第6話 脱出
触手を生やしたAランクの魔物――ブラッドローパーを切り捨てた俺は、アカネの無事を確認し、ほっと安堵の息をついた。
見たところ、アカネの身体に外傷はなさそうだ。手遅れになる前に助け出せて、本当に良かった。
「あ、あの……あなた、は……?」
と、アカネの唇が、か細い声を漏らした。
彼女は今、魔物に襲われた直後で、精神的に不安定になっているはずだ。
だから俺は少しでも安心させることが大事だと思って、できるだけ優しい笑顔を作る。
「俺、黒坂悠月って言います。アカネさんの――えっと、そう、アカリス。アカリスのひとりです」
「じゃあ……あたしの配信を、見て……?」
「はい。ヤバそうだったんで、助けにきました」
そう言って俺は――先ほど砕いたばかりの、とある未界石の破片をアカネに見せた。
この未界石の名は、ワーピスラック。
転移の性質を秘めた、特別な未界石だ。
「えっ……それ、ワーピスラック!? うそ、実在してたの……?」
「まあ、はい。見てのとおり、もう砕いちゃいましたけどね」
「そんな……なんで、あたしなんかのためにっ……! ワーピスラックって、何億円もするはずじゃ……っ!」
さすがはBランクの探索者だ。詳しいな、と素直に感心する。
ワーピスラックには、所有者を任意の場所に転移させるという性質がある。
しかし使用の際に砕く必要があるため、たった一度しか使えない。さらにワーピスラックは希少すぎる未界石として有名であり、最近では「本当に実在しているのか」という議論がされているほどだった。
そんなものを、どうして俺が所持していたのかというと……研究者である親父が、俺に入学祝いとして渡してきたのだ。
何かあったらこれを使え、というメッセージつきで。
あのクソ親父にとって、俺は研究材料でしかない。だからこのワーピスラックも、俺という貴重な研究材料を守るための保存剤みたいなものに過ぎないのだろうが。
「大丈夫です、アカネさん。俺にとってはワーピスラックなんかより、アカネさんのほうが大事なんで」
そう言ってから、ちょっと臭い台詞だったかな……と内心で反省する。
アカネはきょとんとしていたが、やがて薄く笑顔を見せてくれた。
「そっか……えへへっ。そっか、そうなんだ」
「とりあえず、脱出しましょう。この場に留まるのは危険です」
「う、うん。わか……り、ました」
「べつに、無理に敬語じゃなくていいですよ。なんとなくムズ痒いですし」
「そ、そう? じゃあ……うん、わかった。ありがとね、悠月くん」
悠月くん。
いきなり名前を呼ばれて、つい俺はどきりとしてしまう。
……なるべく意識しないようにしていたが、実際に自分の目で見るアカネは、配信で見るよりもずっと可憐な容貌をしていた。
ポニーテールに結んだ赤髪は綺麗で、スタイルも抜群。
直視することすら躊躇してしまうくらい、アカネは正真正銘の美少女だった。
「……それじゃあ、行きましょうか。俺に着いてきてください」
アカネへのやましい気持ちを切り替える意味も含めて、俺はダンジョンを進みはじめた。
向かう先は、上層ではなく下層だ。
「……え? 悠月くん、どうして下層に行くの……? あたしたち、脱出するんだよね……?」
「ここは92Fの深層です。上層を目指して歩くとなると、丸一日以上はかかります。でも俺たち、水も食料も持ってませんから。疲労で動けなくなると思います」
「そ、そっか。そうだよね……」
「なので俺たちは、ダンジョンのクリアを目指します。最下層にいるボスを倒せば、入り口に戻る転移陣が出現する――というのは、アカネさんも知ってますよね」
各ダンジョンの最下層には、ボスと呼ばれる強力な魔物が君臨している。
そのボスを討伐することで、初めてダンジョンは踏破された扱いになる。
この赤竜の迷宮もまた、未踏破のダンジョンのひとつだ。
だが幸いにも、以前、国家主導の探索隊がこのダンジョンの最下層まで辿り着いている。
結局、その探索隊はボスを倒せず撤退したわけだが……それでも彼らは、多くの有益な情報を収集してくれた。
しかし、問題は――、
「ボスを倒すって……うそ、だよね? だって、ここのボスは――」
「レッドドラゴン。Sランクの魔物です」
赤竜の迷宮は、日本に存在するダンジョンの中で最難関のひとつに数えられる、Sランクの迷宮だ。
四年前、このダンジョンに挑んだ国家主導の探索隊は、Aランク探索者のほぼ全員を結集させた精鋭だった。
しかしそれでも、レッドドラゴンには敵わなかったらしい。その結果、ここはSランクのダンジョンとして認定されたのだ。
そんな魔物に、たったふたりで挑む。
と、そう言われて……Bランク探索者のアカネが、素直に従うはずもなく。
「ま、待ってよ……! レッドドラゴンなんかと戦って、勝てるわけ……っ!」
「大丈夫です。……できれば、誰にもバラしたくなかったんですけどね」
同時。俺たちの存在を探知したAランクの魔物――スノウグリフォンが、姿を現す。
俺は瞬時に移動し、抜刀。
スノウグリフォンの身体が、音もなく真っ二つに切断される。
「――俺、見てのとおり、けっこう戦えるんで。絶対にアカネさんを家に帰してみせますよ」
「っ……すごい。悠月くんって、すごく強いんだ……?」
「あと、俺のことは周囲に秘密でお願いします。その……俺、ちょっと恥ずかしがり屋なんで。あんまり目立ちたくないんですよね」
「……ふふっ、そうなんだ。じゃあ悠月くんは、あたしとは真逆だね?」
ようやくアカネは、配信中のような無邪気な笑顔を見せてくれた。
その表情は、本当に可憐で、愛らしくて――これだけでもワーピスラックを使った甲斐があったな、なんて俺は思えた。
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