第3話 最悪の体質

 全ての授業を終えて、放課後。

 俺は帰宅して、すぐに――床の上に倒れ込み、苦痛に身を悶えさせていた。


「ッ、クソ……ッ! やっぱり、今日も来たか……ッ!!」


 ズキズキと全身に激痛が走る中、俺は胸もとのを強く握りしめた。

 制服の下にて、紫色の光を放つ、は――、


「これがッ……こんなものさえ、なければ……ッ!!」


 未界石。

 そう。俺の胸もとには――が、埋め込まれているのだ。


「あの、クソ親父め……あいつのせいで、俺は、こんな目に……ッ」


 激痛の原因は、俺の身体に埋め込まれた、この未界石。

 そして、これは……研究者である親父の手によって、人為的に埋め込まれたものだった。


 簡潔に言えば――人体改造。

 黒坂博人は、息子である俺の肉体を研究材料として使い、人体に未界石を埋め込むという実験を行ったのだ。


「はぁ、はぁ……ッ、急いで、発散しねぇと……ッ!!」


 激痛に苛まれる手足を無理やり動かして、俺は自身の魔装へと手を伸ばす。

 学院では引き抜けないフリをしている、刀型の魔装。

 それを背負って、俺は――とあるダンジョンへと、足早に向かった。


   ◇◇◇


 俺が暮らす東京都宮鷹市には、未踏破のダンジョンがひとつだけある。

 ダンジョン管理番号047、嵐熊の迷宮。

 ストームベアという名の強力な魔物の生息が確認されている、Aランクのダンジョンだ。


 しかしAランクのダンジョンには、Aランク以上の探索者でなければ立ち入ることができない。

 もしBランク以下の探索者の侵入が発覚すれば、その場で永久的な探索免許剥奪の罰が下るだろう。


 だが、世の中にはこんな言葉がある。

 犯罪は、バレなければ犯罪ではない――と。


「――よし、行くか」


 嵐熊の迷宮、29F。

 ダンジョンとは基本的に、下層に進めば進むほど敵が強くなる。逆に言えば、上層の敵はそれほど強くない。

 現にこのAランクのダンジョンでも、このフロアまではCランク程度の魔物ばかりが出現する。


 ――だが嵐熊の迷宮は、30Fを越えた途端、その本性を露わにする。

 

 そんな30Fへと続く階段に、俺は足を踏み入れた。

 ここまでの階層で遭遇してきた魔物では、俺の相手にすらなってくれない。

 だが、30Fに生息している魔物ならば、最低限の戦闘にはなる。


「……あぁ、クソったれ。ほんっと、クソめんどくさい身体にされたもんだよ」


 30Fへと降りた、その瞬間。

 フロア中の魔獣が俺の存在を認知したのだろう。階層全体から、肌を刺すような敵意を向けられる。

 そして、直後――俺の正面に、一匹の魔物が飛翔してくる。

 フレイムホーク。炎を身に纏った、鷹のような外見をしたBランクの魔物だ。


「――――ふッ!!」


 目にも留まらぬ速度で突撃してくるフレイムホークだったが、それを俺は鞘のみを使って迎撃した。

 がぁ、という悲鳴とともに、フレイムホークの身体が床へと一瞬で叩き落とされる。

 魔装は、まだ引き抜かない。この程度の魔物なら、鞘による殴打のみで撃破できる。

 

 その後も、十数匹もの魔物が次々と俺を襲撃しにきた。

 クリスタルボア、スカルウルフ、スライムロード――そんなBランクの魔物たちを、俺は鞘による攻撃のみで倒し続けていく。


「……よし。多少はマシになってきたな」


 魔物を討伐し続けたことで、俺の身体の激痛は、わずかに緩和されていた。

 原理は不明だが……この忌々しい未界石は、こうして毎日のように疼くのだ。そして疼きによる激痛は、ダンジョンで魔物を倒していけば治まっていく。


 未界石の疼きを、戦闘によって収める行為。

 俺はこれを、発散と呼んでいた。


「でも、まだ足りないな。――出てこいよ、ストームベア」


 俺の言葉が聞こえたのか、はたまた野生の勘で感じ取ったのか。

 どしん、どしん……という地響きとともに、巨大な熊型の魔獣が姿を現した。

 ストームベア。ここが嵐熊の迷宮と呼ばれる由来となった、Aランクの魔物。

 

「悪いな。これも、弱肉強食のひとつだと思ってくれ」


 俺の挑発を受けて、グルルルル……と唸るストームベア。その周囲に風が発生し、ストームベアが嵐を纏うような状態に。

 対する俺は、そっと腰もとに魔装を構えて――、


「――――ッ!!」 


 瞬間。

 嵐を纏ったストームベアの、高速での突進が繰り出される。

 そして、俺は――魔装を、静かに引き抜いた。


 紫色に煌めく刃で、ストームベアを斬りつける。

 その直後……すとん、と。

 あっけなく、ストームベアの首が地に落ちた。


「……ふぅ。なんとか今日も、無事に発散できたっぽいな」


 ストームベアが動かなくなったことを確認しつつ、俺はほっと息をつく。

 胸もとの未界石は、もう疼いていない。激痛はすっかり消えているし、その見た目も俺の肌に同化するような色へと戻っている。


 ――ここまでが、俺の発散。

 俺は未界石が疼くたびに、こうしてダンジョンに潜って強い魔物を倒し、激痛を抑える……という日々を、ひっそりと送っているのだ。

 

「Fランクの落ちこぼれ、か」

 

 そう呟いた俺の頭の中には、ぼんやりと真嶋くんの顔が浮かんでいた。

 彼はたしかに、Cランクの実力者だ。それは俺も認めている。


 だが、もし真嶋くんがストームベアと遭遇したら、きっと――いや、まず間違いなく瞬殺されるだろう。

 そんな真嶋くんの哀れな姿を想像してしまった俺は、無意識のうちに笑ってしまっていた。

 ……どうやら俺は、自分で思っているよりも性格が悪いらしい。

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