第13話 恩返しは続く

「そもそも。どうやって俺の家に入ったんですか、アカネさん」

 

 ため息をつきながら、俺はアカネにそう尋ねる。

 するとアカネはぷいっと俺から視線を逸らし、気まずそうに指先をいじりながら、


「それは、その……ほ、ほらっ。あたし、プロの探索者だもん。得意のピッキングで、ちょちょいのちょい、みたいな……?」

「普通に不法侵入ですよ、それ。あと迷宮探索法にも違反してます。探索者はダンジョン攻略に用いる技術を悪用してはならない。ですよね?」

「う……あ、悪用じゃないもんっ。あたし、悠月くんに恩返ししたくて……っ」


 恩返し。

 俺は昨日の夜、アカネの命を救っている。

 その恩返しがしたいと、たしかにアカネは話していた。だが今朝、俺はアカネに絶品のフレンチトーストを振る舞ってもらっている。あれでアカネからの恩返しは終わった、と俺は思っていたのだが……違う、ということだろうか。


「あたし、キミに命を助けてもらったんだよ? しかも、ワーピスラックまで使ってもらって……本当なら、弁償しなきゃいけないはずだよね?」

「いいですよ、そんなの。それにワーピスラックは時価数億の未界石です。さすがのアカネさんでも、払えないと思いますよ」

「……分割でいいなら、なんとか」

「えっ……ま、マジかよ……」


 さすがは超人気ダンジョン配信者。

 きっと彼女は、俺が想像する何倍も稼いでいるのだろう。


「い、いやいやっ。受け取れないですよ、そんな大金。俺、お金目当てでアカネさんを助けたわけじゃないですし」

「じゃあ……やっぱり、カラダ目当て?」

「なわけないじゃないですか……」

「えへへ。冗談だよっ」


 と、いたずらっぽくアカネは笑った。

 配信ではあまり見せない表情に、俺は思わず見惚れてしまう。


「でも、お金も身体もダメってなると、あたしにできることって料理くらいしかないもん。……ね、いいでしょ? あたしに、もっと恩返しさせて?」

「……俺、アカネさんがいつも通り楽しい配信をやってくれれば、それで満足なんですけど」

「それはもちろん、そうするよっ。でも……悠月くんのために、何かしてあげたいの。ダメ、かな?」


 アカネは目を潤ませて、上目遣いを俺に向けてきた。

 その仕草は……ズルいな、と思った。こんな表情を向けられて、拒絶できるわけがない。


「わかりました。それでアカネさんが納得するなら、俺はそれでいいです。正直……アカネさんの料理、めちゃくちゃ美味しかったですし。夜ご飯まで作ってもらえるなら、俺も幸せです」

「……えへへっ。ありがとね、悠月くんっ」


 そう言うとアカネは、俺の冷蔵庫を漁り出した。


「それじゃあ悠月くん、今日は何が食べたい?」

「……ん、今日は? もしかして……明日も来るつもりですか?」

「え? あたし、しばらく悠月くんのお家に通うつもりだよ? もう何週間分かの食材は買ってきちゃったし。……あ、もちろんお金はいいからね?」


 さも当然のことであるかのように、きょとんとした表情で語るアカネ。

 すると彼女は、「あ」と小さく声を漏らして、


「そういえば、悠月くん.....彼女さんとかって、いたりするの?」

「え!? い、いや、いないですけど……?」

「そ、そっか。なら、あたしが悠月くんのお家に通っても大丈夫、ってことだよねっ」


 と、そこでアカネは幸せそうに頬を緩ませた。

 白い頬が、可愛らしい桃色に染まっている。


「というか、そっか……悠月くんって、彼女いないんだ。えへっ、えへへっ……」

「う……べ、べつにいいじゃないですか。あくまで迷宮学院は勉強と訓練をする場であって、恋人を作る場所じゃないんで」

「そうだね、そうだよねっ。えへへっ……ありがとね、悠月くんっ」

「な、なにがですか……?」

「あたしの命を、助けてくれたこと。あたし、一生をかけて恩返しするからね?」


 そんな台詞を吐いてくるアカネだったが……それではまるで、プロポーズだ。

 思わず俺は顔が熱くなる。が、どうにか平静を装って返す言葉を探した。


「……そこまで言うなら、もう好きにしてください。ただし、条件があります」

「うんっ。あたし、なんでも聞くよっ」 

「まずひとつは、俺の家に通ってるってことを、絶対にバレないようにすること。もし誰かに見られたりでもしたら、一発で大炎上すると思います」

「ふふーんっ、そこは大丈夫! あたし、今日も変装して来たしねっ」


 そう言ってアカネは、リビングの床の上に置かれてあった荷物へと視線を送った。

 黒髪のウィッグや伊達メガネが、彼女のカバンの中には入っていた。……どうやら俺が言うまでもなく、アカネはしっかり周囲の視線に気をつけているらしい。


「それと、俺の家に来るのは夕方だけにしてください。朝も夜も、アカネさんにはダンジョン配信がありますよね? それを休止しちゃうと、視聴者に勘ぐられる可能性があります」

「わ、わかった。悠月くんがそう言うなら、そうするね」

「あとひとつは、ピッキングは禁止です。入るなら、普通に入ってきてください」

「え? でも、じゃあどうやって……」


 と、首をかしげるアカネ。

 一方の俺は机の引き出しを開けて、合鍵を取り出してアカネに渡す。


「これ、俺の家の合鍵です。……なくさないでくださいね?」


 俺がそう言うと、アカネは嬉しそうに笑って、


「――えへへっ。あたし、なんだか悠月くんの通い妻みたいだね?」

「っ……そういうこと、迂闊に言わないでください」


 アカネの、そんな発言に。

 俺の心臓は……どきり、と高鳴ってしまっていた。


 超人気ダンジョン配信者の美少女が、これから毎日、晩ご飯を作りにくる。

 ――そんな、まるで想像もしていなかった新たな日常が、どうやら幕を開けたらしい。

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