第14話 新しい日常

 それから、三日間――アカネは本当に毎晩、俺の家に夕食を作りに来た。


 最初の日はハンバーグ。翌日はオムライス。その次はチャーハンと餃子。

 そのどれもが絶品であり、ふだんコンビニの弁当やカップ麺で食事を済ませていた俺は……もう、すでにアカネに胃袋を掴まれていた。


「ね、どう? 悠月くん、おいしい?」

 今日の献立はカレーだった。

 期待の眼差しを浮かべながら、アカネが俺の感想を求めてくる。


「……はい、めちゃくちゃ美味いです。マジで」


 俺はカレーを食べ進めながら、素直にそう返す。

 ……お世辞でも何でもなく、アカネの手料理は本当に美味しい。

 この腕前なら、配信者を引退したとしても料理人として生きていけるだろう。そのくらい、アカネは料理上手だった。


「えへっ、えへへっ。どういたしましてっ」


 と、嬉しそうに頬を緩ませるアカネ。

 彼女もまた、自分のぶんのカレーを食べながら、


「ね、悠月くんっ。明日は何が食べたい?」

「え、明日も来るんですか? 土曜日なのに?」

「うんっ。悠月くんがいいなら……だけど」 


 今日は金曜日。つまり明日は休日だ。

 しかしアカネはいつも、休日に長時間のダンジョン攻略配信を行っている。

 なので俺は勝手に、土日は俺の家には来ないものだと思っていた。


「配信のあとになっちゃうから、悠月くんのお家に着くのが十時とかになっちゃうかもだけど……それでもいいなら、ご飯、作らせてほしいな」

「いや、それはさすがに申し訳ないのですよ。こうやって平日に作ってくれてるだけでもありがたいですし、土日の夜くらいはゆっくりしてください」

「ううん。あたし、もっとキミに恩返ししたいの。……ダメ、かな?」


 アカネの上目遣い。

 その可憐な仕草を前にすると、俺はどうにも断れなくなる。


 しかし、それはそれとして……正直なところ、とても嬉しい提案だった。

 もちろん、純粋に美味しい料理を食べられるからというのもある。

 だけど、それ以上に――、


(この三日間――なぜか、未界石が一度も疼いてない)


 そう。そうなのだ。

 俺の身体に埋め込まれた未界石は、毎日のように疼き、そして激痛を与えてくる。

 だが、アカネが俺の家に通うようになってから、なぜか未界石が疼かなくなったのだ。

 原理はわからない。そもそも俺は、この未界石が疼く原因も、なぜ魔物を倒すことで疼きが収まるのかも理解していないのだ。


 まあ、ともかく――アカネの料理と、未界石による疼きがなくなったことが無関係だとは思えない。

 そして未界石の疼きは、当然ながら、ないほうがありがたい。

 だから俺は、できれば毎日のようにアカネに料理を作ってほしい……なんて、そんなことを願うようになってしまっていたのだ。


「……わかりました。じゃあ、明日もお願いします」

「えへへっ。うん、任せてっ! じゃあ悠月くんっ、メニューは何がいい?」

「えっと……揚げ物とかってできますか? できるなら、から揚げとか食べてみたいです」

「もちろんっ! それじゃあ明日は、アカネのお手製から揚げで決まりだねっ」


 にっこりとアカネは笑った。

 これではまるで、本当にアカネが俺の通い妻になったみたいだな……なんて、そんな身の程知らずなことを思わず考えてしまう。


   ◇◇◇


 そして週が明けて、月曜日。


 今日は珍しく、真嶋くんからの嫌がらせはなかった。

 何も起きずにチャイムが鳴り、霧下先生によって授業の開始が告げられる。


「――では本日は、試験に向けたダンジョン攻略演習を行う。全員、探索服に着替えて魔装を準備するように」


 ダンジョン攻略演習は、簡単に言えば実際にダンジョンに潜る授業だ。

 迷宮学院の敷地には、踏破済みのダンジョンがひとつ存在している。

 学院によって管理されている、授業用の初心者向け迷宮だ。


「今回の攻略演習では、制限時間内に指定された未界石を採掘することが課題だ。私も同行するが、非常時以外は手を貸さない。無論、魔物との戦闘もお前たちにやってもらうぞ」


 霧下先生の説明が終わって、俺たちは男女に分かれて更衣室に向かう。

 そこで学院から支給されている探索服に着替えて、俺は魔装を背負って一足先にダンジョンへと向かうことにした。


「おい、待てよ悠月くん」


 と、真嶋くんがニタニタと笑いながら声をかけてきた。


「今日の演習が始まったら、すぐにオレのとこに来い。いいな?」


 そんな提案に……俺は、ため息をつくことしかできなかった。

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