アカネちゃん、サインちょうだい! 私、アカネちゃんのガチ恋勢なんですぅ!」

「はあはあ、生のアカネちゃん……! アカネちゃんの制服姿、かわいすぎるよぉ……!」


 と……学院中のアカリスたちが、この一年二組の教室前に集まってきていた。

 教師たちが廊下に立ち、教室の中に生徒がなだれ込んでくるような事態は防いでいる。

 が、百人以上の生徒が廊下にあふれかえってしまっており……ただの昼休みの教室が、何かのイベント会場のように見えてきた。


「うーん……アカネってもしかして、自分で思ってるよりも人気なのかな……?」


 なんてことを、ぼそりとアカネは呟いていた。

 そんなアカネの周りには、当然のようにクラスメイトたちのほとんどが集合している。まさに団子状態だった。

 ちなみに俺は、その団子に巻き込まれる前に脱出している。教室の隅にぽつんと立って、ちらちらとアカネの様子を伺っていた。


「当然ですよ、アカネちゃん! なんたってアカネちゃんは、日本一の美少女配信者なんですから……!」

 

 などと熱く語る男子。その場に人数が集まりすぎていて、もはや誰の発言なのかすらわからなかった。


「えへへっ、そう言われると照れちゃうなぁ。でも、ここまでひとが集まっちゃうと、外にも出れないね……?」


 と、アカネはクラスメイトたちに上目遣いを向けて、


「ごめんねっ、みんな。アカネ、ご飯を買いに行く約束しちゃったから……ちょっとだけ、道を開けてもらってもいい?」

「や、約束? アカネちゃん、誰と……」

「えっと、ね――」


 嫌な予感がして、俺はしれっとこの場から立ち去ろうとした。

 だが不運にも、廊下に集まった生徒たちのせいで、俺は教室の外に出ることすらできずに終わる。


「――アカネ、悠月くんに購買まで案内してもらう約束したんだっ。ね、悠月くん?」


 クラスメイト、そして廊下にいる生徒たちの視線が、一斉に俺へと集まる。

 もちろん、そんな約束をした記憶はない。 

 だが、この注目の中で断ることなどできるはずもなく……俺は、アカネの言いなりになるしかなかった。


  ◇◇◇


 アカネの隣を並び歩きながら、俺たちは学院の購買へと向かっていた。

 しかし当然、アカネは学院中の生徒からの注目を浴びており……ただ購買へ向かうだけの廊下が、ハリウッド俳優が歩くレッドカーペットのように俺には見えた。それで言えば、俺は付き添いのSPか何かというところか。


 いや……違う。そんなことは、どうだっていいのだ。


「……あの、アカネさん。ちょっと気になることがあるんですけど、聞いてもいいですか?」


 俺とアカネは、この学院で初対面……という設定になっている。

 こうして学院中の生徒が周りにいる今は、その設定を守ったうえで会話しなくてはならないだろう。


「うん? いいよっ、なんでも聞いてっ」

「アカネさんはどうして、この学院に? だってアカネさん、とっくにプロの探索者じゃないですか。今さら迷宮学院に入る意味はないですよね?」

「うーん……でも、プロが入学しちゃダメってルールはないよね?」


 まあ、たしかにその通りだ。

 それに……プロの探索者が迷宮学院に入るという話も、まったく聞かないわけじゃない。

 探索者は、完全実力主義の世界だ。だからプロの探索者でも、実力不足を理由にイチから学び直そうとする者もたまに現れるのだ。

 

「アカネ、このあいだ攻略中に配信で転移トラップに引っかかっちゃってさ。まだまだ実力不足だなぁって痛感しちゃって……だから、無理を言って入学させてもらったの」

「無理を言って、ですか?」

「じつはね、転入を決めたのが昨日の夜なんだっ。学院のお偉いさんを買しゅ……じゃなくて、説得して無理やり入学させてもらったの」


 こいつ今、買収って言おうとしたな……。

 しかしアカネは気にせず、笑顔で説明を続けてくる。


「それに、ほらっ。アカネが今から学院に入るなんて、配信的にもオイシイかなって! マンネリの回避にもなるしねっ」

「……アカネさん。本当に、それだけですか?」


 と、俺が聞くと。

 アカネがいきなり、その唇を俺の耳もとに寄せてくる。

 突然の接近に、どきりと心臓が跳ねる……が、それ以上に、周囲の視線が痛かった。


「――昨日、言ったよね? あたしにも、考えがあるって」


 アカネは俺にだけ聞こえる声量で、そんなことを囁いてくる。

 

「あたし――キミを傷つけたひとのこと、絶対に許さないから。その犯人捜しがしたくて、入学することにしたの」


 ……やはり、そういうことだったか。

 その高すぎる行動力に、俺は驚きを通り越して呆れを覚えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る