第11話 美少女の手料理
「――はい、お待たせっ。アカネ特製の、手作りフレンチトーストだよっ!」
リビングの食卓にて待つように言われた俺の前に、アカネが料理を運んでくる。
皿のうえには……とても美味しそうな匂いを放つ、フレンチトーストが置いてあった。
「あたし、ほんとはハンバーグがいちばん得意なんだけど……朝だから、朝っぽい料理にしてみましたっ。どう、けっこう上手にできてるでしょ?」
「は、はあ……」
そんなアカネの言葉と、そして目の前に料理を提供されて……しかし俺は、いまだに現実を受け入れられてなかった。
アカネは今、俺のエプロンを着用している。
その姿は、まるで新妻のようで……ダメだ。どうしても、ヘンな想像をしてしまいそうになる。
「悠月くんっ。あったかいうちに食べて?」
「あの、ほんとにいいんですか? 俺なんかが、こんな……」
「悠月くんは、あたしの命の恩人なんだもん。このくらい、させてほしいな」
アカリスたちの中には、いわゆるガチ恋勢という、アカネに対して大なり小なりの恋愛感情を抱いている層がいる。
そんなガチ恋勢にとって、エプロン姿のアカネに手料理を振る舞われるなんてシチュエーションは、まさに夢のような展開だろう。
それが……今、俺の前で現実になっている。
いやもちろん、俺の家にアカネがいて、さらに配信をしていたという時点で、異常な出来事ではあるのだ。
だが、こうしてエプロン姿のアカネを前にしたことで、俺はその異常さをより強く実感させられていた。
(……もし、ほかのアカリスにバレたら、俺は殺されるだろうな)
とはいえ、せっかく作ってもらった以上、アカネの厚意を無駄にするわけにもいかない。
ぱちん、と俺は料理の前で手を合わせて、
「それじゃ、いただきます」
フォークを手に取って、フレンチトーストを一切れ、自分の口へと運ぶ。
と、その瞬間――、
「――えっ、うまっ!?」
「えへへ、よかったっ。お口に合わなかったらどうしようかなって思ってたけど、大丈夫だったみたいだねっ」
甘くて芳醇なハチミツの味が染み込んだ、ふんわりとした食感のパン。
焼き加減もちょうど良く、とろけるような舌触りも抜群で。
……安物の食材で作ったとは思えないほどの絶品に、俺は感動すら覚えていた。
思わず、すぐに完食してしまう。
「おー、さすがは男の子。もしかして、足りなかったかな?」
「あっ……ご、ごめんなさい。つい急いで食べちゃって……」
「ううん、いいのっ。どう、おいしかった?」
「……はい、めちゃくちゃうまかったです。ごちそうさまでした、アカネさん」
俺がそう言うと、アカネはぱあっと明るい笑顔を咲かせて、
「えへっ、えへへへっ。うん、どういたしましてっ!」
幸せそうな笑顔のまま、アカネは立ち上がった。
彼女は空いた皿を手に取り、キッチン内の流しへと持っていく。
そしてそのまま、アカネは洗い物をはじめてしまった。
「アカネさん、洗い物はいいですよ。俺、自分でやりますから」
「だーめっ。これも恩返しのひとつなのっ。悠月くんは、ゆっくりしてて?」
「……じゃあ、お言葉に甘えますね。ありがとうございます」
「えへへっ。こちらこそありがとね、悠月くんっ」
そう言って微笑みかけてくるアカネに、俺はやれやれと肩をすくめる。
俺の家までストーキングしてきた件といい、料理による恩返しといい……子供っぽいというか、意地っぱりな一面がアカネにはあるんだなと知った。
◇◇◇
洗い物を終えたあと、ようやくアカネは帰ることにしてくれたらしい。
これから彼女は俺の代わりに、赤竜の迷宮を攻略した件の後処理をしてきてくれることになっていた。自身の力を周囲に隠したい俺にとっては、とてもありがたい話である。
「――悠月くん。改めて、昨日は本当にありがとうございました。キミのおかげで、あたし、明日からもまた配信ができる。ぜったい、もっとたくさん面白い配信をしてみせるからねっ」
そう言って、にこやかに笑うアカネ。
そんな彼女の笑顔を見て――俺の心の中も、ぽかぽかと温かくなっていった。
俺の手で、彼女を救うことができた。アカネのこの笑顔を、守ることができたのだ。
そう思うと……俺なんかの人生にも、意味があったのかなと思えてきた。
「それじゃあ、またね。悠月くんっ」
「はい、また。配信、頑張ってください。……俺も学院、頑張りますね」
「うんっ! あたし、悠月くんのこと応援してるからね?」
時刻は朝の10時。俺は……まあ、遅刻してでも学院に行こうと考えていた。
昨日の夜は一睡もせずにダンジョンに潜っていたわけだし、身体も疲れているはずだ。
しかし。不思議と、俺は眠気をまったく感じていなかった。
アカネと過ごしたこの時間が、それだけ俺にとって刺激的だった……ということなのだろうか。
「あ。そうだ、悠月くん。今日の夜ご飯は何がいいか、ちゃんと考えておいてね?」
「はい、わかりました」
「えへへっ。またね、悠月くんっ!」
ふりふりと俺に手を振って、ついにアカネは去っていった。
さて――俺の非日常も、ここで終わりだ。
ここから先は、いつもの憂鬱な日々が続くに違いないだろう。
「それじゃ、準備しないとな」
アカネの手作りフレンチトーストの味、そして彼女の見せてくれた明るい笑顔が、まだ俺の頭の中に残っていた。
実物のアカネと会える機会なんて、きっと今のが最初で最後だろう。
だって――アカネは、超人気の美少女ダンジョン配信者なのだ。
対する俺は、落ちこぼれの迷宮学院生。
たった一度でも出会えて、しかも手料理を振る舞ってもらっただなんて、それだけで奇跡のようなものなのである。
だから……うん。さっきのは、空耳に決まっている。
夜ご飯は何がいいか、ちゃんと考えておいてね――とかいう、アカネの台詞を。
俺は……聞かなかったことにした。
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