第2話 魔装
「知っての通り、今月末には中間試験が実施される。新入生であるお前たちにとっては初の試験だ。この一ヶ月間、決して気を抜かないように」
霧下先生がそう言うと、クラス中に暗い空気が満ちた。
試験という単語は、迷宮学院の生徒にとっても嫌なものである、というわけだ。
「では今日の一限では、筆記試験に向けた基礎の復習をやろうと思う。では真嶋、魔装とは何かを説明してみろ」
「はいッス。――魔装とは、ダンジョンでのみ採れる未界石と、魔物の素材を加工して作った武器のこと、ッスね」
指名された真嶋くんが、誇らしげな顔で回答する。
魔装とは――探索者が用いる、ダンジョン攻略用の特殊な武器のことだ。
ダンジョン内では、未界石と呼ばれる鉱石が採掘できる。
未知のエネルギーを秘めた未界石と、そして同じく未知の生命体である魔物の素材で作成される武器――それが、魔装である。
「正解だ。そして魔装は、加工元となった魔物が扱っていた能力を再現することができる。たとえば炎を吐くフレアウルフの素材を加工すれば、炎を操る魔装が作れるだろうな」
ダンジョンに生息している魔物たちは、火を吹く、氷を撒く、嵐を起こす……などという不思議な生態を持っている。
そして魔装を使えば、そんな魔物たちの能力を、俺たち人間でも扱えるようになるのだ。
当然、一般人の保有は禁止。だが俺たち仮免許所持者を含めた探索者は、ダンジョン攻略のために魔装の使用を許されていた。
「そして魔装の強さは、そのまま探索者自身の評価に繋がるケースが多い。真嶋、お前の所持している《雷猪の鉄拳》は強力なCランクの魔装だ。だが強力な魔装であればあるほど、使いこなすことが難しくなる。そのことを決して忘れるなよ」
「いやいや先生、そんな心配はいらないッスよ。だって現にオレ、《雷猪の鉄拳》を使いこなしてますし、ランク査定もばっちりCをもらってるじゃないッスか」
そう言うと真嶋くんは、ちらりと俺のほうを見た。
このあと、彼が何を言い出すか……もはや、わざわざ予測するまでもなかった。
「それより先生は、黒坂悠月クンの心配をしてあげてくださいよ。だって、彼――自分の魔装すら引き抜けない、超絶落ちこぼれのFランクなんスよ?」
真嶋くんが、嘲るように俺を指さした。
と、彼の取り巻きたちが大きく笑い声をあげる。それ以外のクラスメイトも、何人かは小さく笑みをこぼしていた。
「真嶋、言葉に気をつけろ。お前が優秀なことは認めるが、それでクラスメイトを見下していい理由にはならない」
「そう怒らないでくださいよ。俺、大事な友達である悠月クンが心配なだけなんですって。だって悠月クン、史上初なんスよね? 自分の魔装を引き抜くことすらできない、最低最悪のFランク評価の生徒なんて」
「それは……まあ、そうだが……」
霧下先生は、うつむいてしまう。
探索者のランクは、基本的に、A~Eの五段階評価だ。
だが、俺は……自身の魔装である刀を引き抜けない俺は、最低以下のFランクとして査定されていた。
「……いいか、真嶋。たしかに黒坂は魔装を扱えない、Fランクの生徒だ。だがそれでも黒坂は、厳しい入学試験を突破している。その事実を忘れるな」
「先生って、ほんっとお堅いッスよねェ。悠月クンが入学できたのって、裏口入学ってヤツに決まってるじゃないッスか。なあ、悠月クン?」
「……違うよ、真嶋くん。俺はちゃんと、正規の試験を受けて――」
「あー、はいはい。もういいって。そんな苦しい言い訳すんなっての」
真嶋くんはやれやれと肩をすくめて、口元を歪ませる。
「だってよ、黒坂悠月クン。お前のお父様って、あの有名な黒坂博人教授なんだろ? 迷宮研究の第一人者だっていう現代の偉人の息子だなんて言われちゃ、学院側も入学させるしかねェだろうし。なァ、悠月クン?」
「ッ…………」
黒坂博人教授。
その名前を耳にした俺は、ぎしり、と奥歯を強く噛みしめていた。
だが……深呼吸をして、怒りをどうにか沈める。
「……父さんは関係ないよ。俺はちゃんと、実力で学院の試験を突破したんだ。魔装が使えないと入学ができない、なんてルールもないしね」
「ハッ、入学はな。だけどよ、魔装を使えないプロの探索者なんて聞いたことあるか? ……ま、せいぜい惨めにFランクのまま卒業しやがれ。落ちこぼれの悠月クン」
「真嶋。それ以上続けるようなら、お前に指導をしなくてはならなくなる」
「はいはい、わかってますって。悪かったよ、悠月クン?」
まるで気持ちのこもっていない謝罪を最後に、真嶋くんは俺から視線を切った。
と、今度は霧下先生が俺を見て、
「とはいえ……黒坂も黒坂だ。魔装を扱えないままでは、プロの探索者になるのは難しい。少しでも早く扱えるように訓練を積むか、べつの魔装を扱えるか試すべきだ」
「はい。ですが、すみません。俺はどうしても、この魔装でプロになりたいんです」
「……そうか。魔装の選択は生徒の自由だ、私から厳しく言うつもりはない。だが――何かあれば、私やほかの教師に相談すること。いいな?」
「わかりました、ありがとうございます」
霧下先生は、優しい教師だ。
落ちこぼれの俺をひとりの生徒として扱い、Fランクである現情をどうにかしようと寄り添ってくれている。
けれど……すみません、霧下先生。
と、俺は内心で謝罪する。
だって、俺は――、
この迷宮学院で、わざと落ちこぼれを演じているだけなのだから。
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