第17話 転入生は……
「と、いうわけだ。突然だがお前たちのクラスに、アカネさん……いや、日向が編入することになった」
そう説明すると、霧下先生は……はあ、と息をついた。
最初は驚きのあまり叫んでいたクラスメイトたちだったが、ようやく冷静になった様子だった。
「きっ、霧下先生。転入生って、その……あ、アカネちゃんですよね? ダンジョン配信者兼、Bランク探索者の……」
と尋ねたのは、真嶋くんの取り巻きのひとりである男子、菊岡くんだった。
そんな菊岡くんの質問に答えたのは、霧下先生……ではなく、アカネだ。
「おーっ! キミ、アカネのこと知ってくれてるんだ?」
「ももももっ、もちろんです! 毎日配信見てますし、ハイチャもめっちゃ送ってますっ! ヤマモンって名前で……」
「えっ、うそ!? キミがあのヤマモンさん!? えへへっ、いつも応援ありがとねっ?」
ぱちくり、とアカネは可愛らしくウィンクをした。
するとクラスの男子が何人もいきなり立ち上がり、手を挙げてアカネに存在をアピールしはじめる。
「お、俺っ、ゲテール三世です! こないだ赤ハイ投げました!!」
「俺だって赤ハイ投げてます! 毎月五万以上投げてるっす!! ゲンキソです!!」
「ふん、拙者は毎月二十万投げてるでござる……! アカネ氏、拙者のことがわかるでござるか!? アカネちゃん親衛隊副隊長のアカネラブラブ侍でござる!!」
西本くん、藤巻くん、田中くん……と、次々にハイチャ(ハイパーチャットという配信者にお金を投げるシステムの略だ)の額自慢を始める男子生徒たち。
その熱狂ぶりに、俺はなんとなく気圧されていた。
……というか田中くんに至っては、初めて声を聞いたレベルだ。
「えへへっ、もちろん知ってるよ? みんな、いつもアカネの配信を応援してくれて、本当にありがとねっ!」
そんな男子たちの熱狂を、アカネは可憐なウィンクひとつで黙らせる。
田中くんに至っては、「ぐはぁ」と悲鳴すら上げていた。おそらくアカネのウィンクの直撃を食らってしまったのだろう。
「――全員、静粛に。有名人の転入に沸き立つのはわかるが、日向は今日からお前たちのクラスメイトになるんだ。あまり迷惑をかけないように心がけてくれ。といううより……田中、毎月二十万だと? お前には放課後、職員室に来てもらうぞ」
霧下先生が、田中くんを鋭く睨みつける。
そこでようやくクラスは静かになり、霧下先生は次の話題を切り出した。
「それで、日向。お前の席だが、廊下側の……」
「――アカネちゃん。よかったらさ、オレの隣に座りなよ」
霧下先生の言葉を遮ったのは、やはりというか、真嶋くんだ。
ニヤリ、と彼は口元を歪ませて、
「オレさ、一年生でもうCランクの査定貰ってんだよね。んでもって、近いうちにAランクになる予定ってワケ。そんなオレが、アカネちゃんに隣でいろいろ教えてやるぜ? ククッ、悪い話じゃないだろ?」
「真嶋。勝手な発言はよせ」
「いいだろ先生、席なんてどこでもよ。それに……なァ、三谷。お前もさ、アカネちゃんに席を譲れるなんて幸せだよなァ?」
隣の席の女子生徒――三谷さんを、ギロリと睨みつける真嶋くん。
すると三谷さんは、びくりと肩を震わせた。
「ひっ……は、はい。幸せ、です……」
「ククッ、いい返事だ。つーわけで先生、これで決定な? アカネちゃんもいいよな、それで」
真嶋くんがケラケラと嬉しそうに笑う。
しかしアカネは――真剣な表情で、顎に手を当てて何かを考え込むポーズを取った。
と、やがてアカネは霧下先生のほうを見て、
「ねえ先生っ! アカネ、好きな席に座っていいんですかっ?」
「……まあ、同意の上ならな。座席に関する明確なルールはない」
「だったらアカネ、あそこの席がいいですっ!」
そう言って、アカネが指さしたのは。
……俺の、隣の席だった。
「さっき名簿で確認したんですけど、彼、Fランクの生徒なんですよね? だったらアカネが隣の席になれば、いろいろ彼に教えてあげられると思うんですっ」
「お、おい。待てよアカネちゃん。そんなヤツより、オレの隣に座ったほうがいいぜ? だって、そいつは――悠月クンは、落ちこぼれのクズなんだから」
「……ふうん?」
一瞬だけ。
本当に、たったの一瞬だけ――アカネが殺気を放ったことに、俺は気づいていた。
しかしアカネはすぐにそれを抑えて、明るい笑顔で言葉を続けた。
「彼、悠月くんって言うんだね。えへへっ、素敵な名前だねっ?」
「おいッ、そうじゃねぇだろ! だからコイツは、Fランクの落ちこぼれで、魔装すら使えないクズで――」
と、そこまで真嶋くんが言いかけたところで。
アカネは、明るい笑顔のまま――とても冷たい目を、真嶋くんへと向けた。
「――アカネ、キミみたいな実力者気取りのナルシスト、すごく嫌いかも」
そんな、アカネからの鋭い言葉に……真嶋くんの表情が、ぽかんと凍りついた。
対するアカネは真嶋くんから視線を切ると、俺の隣の女子生徒――水城さんのところまで歩いて、
「ごめんっ! あなたさえよければ、席、アカネと替わってくれないかな……?」
「もっ、もももっ、もちろんですっ!! わたわたわたしっ、あかあかアカネさんの大ファンで……っ!」
「えへへっ、そうなんだ? いつも応援、ありがとうねっ!」
水城さんは幸せそうな笑みで荷物を整理して、本来アカネが座る予定だった廊下側の席へとすぐに移動した。
そして、空いた席……つまりは俺の隣の席に、アカネが腰を下ろす。
「――はじめましてっ。これからよろしくね、悠月くん?」
どうやら……そういう設定で通すつもりらしい。
俺は、ここ数年でもっとも重たい息をついて、
「……はい、よろしくお願いします」
とりあえず、そんな無難すぎる言葉を返すしかなかった。
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