第5話 誰か、助けて

 あたし――日向朱音は、ダンジョン攻略系の配信者だ。

 探索免許を取れたのは一年前の、十四歳のとき。

 探索者資格に年齢制限がないおかげで、あたしは現役中学生兼プロの探索者という看板を掲げて配信者デビューすることができた。


 ありがたいことに、あたしの配信には最初から多くのひとが来てくれていた。

 たぶん、中学生でダンジョン配信をやってるライバルがいなかったことが大きかったんだと思う。チャンネル登録者はあっという間に100万人を越えて、今ではなんと400万人。


 もしかして、あたしにはダンジョン配信の才能があるのかな……なんて、そんなことを思っちゃったりもしていた。


 だけど――どうやら、思い違いだったみたい。


「う……、ここ、は……」


 目を覚ましたあたしは、すぐに記憶を辿った。

 たしか、あたしは隠し部屋に入って――そうだ。転移トラップを、踏んでしまったんだ。

 

「まずは……す、スマホ。ここが何層なのか、確認しないと……っ」


 プロの探索者に配布されるスマホのアプリには、ダンジョンの座標を解析してくれる機能が搭載されている。

 幸い、あたしは配信用と非常時用で、二台のスマホを持ち歩いていた。

 配信用のスマホは、ドローンにつけたまま隠し部屋に置いてきちゃったみたいだけど……今は、自分の命があることを喜ぼう。

 あたしはアプリを起動して、座標解析の機能を作動させて――、

 

「……え? うそ、だよね……?」


 目を、疑う。

 東京都上鳴区に位置する、赤竜の迷宮の92F。

 ――Sランクの称号を冠するダンジョンの、下層部だった。


「っ、そんな……、なんで、Sランクのダンジョンに……っ!」


 転移トラップは、どこか別のダンジョンに飛ばされることも少なくない。

 その結果……最悪なことに、あたしはSランクの赤竜の迷宮に転移してしまったようだ。

 そんな、残酷な現実を前に……あたしの心の中に、じわじわと絶望が広がっていく。


「や、やだよ……っ、あたし、まだ死にたくない……っ」


 探索者は、いつだって死と隣り合わせの職業だ。

 それはわかってる。でも……死ぬのは、やっぱり嫌だ。


「おねがい……だれかっ、助けて……っ!」


 ぼろぼろと、あたしの目から涙がこぼれ落ちる。

 もちろん、あたしの声は誰にも届かない。

 だけど――、


「――え?」


 何かの、気配。

 もしかして――誰かが、助けに来てくれた?

 そう思って、あたしは顔をあげた。

 

「誰か……助けに、来てくれたの……?」


 だけど。

 そんな夢みたいな話、あるわけがなくて。


 あたしの目の前にいたのは――、

 無数の触手を生やした、見たことのない恐ろしい魔物だった。


「ひっ……」


 その魔物の姿を見た瞬間に、あたしの全身に悪寒が走る。

 グロテスクな、血のような体色をした魔物だった。縦長のスライムのような身体から、二十本ほどの触手を生やした魔物。


 その魔物の中心には、巨大な瞳がひとつだけあり――あたしを品定めをするかのように、睨んでくる。


「にげっ、なきゃ……っ」


 そう、思った。

 なのに……身体が、うまく動かない。

 あたしの探索者としての本能が、告げているのだ。


 目の前の、この魔物は――圧倒的な力を誇る、おそらくはAランクの魔物で。

 あたしなんかじゃ、逃げ伸びることすら不可能だ――と、そう思い知らされてしまう。


 そして――ついに、魔物が大きく動いた。

 魔物の触手が伸びてきて、あたしは手足を縛られてしまう。


「きゃっ……や、やだっ、離して……っ!」


 身を捩らせて、抵抗する。

 だけど触手の拘束は硬くて、とても逃げ出せそうになかった。

 にゅるにゅると動く触手は、すごく気持ち悪くて……あたしは、ただ、涙を流すことしかできなかった。

 

(おねがい……っ、誰か助けて――)

 

 もう……心の中で、そう祈るしかなかった。

 じっと目を瞑って、あるはずのない助けを、あたしは願う。

 だけど、その瞬間――、

 

「――――え?」


 なぜかあたしの身体が、触手から解放された。

 おそるおそる顔を上げる、と――、

 さっきの魔物は、無気力に倒れ伏せていて。


「――よかった。ギリギリ間に合ったみたいだな」


 あたしの、目の前には

 紫色の刀を構えた、黒髪の男の子が立っていた。

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