第15話 理不尽
「全員揃ったな。ではただ今より、攻略演習を開始する。お前たちの課題は、重量300グラム以上の未界石を各自採掘することだ」
学院敷地内のEランクダンジョン――草鳥の迷宮の1F。
ジャージのような見た目の探索服に着替えた俺たちは、霧下先生の説明に耳を傾けていた。
「制限時間は二時間。探索可能フロアは3Fまで。そしてこれは、あくまで演習だ。くれぐれも無茶だけはしないように。いいな?」
霧下先生もまた探索服を着ていて、さらに槍型の魔装を背負っていた。
迷宮学院の教師である霧下先生は、現役のプロの探索者でもある。しかもランクBの実力派だ。
「それでは、全員――演習、開始」
そんな号令とともに。
俺たちの攻略演習は、始まった。
◇◇◇
「……それで、真嶋くん。俺に何の用かな」
俺は更衣室での会話に従って、すぐに真嶋くんのところへと向かった。
真嶋くんのことだ、どうせ俺に嫌がらせをするつもりなのだろうが……落ちこぼれを演じている俺は、下手に抵抗ができない立場なのだ。
「ククッ、逃げなかったか。よく来てくれたな、悠月クン?」
「……うん、まあね」
「ま、ここじゃアレだ。移動しようぜ」
そう言うと真嶋くんは、2Fへと続く階段へと向かって歩き出した。
俺もそれに続いて、ダンジョン内を進んでいく。
「なァ悠月クン、気分はどうだ? ここはお前みたいな落ちこぼれが入れる、日本で唯一のダンジョンだぜ?」
探索者が挑んで良いのは、自身のランク以下のダンジョンのみ。
だが日本には、Fランクのダンジョンなど存在していない。
学院内にあるこの草鳥の迷宮ですらEランクであり、本来ならばFランクである俺は立ち入り禁止。しかし特別に、学院が俺に許可を下してくれているのだ。
「お――なんだよ、魔物いるじゃねェか。たしか、あいつは……」
「リトルプラント。Eランクの魔物だね」
「チッ、うるせぇよ。言われなくてもわかってるっての」
真嶋くんは苛立ちつつも、右腕に装備した魔装――《雷猪の鉄拳》を構えた。
そして、手足の生えた雑草のような可愛らしい見た目の魔物――リトルプラントへと殴りかかる。
「――――オラァッ!!」
瞬間。
雷が弾けるとともに、リトルプラントへと力強い拳が振り下ろされる。
リトルプラントは感電と打撃の二重攻撃により、あっという間に撃破された。
「ハッ、こんなもんよ。どうだ悠月クン、これが魔装の力だぜ?」
正直なところ――真嶋くんの実力は、学生にしては破格だった。
俺たちのクラスは、そのほとんどがEランク。Dランクの生徒ですら、上位の数人のみである。
そんな中で、真嶋くんはCランク。
ダンジョンに関する知識や技術はまだまだ未熟だが、戦闘力だけで言えばプロにも匹敵するだろう。
「んじゃ、行こうぜ。悠月クン?」
「……行くって、どこにかな」
「誰も来ねえ場所だよ。――言っておくが、お前に拒否権はねェからな?」
道中の魔物をあっさりと撃破しながら、真嶋くんは下層へと降りていった。
やがて俺たちは、3Fまで辿り着く。
しかし……真嶋くんは、さらにその先へと進もうとしていた。
「真嶋くん。霧下先生は、3Fまでしか探索しちゃいけないって……」
「うるせェよ。お前は黙って、俺に着いてこい」
「……でも、」
「でもじゃねえよ。殺すぞ」
ギロリ、と睨んでくる真嶋くん。
俺は心の中でため息をついてから、彼のあとに続いて4Fへと降りた。
「ここなら霧下も来ねえ。思う存分、悠月クンと遊べるってわけだ」
「……やっぱり、そうなるんだね」
「なあ、悠月クン。お前、先週のアレを忘れたわけじゃねェだろうな?」
「……先週?」
そうだ――と、真嶋くんは苛立ちを露わにする。
「なァ。お前さ、オレのこと舐めてるだろ? じゃなきゃ、あんなふうにオレの前で笑うわけないもんな?」
「……あっ」
なるほど……その話か。
アカネを助けた翌日の昼休みに、たしかに俺は真嶋くんの前で思わず笑いをこぼしてしまった。
あのときの真嶋くんの発言があまりにも滑稽だったから、つい笑ってしまったのだが――それが、彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。
「歯ァ、食いしばれ。お仕置きしてやるよ、落ちこぼれのクズが――」
そして、真嶋くんは。
バチバチッ!! と、右腕に装着した《雷猪の鉄拳》に電気を纏わせて、直後――、
――俺の頬を、思いっ切り殴打してきた。
「がっ、あああぁ……ッ!?」
弾けるような激痛が、俺の頬に走る。
さらに俺の身体は吹っ飛び、俺はダンジョンの床に倒れ伏せてしまう。
「ククッ、ハハハハッ! どうだ悠月クン、わかったか? これがァ、俺とお前の格の違いなんだよッ!」
「…………っ、」
まだ痛む頬を擦りながら、俺はふらふらと立ち上がる。
こんなもの、未界石の疼きによる激痛と比べれば、たいした痛みじゃない。
だが、それでも――真嶋くんの拳には、Eランクの魔物を一撃で葬るほどの威力があるのだ。
もし俺が、威力を受け流すための動きを取っていなかったら……首の骨が砕け、命を落としていたかもしれない。
まさか真嶋くんが、ここまでの攻撃をしてくるとは、さすがに想像していなかった。
「あーあ。悠月クンの顔、デケェ痣ができちまったなァ。それ、魔物に襲われたってことにしてくれよな?」
俺を嘲笑って、真嶋くんは3Fへと踵を返した。
頬の痛みは、まだ抜けていない。そして、酷い血の味がする。
おそらく、俺の顔には大きな傷が残っているだろう。
「……アカネさんに会う前に、言い訳考えないとな」
俺は、重い息をついた。
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