第12話 おかえりなさい

 13時。昼休憩のタイミングで、しれっと俺は教室に入った。

 俺の遅刻が珍しかったのか、一部のクラスメイトが俺へと視線を向けてくる。

 しかしそんな彼らを差し置いて、すぐさま俺のほうに近寄ってきたのは……言うまでもなく、真嶋くんだ。


「よお、悠月クン。なんだよ、寝坊か?」

「……まあ、そんなところかな」

「ククッ。ま、いいんじゃねぇか? 落ちこぼれらしくて、な」


 と、彼の取り巻きたちが、ゲラゲラと声をあげて笑う。


「悠月クンさ、まさかアカネちゃんのことが心配で寝れなかったのか? お前、いつもこそこそアカネちゃんの配信見てるもんなぁ」

「……うん、そうかもね」

「はっ、バカだなぁ悠月クンは。お前みたいなクズに心配されるアカネちゃんが可哀想で仕方ねぇよ。なあ、お前ら?」


 真嶋くんの言葉に、うんうんと彼の取り巻きたちが頷いた。


「ていうかさ――お前さ、アカネちゃんの配信見るのやめてくれねぇかな?」

「……え?」

「お前みたいな落ちこぼれのクズがいると、アカネちゃんの視聴者の質が下がるだろ? そういうの、迷惑なんだよ。ちょっと考えればわかるよなァ?」


 ものすごい暴論だ。

 つい俺は笑ってしまいそうになるが、どうにかして堪える。


「悠月クンみたいな落ちこぼれのこと、きっとアカネちゃんも大嫌いだぜ。それにお前も、どうせアカネちゃんのことエロい目でしか見てないんだろ?」

「俺はべつに、そんなこと……」

「だが、悪いな――アカネちゃんは将来、オレの性奴隷になるんだよ。ククッ、オレみたいな優秀なヤツに犯されるなんて、アカネちゃんも幸せだよなァ?」


 恍惚とした表情で語る真嶋くん。

 もし心の底からそう思ってるなら、頭の病院にでも行ったほうがいい……と思うが、もちろん口にはしない。


「あー、早くあのデカい胸揉みながら、オレのアソコであんあん喘がせてェなァ。そんときゃ悠月クンには、特別にアカネちゃんのハメ撮りを売ってやるよ。一本百万でな。ククッ、今から貯金しとけよ?」


 ゲラゲラと下品に笑う真嶋くんと、その取り巻きたち。

 彼らは――何も、知らないのだ。

 俺が、真の実力を隠していることも。

 アカネを助けたのが、俺だということも。

 そして、その恩返しとして……身体を好きにしていい、とアカネに迫られたことも。

 だから、俺は――、


「…………ぷっ」


 うっかり、笑い声を漏らしてしまっていた。

 本当は俺よりもずっと弱いくせに、一方的に俺を見下してくる真嶋くんの姿が滑稽で。

 アカネと俺の関係を知らずに、謎のマウントを取ろうとしてくる真嶋くんが哀れすぎて。

 もう、これ以上は……笑いを、我慢できなかった。


「――あ? お前、なに笑ってんの?」


 だが、当然。

 そんな俺の小さな笑い声を、真嶋くんは見逃さない。


「おい、言ってみろ。何がおかしかったんだよ。あァ?」

「ご、ごめん。俺、そんなつもりじゃ……」

「落ちこぼれのクズが、調子乗ってんじゃねぇぞ。なァ、Fランクの悠月クンよォ――ッ!!」


 真嶋くんの右拳が、思いっきり振り上げられる。

 俺は目を瞑って、殴られるのを待つ――と、そのときだった。

 チャイムが鳴り響き、霧下先生が教室に入ってくる。


「全員、席につけ。午後の授業を――おい、真嶋。何をしている」

「……いや、なんでもないッス」


 そう言うと真嶋くんは舌打ちをして、「命拾いしたな」と俺に言葉を吐き捨てた。

 と、霧下先生が心配そうな目線を俺に向けてくる。


「黒坂、答えるんだ。今、真嶋と何をしていた?」

「……真嶋くんに、戦闘の指導をしてもらってました。俺からお願いしたんです」

「っ、そうか。黒坂が言うなら……きっと、そうなのだろう。それより黒坂、今日はどうしたんだ? 寝坊だなんて、お前らしくない」

「すみません、気をつけます」


 頭を深く下げて、俺は謝罪をした。

 自分の席に戻った真嶋くんが、再び舌打ちをしていた。……この調子だと、放課後は急いで帰ったほうが良さそうだ。


「……まあいい。では気を取り直して、午後の授業を開始する。全員、魔物学の教科書を――」


 ――こうして今日も、迷宮学院での日常が幕を開ける。

 真嶋くんの嫌がらせから始まる、憂鬱な学院生活。

 あぁ、俺はいつもの日常に帰ってきたのだな――と、そんなことを実感していた。


  ◇◇◇


 授業を終えた直後。

 真嶋くんに捕まるより先に、こっそりと俺は帰宅していた。

 ガチャリと玄関の鍵を開けて、リビングへと向かうと――、


「――あ、おかえり悠月くん! 学校、お疲れさまっ」


 赤髪ポニーテールの、可憐な美少女がそこにいた。

 そんな彼女を前にして……はあ、と俺はため息をついていた。

 どうやら……いつもの日常に帰ってきたというのは、俺の勘違いだったらしい。


「悠月くん、ご飯にする? お風呂にする? それとも……えっちなこと、シちゃう?」

「しないですよ。というか、なんで当たり前みたいに俺の家にいるんですか。――アカネさん」

「えへへっ。おかえりなさい、悠月くん?」


 と、美少女――アカネが、にっこりと俺に笑いかけてくる。

 超人気ダンジョン配信者の美少女の見せる、そんな愛らしい笑顔を前に……俺は、もはや頭痛すら覚えていた。

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