第4話 ダンジョンに潜む罠
「それじゃ、そろそろ帰るか」
疼きを発散できた以上、もうこのダンジョンに用はない。
俺は踵を返して、上層への階段を登りはじめた。
道中、何体もの魔物と遭遇するが……もはや戦う理由もない。俺は身を隠したりしながら魔物との戦闘を回避しつつ、地上を目指していく。
「……ふわあ。そういや、いま何時だろ」
階段を上りながら、俺はスマホをつけて時計を確認する。
時刻は深夜2時。……この迷宮に到着したのが夜の20時だ。いつの間にか、3時間近くが過ぎていたらしい。
「あれ。こんな時間に、アカネの配信?」
スマホのロック画面に、動画サイトのアプリであるDtubeからの通知が来ていた。
俺はふだん、そこまでDtubeを見ない。だが、暇つぶしで見始めたはずのアカネの配信だけは、毎日のように見るようになってしまっていた。
「我ながら、なんで今さらダンジョン配信なんかにハマったんだろうなぁ……」
ダンジョン配信自体は、数年前からある文化だ。
俺も存在自体は知っていたが、わざわざ見に行くようなことはしなかった。
そんな中、たまたまニュース番組でアカネの配信の特集が行われているのを見て、興味本位で軽く視聴してみたところ……今ではすっかり、アカリス(アカネのリスナーの略だ)になってしまったのである。
「で、今日の配信は……あぁ、岩亀の迷宮か」
俺はDtubeを起動して、アカネの配信画面を開いた。
最近のスマホには未界石の技術が応用されて、地下迷宮であるはずのダンジョン内でも問題なく動くように設計されている。便利な時代になったものだ。
『――ほら、やっぱり! この階層、すごいたくさん未界石があるじゃん! アカリスのみんなの嘘つきぃ!』
アカネはいつも通りの明るいテンションで、元気いっぱいにダンジョン攻略配信をしていた。
コメント欄を見ると、『ごめんよアカネちゃん』だの『やはりアカネちゃん様こそ正義』だのと流れている。
おそらく、視聴者と何かの言い合いでもしていたのだろう。
『ん、あれ? もしかして……これ、隠し部屋!? うそっ、アカネってば超ラッキーじゃん!』
喜びの声をあげるアカネ。その場でぴょんぴょん、と彼女は飛び跳ねる。
と……彼女の大きな胸が揺れた。短いスカートの端もちらちらと捲れて、『えッッッ』『江戸』『センシティブ』などのコメントが流れる。
『あっ、またそういうこと言う! もーっ、アカリスのえっち……!』
と、そんなことを恥ずかしそうに語るアカネ。
彼女はオシャレ好きでもあるらしく、ダンジョン攻略にもミニスカートのような可愛らしい服装で挑むことが多かった。
……さすがに装備くらいはしっかり整えるべきじゃないかと俺は思っているのだが、どうやら視聴者たちの意見はそうではないらしい。
「というか……隠し部屋って、大丈夫なのか?」
隠し部屋には、レアな未界石などが眠っていることが多い。
だが……非常に危険なトラップが仕掛けられた隠し部屋も、ごく稀に存在している。
『よしっ! それじゃあアカリスのみんな、心の準備はいい? アカネが億万長者になる瞬間、よーく見ててよねっ――』
きらきら目を輝かせながら、勢いよく隠し部屋の石扉を押すアカネ。
ゴゴゴ、と石扉が開き……アカネの配信画面に、無数の未界石が映り込んだ。
『す、すっごい量……っ! ねえ、アカリスのみんなっ、ちゃんと見えてる!? アカネ、ほんとのほんとに億万長者になれるかも……っ!!』
歓喜するアカネ。コメント欄もまた、『うおおおおおおおお』『さすがアカネちゃん!』と大盛り上がりだった。
同時接続者数は、30万人を越えている。
隠し部屋は存在そのものが希少であり、そんな貴重な瞬間に立ち会うアカネを見届けたい視聴者たちが続々と集まっているのだろう。
『えへっ、えへへっ。それじゃあ、お待ちかねの採掘タイムを――』
だけど、その直後。
俺の、嫌な予感が――不運にも、的中してしまったようだ。
未界石のあるほうへと足を進めた、アカネの真下。
隠し部屋の床に、突如として……魔方陣のようなものが浮かび上がり、激しい光を放った。
『えっ……? やだっ、まさか、転移――――――』
そんな、悲鳴のような何かを残して。
アカネの姿が――どこかに、消える。
スマホ搭載ドローンで撮影しているらしい配信画面には、ダンジョンの床だけが映し出されていた。
「ッ!? もしかして……今の、転移トラップかッ!?」
配信画面越しでは、よく見えなかった――が、さっきの魔方陣のような光に、そしてアカネが一瞬にして姿を消した現象。
転移トラップの仕業であることは、明白だった。
「ッ……いや、そうだよな。ダンジョンなんて、そんなもんだ」
ダンジョン攻略は、つねに命懸け。
いつ、どんなときに命を落とすかなど、誰にもわからない。
超人気配信者であるアカネだって、その例外じゃないということだ。
そして転移トラップは、どこか全く別のダンジョンに飛ばされることもある。
もし、そうなった場合――アカネが助かる可能性は、限りなくゼロに近い。
その残酷な事実を、頭では理解しているはずなのに……、
「――――クソッ!」
俺の身体は、勝手に動き出していた。
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